第3話 再会数時間で入籍
コウオウ学園の今日の予定は始業式のみで授業なし。
教員のほうは授業の準備や職員会議、部活の指導など色々あるのだが、それでも昼休みはあるし、そもそも汐子ショウは仕事が少ない。
調理実習室を占拠して使って焼きそばを炒めていると、ドアが小さくノックされた。
「どうぞー」
そう応じると、静かにドアが開く。
顔を出したのはピンク色の髪に眼鏡の元主人公、最内モカだった。
「来よったな。待っとったで」
笑顔を見せたショウに、最内モカは戸惑い気味に「レギュレーターさん、ですよね」と確認した。
「せやで、悪の料理長さんで、あるときはたこ焼きのお兄さん、またあるときは大判焼きのお兄さん、そしてまたあるとき回転焼きのお兄さん。今は家庭科の先生や。久しぶりやな。また会えてうれしいわ。焼きそばあるけど喰う?」
「……焼きそば、ですか」
少し考えるような間。
家庭科教師に身をやつした元悪の料理長の出すものを口にしていいものか、と考えたのだろう。
しかし、最内モカの胃袋は既に掌握済みである。
モンスター収集・育成RPG〈テラリウムモンスター グラ/アバリティア〉の主人公であるモカの行く先々に謎の屋台のお兄さんとして出没し、散々買い食いをさせて来た。
「いただきます」
モカは唾を飲み込み、うなずいた。
「ほな入り。一応ドア開けとくでー。コンプラっとかんとあかんからなー。ところでテラモン何匹連れとる?」
「今はこの子だけです」
「ベイッ!」
モカはテラモンボトルからベイガメという小型のテラモンを出した。
ベーゴマのように高速回転して飛び回るのが特徴だが、進化段階でいうと最低ランクのテラモンだった。
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【テラモン図鑑】
ベイガメ(ベーゴマテラモン)
高さ:0.08m、重さ:0.1kg
メタルタイプ
鉄の甲羅を持つ小さなカメ。
むかしの子供達はベイガメをぶつけ合って
遊んでいた。
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「ベイガメか。いま僕が育てとるんはこいつやな」
「りす」
ショウはハーブリスという香草で出来たリス型テラモンを出した。
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【テラモン図鑑】
ハーブリス(香草テラモン)
高さ:0.3m、重さ:1㎏
グラス・ヒールタイプ。
香草でできたリス。
すてきな香りで心をいやす
――――――――――――――――――――
「君の知っとるテラモンも元気やけどさすがにここでは出せへんな」
そういいつつ焼きそばを人間2人、テラモン2体に盛り分けた。
「お待ちどう」
「ベイ!」
「りす」
「いただきます」
変わった食材は一切使わない『純度100%の屋台の焼きそば』である。
「ベイ! ベベイ!」
「りすっ!」
テラモンたちが皿に顔を突っ込む。
その様子を見ながら箸を口に運んだモカは、度のない眼鏡を外し、目元を軽くこすった。
「……うん、こんなのだった……食べてた、あの頃、こういうの……」
「泣くほど美味いやろ、安定のマルサン粉ソースや。ソース焼きそばだけはどんだけ工夫してもコレに戻って来てしまうわ」
ショウは笑ってそう言った。
そのあたりで廊下のほうから人の声が響いてきた。
『ていうか、なんだったんだアレ?』
『なんだよアレって?』
『始業式の騒ぎだよ。どうしてあんなことになったんだ?』
『最内がデカい声だしたせいだろ。最内がヒスって変な声出したから王城先輩のテラモンがびっくりして花粉出し過ぎて、笠原先輩のテラモンがくしゃみしたって話だぜ』
『結局最内のせいかよ』
『マジ終わってるよな』
『さっさと学校出ていってくれよ』
「……嫌われとるんやな。ここでは」
「はい」
モカは苦しそうにうなずいた。
「事情、聞かせてもろてええやろか。職員室レベルの話なら聞いとるし、僕なりに調べとるけど。君本人の話を聞きたい」
「……急には、話しにくいです。先に、汐子先生の話を聞かせてもらってもいいですか? どうして、この学校に?」
「質問に質問で返すなVS人に事情を聞くなら自分から事情を話せ……まぁ今回は後者やろな。君に会いに来ただけやな。今どないとるんかな思って調べてみたら、なんやおかしなことになっとったから。ちょっとコネ使うて教員、っちゅうか講師枠で潜り込んだんや」
ショウは急須に煎茶を入れる。
「刑期はもう終わったんですか?」
「一年くらい前に、模範囚としてな。実は君と戦うとったころから、オーナーとオーナーの計画についての情報は当局に流しとってな。それで刑期は短めやった。裏取引」
「前科があるのに先生に?」
ベイガメが「ベイ?」と首を傾げる。
「この学校の取引先の銀行経由で、調査員の名目で入り込んだんや。採用試験やのうて、上からのねじ込みやな。最近、あちこちの学校で動画流出やら薬物やら事件が起きとるやろ? ああいうことが起こると、学校も困るけど融資しとる銀行も困る。それで“学内コンプラ調査員”を送り込んどるんや。おかしな火種がないかチェックして、おかしな火種を出すんやないでって、融資先に圧力を掛けるお仕事や。その枠を利用させてもろたわけや」
そう言いながら、元料理長は急須に熱湯を注いでいく。
「私のことは、どのくらい調べたんですか?」
「僕らと戦った1年後にお母さんが亡くなったこと。笠原グループの経営者の息子と婚約しとること。笠原家に身柄を預かられて、テラモン厩舎係みたいに使われとる、ってあたりまでやな。始業式のエンカリン、あとシラゴゼン。アレは君が育てたテラモンやろ」
「だいたい、全部、わかってるじゃないですか」
モカは軽く目を伏せる。
「5年前に僕にプロポーズした女の子が僕以外の奴と婚約した挙句にえらい蔑ろにされとるって話やからな。そらもうブチ切れて調べまくったわ。BSP、僕が先にプロポーズされたのにっちゅうやつや。まぁちゃんと返事もせんかった僕が言えることでもあらへんけど……なんでまた、そないなことに?」
ショウは湯飲みに煎茶を注ぎ、モカに差し出した。
「私の両親は、結婚していなかったんです。祖父はもう亡くなっていて、ブリキュ団と戦っていた頃は母の実家で、祖母と三人で暮らしていました。けれど、母が亡くなったとき、祖母は介護が必要な状態で。どうしていいかわからなくなってしまったんです。そんな時に、私の存在を知った父が連絡をとってきて、祖母のことを引き受ける代わりに、笠原家のカリンを育てて、家門テラモンのエンカリンに進化させろ、と」
【テラモン用語辞典】
家門テラモン/かもんてらもん
名家・財閥・王家などを象徴・守護する特別なテラモン。
旧家などではこれを従えることが
当主・宗家の条件となる場合が多い
「僕らとの戦いで目立ち過ぎて、目ぇつけられたんやろな……ちなみにお父さんは今どこで何をやっとるか知っとる?」
「いえ」
「わからんっちゅう時点でだいぶ最悪やな……」
ショウは自分の湯飲みを口に運んだ。
「笠原家としては、カリンをエンカリンに進化させられればそれで良かったんですが、進化したエンカリンをコントロールできる人間が私以外にいなくて。やむなくということで、長男の蓮様と婚約をすることになりました。ですが、蓮様は幼稚舎の頃からの幼なじみで、王城グループの令嬢の王城杏樹様と将来を誓い合っていて。中等部の途中から編入し、蓮様と婚約した私はお二人の間に割り込んだピンク髪の略奪女、ということになっています」
「割り込まれたにしてはカップルアピール激しくあらへんかったか」
「……そうですね」
モカは曖昧に言葉を濁した。
他人を悪し様にいうタイプではない。
「まぁ、大まかなところはわかった。あとはもうひとつ、一番肝心なことを確認させてもらってええやろか」
ショウは改めて、モカに向き直った。
「はい」
「僕の助けは必要やろか。僕に迷惑かかるとか、そういう話は抜きにして、助けて欲しいかどうか。それだけ教えてもらえへんやろか」
モカは視線を上げる。
ショウはその目を見返して、ん、と笑って見せる。
モカは小さく息をつき、かすかにうなずいた。
「……助けてほしい、です」
「ええで。僕に任しとき」
「りす」
ふす。
なんとなく話を聞いていたハーブリスが、妙に気合いの入った鼻息を立てた。
「べい」
ふす。
ベイガメのほうも対抗するように鼻息を荒くした。
◇
「ほな、まずはいくつか、道を提案するで。今の君に必要なんは、なにはともあれ選択肢やからな」
モカやベイガメ、ハーブリスにも手伝わせて焼きそばの食器や調理器具を片付けて、ショウは三枚の封筒をテーブルに並べた。
「本命、対抗、大穴……ちゅうかオチの3つあるけどどれから見る?」
「じゃあ、大穴からお願いします」
「オチを最初に見たらアカンやろ。まずは本命と対抗のどっちかや」
「あとで出せば良かったんじゃ……?」
「べい……」
「りす……」
ベイガメとハーブリスも非難の視線を向けた。
「本命からお願いします」
「うん、本命やな」
ショウが最初に差し出した封筒は最内モカ様宛。
Solar Ocean Terramon Science Academy(タイヨウ洋テラモン科学アカデミー)
と印刷してあった。
モカは封筒を切り、内容を確かめる。
◇◇◇
Solar Ocean Terramon Science Academy
タイヨウ洋国際テラモン科学アカデミー
最内モカ 様
拝啓
貴殿は過去三年間におけるテラモン戦闘記録、進化誘導実績、準神話級個体制御事例ならびに対災害対応能力において、当アカデミーが定める特別選抜基準を満たす成果を挙げられました。
特に、
・神話級個体との交戦生還
・複数属性適応育成
・暴走個体の非殺傷制圧
・個体潜在能力の限界突破誘導
これらの記録は、当機関観測史上、同年代における最高水準と評価されております。
つきましては、別紙の日程にて実施される
特待研究員候補生 特別選抜試験への参加資格を付与いたします。
本試験に合格した場合、貴殿は当アカデミー研究科へ飛び級入学し、研究員補助資格および国際テラモン調査・保護活動員資格を取得することが可能です。
Solar Ocean Terramon Science Academy 選抜委員会
―――――――――――――――――
【テラモン用語辞典】
Solar Ocean Terramon Science Academy
タイヨウ洋テラモン科学アカデミー。
通称タイアカ。
国際テラモン協会が運営する
タイヨウ洋圏最高峰のテラモン教育・研究機関。
優れたテラモン研究を行うだけでなく
実戦的なフィールドワーカーを数多く擁し、
テラモン保護やテラモン災害抑止などに活躍する。
―――――――――――――――――
◇◇◇
「タイアカの、特別選抜試験……?」
モカは小さく手を震わせた。
「ほんまやったら三年前には君の手元に届くはずやったんやけど、よりによって君のパパあてに送りよったせいで。見事に握りつぶされてたらしいわ。ここに来る前に先方と掛け合って再発行してもろた。これのキモは最後の国際テラモン調査・保護活動員資格、いわゆるテラモンエージェント資格や。国際Aクラスのテラモン調査・保護ミッションをこなせるようになる。自立はもちろん、君のお祖母さんの介護費用も出せるようになるはずや」
「ものすごく頭のいい大学ですよね、タイアカって……」
モカは不安げな顔をする。
「世界大学ランキング4位やったはずや。テイトー大学より上やけど、実戦系エージェントコースや準備校もあるよって、そう心配せんでええはずや。入学を来年まで繰り延べてその間に猛勉強って手もある。対抗のほうはもうちょっと就職寄りやな」
ショウは二枚目の封筒をさし出す。
◇◇◇
テイトー国立テラモン防衛大学校
最内モカ 様
貴殿の過去の対神話級戦闘記録および複数個体同時制御実績は、当校特別奨学生基準を満たしております。
つきましては、特別給費奨学生としての入校資格を付与いたします。
本制度により、
・入学金、授業料 全額免除
・生活費月額給付
・研究活動費支給
・親族扶養支援制度適用
を保証いたします。
なお、卒業後は当校規定に基づき、一定期間の国家奉職義務が生じます。
―――――――――――――――――
【テラモン用語辞典】
国立テラモン防衛大学校
通称テラ防大
国家直轄のテラモン実戦教育機関。
対災害・対暴走テラモン任務に従事する人材を育成する。
全寮制・給費制。
卒業後は一定期間、国家テラモン防衛隊への奉職義務を負う。
―――――――――――――――――
◇◇◇
「……テラ防大?」
「せや、こっちやったら試験もいらへん。向いとるかどうかの問題はあるし、卒業後は防衛隊に入らなあかんけど。ともあれ、お祖母ちゃんの介護費用を手っ取り早く捻出できて、笠原家の連中が手出しできんところっていうとこのふたつのどっちかやな」
「……最後の大穴というのは?」
モカが訊ねる。
「オチやな、これな」
そう言ってショウが取り出したのは――いわゆる婚姻届だった。
「えっ……?」
【夫になる人】の欄には、汐子ショウと記入してある。
「えええええっ!?」
「ええ反応や。わざわざ役所行ってきたかいがあったわ」
ニヤリと笑うショウ、モカは目元を潤ませて、その目を睨んだ。
「……悪い、冗談です。いくらなんでも……」
「せやな、冗談みたいにして出したんは謝る。ただ、笠原家やら、君のお父さんやらから君を守るためなら、どんな手でも使ったろ思ったんや。今の気持ちはともかく、5年前には君の方から僕にプロポーズしてくれたわけやしな。僕なりの返事というか、責任のとり方や」
ショウはまっすぐモカの目を見る。
「僕らと戦って目立ちすぎたせいで、君は笠原家やら君のお父さんやらに目をつけられる羽目になった。せやから、君が君の力だけで自由に生きられるようになるまでは、君を守らせてほしい。この紙っぺらは、そのための手札みたいなもんや。使ってもええし使わんでもええ、最後の切り札とはいわんけど、いざというときの逃げ道やハッタリにはなるはずや」
「便宜上の婚姻届ってことでしょうか」
「まぁ、そういうことになるかな。言い方はあれやけど」
「……残念です。ちょっとだけ」
モカは複雑に微笑んだ。
「まぁ、さすがに5年ぶりやし、5年前は13歳はアカンいうて逃げとるからな。いきなり今日愛しとる結婚しよういうほうがサイコパスやろ。まぁ、実際この学校や、蓮様やら杏樹様やらの様子見て、これやったら僕が結婚したほうがマシやないかとは思うたけれど」
冗談めかして告げるショウ。
「……わかりました」
対するモカは度のない眼鏡を光らせ、静かに言った。
「じゃあ、帰りに、区役所に出しておきます」
「……帰り?」
そこでようやく、汐子ショウは思い出した。
最内モカは、マイペースで不思議系。
そして勝負感が強い。
倒せる相手であれば、倒せるタイミングがあれば、確実に倒していくタイプだ。
「……い、いや……い、今すぐはさすがに、判断早すぎと違うか?」
制止を試みたが、もう遅かった。
「持ったままでいるといつ誰に見つかって邪魔されるかわかりませんから。今すぐ出してしまうのが一番安全だと思います♡」
既にペースはモカのほうに握られている。
「淡々としとるけど今語尾が変やなかったか……?」
「そんなことはない妻です♡」
「語尾が悪化しとるやないかっ! さては君、僕のこと普通に諦めてへんかったんか……しもた、飛んで火に入ってしもうた」
汐子ショウは戦慄の声をあげる。
最内モカは度のない眼鏡を取り、幸福そうに微笑んだ。
「ふつつか者ですが……月が綺麗ですね。ショウさん」
「言語感覚がフリーダム過ぎんか、何時の時代の何時頃やねん」
かくして再会後数時間で最内モカと汐子ショウは入籍をした。
苗字は「適当に用立てただけ」だった汐子ショウが変更し、戸籍上では最内ショウと名乗ることとなった。
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