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第9話 実力①

ホームルームが終わり休み時間になると、教室のざわめきは波のように大きくなった。あちこちで来栖斗希の噂がひそひそと囁かれている。派手な容姿や、長らく不登校だった理由について、無責任な憶測が飛び交っていた。


斗希には全て聞こえているはずだが、彼は気にする様子もなく、天井を見上げながら頭の後ろで手を組んでいる。そのどこか浮世離れした雰囲気が、彼を早々に孤立させていた。凛が転校してきた時の熱狂とは違い、誰も斗希のテリトリーに足を踏み入れようとはしない。


しかし、泉翔だけは違った。彼は迷うことなく自分の席を立ち、斗希のもとへ歩み寄る。


「昨日……その、ありがとう。助かった」


泉翔が声をかけた瞬間、斗希は顔を輝かせた。


「おっ? いえいえ、どーいたしまして!」


少し遅れて、凛も隣に並んだ。


「私も、改めてお礼を言いたくて。ありがとう」


「気にするなよ、お二人さん。ま、ちゃんと帰れたみたいで安心したわ」


斗希はそう言って、ははっと豪快に笑う。その笑顔は驚くほど屈託がなく、昨日の鋭い印象とは別人のようだった。見た目に反して、ずいぶん陽気で人懐っこい奴だと泉翔は意外に思う。


「まさか、同じクラスだと思わなかった……」


「それな! まじでびっくりだわ」


楽しそうに笑う斗希。だが、三人のやり取りを、クラス全体が不思議そうに凝視していた。まるで、猛獣が大人しく懐いているのを見ているかのような、困惑混じりの好奇の目。泉翔は背中に突き刺さる視線に、居心地の悪さを感じていた。


「……んー、あんまりいい雰囲気じゃないなー、ここ」 斗希がふっと肩をすくめて、おどけたように呟いた。確かに、自分たちがこの教室でひどく目立っていることに、泉翔は改めて気づかされる。


その場の空気を塗り替えるように、泉翔は改めて名乗った。


「そういえば、名前、まだだったな。俺、川神泉翔。よろしく」


「あっ、私も。蓮見凛です、よろしくね」


「泉翔と凛ちゃんね! 了解、よろしくー。あ、下の名前で呼んでいい?」


「えっ……あぁ。大丈夫だ」


「私も、構わないよ」


斗希の裏表のない距離感の詰め方に、泉翔はどこか救われるような心地がした。 三人の間に新しい空気が流れたその時、授業開始のチャイムが鳴る。


「じゃ、また後で」 泉翔はそう告げ、自分の席へと戻った。


朝の挨拶を交わして以来、斗希と話す機会はほとんどなかった。授業が終わるたびに彼はふらりとどこかへ消え、次の予鈴が鳴るまで戻ってこなかったからだ。昼休みになってもその足取りは掴めず、気づけば彼の席は空になっていた。


「ねぇ、お昼ちょっといいかな」


購買のメロンパンを頬張っていた泉翔が「どうした?」と聞き返す。


「ちょっと練習したいの。もうすぐレギュラー選抜の練習試合があるから」


凛の言葉に、泉翔の咀嚼が止まった。千佳がそんな話をしていたのを思い出す。


「いつなんだ?」


「今週の土曜日」


「……そうか。行くか、体育館」


泉翔が立ち上がると、凛の瞳がわずかに輝いた。


「え、いいの?」


「別にすることもないしな。久々に行こうぜ」


最後の一口を飲み込み、二人は埃っぽい廊下を抜けて体育館へと向かった。重厚な扉の向こうから、コン、コン、と硬質で規則正しいドリブル音が響いてくる。二人は顔を見合わせ、その音に吸い寄せられるように扉を開けた。


広大な体育館の真ん中に、斗希の姿があった。 窓から差し込む光を背負い、彼は流れるような予備動作から、一切の無駄がないフォームでボールを放つ。高く弧を描いたボールは、リングの淵にすら触れず、シュパッという心地よい音を立ててネットを揺らした。


「よう! お二人さん」 ボールを拾い上げた斗希が、にこりと白い歯を見せる。


「斗希……今の、綺麗に決めるもんだな」 感心する泉翔に、斗希は当然といった風に肩をすくめた。


「まあね。バスケだけはずっとやってるから」


「ずっと……?」


「3歳か4歳くらいかな。物心ついた時にはもう、って感じ」


「長いな」


「俺とあんまり変わらないだろ、お二人さんも」 斗希の言葉に、凛が「私も、同じくらいかな……」と小さく呟いた。その声には、自分と同じ「バスケに生きてきた時間」を持つ者への、静かな共鳴が混じっていた。


斗希はドリブルを再開し、低く鋭い音を響かせながら二人に視線を投げる。


「二人で最近、バスケの練習してる?」


「わりとしてる方だと思うけど」 泉翔が返すと、斗希は挑戦的に口角を上げた。


「そうか。じゃあ……ちょっとやらない? 1on2」


「1on2?」 驚きに目を見開く凛。一人で二人を相手にするという、不敵すぎる提案。


「やらない? 面白いよ」


「……さすがに、負ける気はしないんだけど」


凛の瞳に、パッと鋭い火が灯った。レギュラー選抜を前にした緊張感が、斗希の不敵な笑みによって純粋な闘志へと塗り替えられていく。


「蓮見、やるのはいいけど……選抜に向けた練習、しなくていいのか?」


泉翔が心配そうに声をかけるが、今の凛には届かない。彼女は射抜くような視線を斗希に向けたまま、一歩前へ踏み出した。


「馬鹿にされている気がする……」


凛が低く呟く。確かに斗希の立ち居振る舞いには、どこか相手を試すような、人を食った余裕が漂っていた。泉翔はそれを感じながらも、内心では「こいつ相手なら馬鹿にされても構わない」と、その実力を半ば認めていた。だが、凛は違った。彼女の瞳には、かつてないほど激しい負けん気の火が灯っている。


「凛ちゃんはやる気満々だけど……泉翔はどうする?」 斗希の問いに、泉翔はやれやれと肩をすくめた。


「わかった、やろう。1on2だ」


「いいね、そうこないと!」 斗希は弾けるような笑顔で、持っていたボールを泉翔へ投げ渡した。重い感触が掌に伝わる。


「蓮見、補聴器外したか?」 泉翔が尋ねると、凛は「あっ……」と小さく声を漏らし、耳元に手をやった。補聴器を外し、邪魔な髪を慣れた手つきで束ねていく。


「補聴器?」 不思議そうに首を傾げる斗希に、凛が真っ直ぐ視線を向けた。


「片耳が聞こえにくいの。普段はつけてるけど、バスケの時は外すから」


「へぇ……」 斗希は一瞬、考えるように目を細めた。そして「なるほどな、通りで」と、何かに納得したように小さく頷く。その眼差しは、彼女の不器用さの理由をすべて理解したような、鋭くも温かいものに変わっていた。


準備が整うと、泉翔はゆっくりとボールを突き、ポジションに就く。斗希のニヤついた顔を見ると、最初は真面目にやる気が削がれたが、いざマークに付かれると空気が変わった。泉翔は次第にドリブルのテンポを速め、斗希の重心を探る。


右側から仕掛けると見せ、斗希が一歩踏み込んだ瞬間、鋭いクロスオーバーで切り返した。だが、斗希の反応速度は驚異的だった。まるで影のように食らいつき、泉翔の進路を完全に塞いでくる。


泉翔は内心で舌を巻きながら、さらにギアを上げた。ボールを大きく前へ突き出し、次の瞬間、左手で一気に引き戻す。斗希の体がわずかに泳いだ隙を突き、その横を強引に抜き去った。


斗希の顔に、初めて驚きの色が浮かぶ。 だが、泉翔の狙いは自らのシュートではなかった。背後から追ってくる斗希の気配を感じながら、前方でフリーになった凛へアイコンタクトを送る。


「蓮見!」 放たれたパスは、吸い込まれるように凛の手元へ。彼女はそれを受け取ると、迷うことなくゴールへ跳んだ。しなやかなフォームから放たれたボールは、綺麗な放物線を描いてネットを揺らす。完璧な連携だった。


「おっ、いいねぇ!」


斗希は地面に跳ねたボールを片手で軽々とキャッチした。シュートを決められてもなお、その表情から余裕は消えていない。むしろ、獲物を見つけた少年のような、無邪気で危険な熱が宿り始めていた。


ステップを踏むような軽やかなドリブルで、斗希は再び凛の前に立つ。真剣そのものの凛と、ニヤついたままの斗希。コートの中央で、対照的な二人の火花が散った。


斗希のドリブルが徐々に加速し、体育館に響く音が激しさを増していく。そのリズムに比例するように、凛の全身の細胞が最大級の警戒を告げた。


次に何が来るのかを肌で悟った瞬間、斗希は左側から矢のような速さで切り込む。凛は瞬時に反応したが、斗希はそこから重心を預けるようにバックステップし、鋭いフェイントを織り交ぜた。わずかに反応が遅れた凛に、斗希は容赦なく追い打ちをかける。自身の足の間にボールを通す股下へのレッグスルーから、姿勢を極限まで低くしての急激な切り返し。


その緩急に、凛の膝が悲鳴を上げた。重心を完全に奪われ、文字通り「崩された」彼女は、そのまま無様にコートへ尻もちをついた。


凛を抜き去った斗希の視線は、既に次の標的、泉翔を捉えている。シュート体制に入った斗希に対し、泉翔は全力の跳躍でシュートコースを完全に塞いだ。だが、斗希は空中で重力を無視したかのようなターンを見せ、泉翔のブロックを軽やかにかわす。


――ドォォン!!


激しい衝撃音とともに、斗希の両手がリングを掴んでいた。豪快なダンク。激しく揺れるバックボードを背に、斗希がコートに着地する。


完璧な連携で決めた自分たちのプレイが、たった一人の、圧倒的な個の力によってねじ伏せられた。そのあまりの力の差に、泉翔と凛は言葉を失い、ただ呆然と立ち尽くす。


「へへーん、お二人さん、あまいあまい!」


斗希は悪戯っ子のように笑い、勝利の余裕を見せつける。 泉翔は、未だ動けない凛のもとへ駆け寄り、手を差し伸べた。


「大丈夫か」


凛は黙ってその手を取り、立ち上がった。「大丈夫」と短く返した彼女の声は、低く冷たい熱を帯びている。彼女は斗希を射抜くような鋭い視線で睨みつけた。


その瞳の奥に宿った研ぎ澄まされた刃のような鬼気迫るものに、泉翔は思わず背筋が凍るような感覚を覚えた。普段の穏やかな彼女からは想像もつかない、その凄まじい執念に圧倒されそうになる。


「凛ちゃん、そんなに睨まないでよ。怖い怖い」


斗希は煽るようにニヤニヤと笑い続ける。泉翔は、凛の感情が爆発する前に、落ち着かせるように彼女の名を呼んだ。


「蓮見、落ち着けよ。焦らず行こう。こっちは二人だ」


「……わかってる。でも、二人なのに猶更してやられた感があって、悔しい。アンクルブレイクされるなんて思わなかった」


凛は唇を白くなるほど噛みしめ、屈辱を滲ませる。


「とりあえず次、蓮見が攻撃だ。行けるよな?」


「うん。もちろん」


凛が短く応じると、斗希から挑戦的なパスが届く。 再び対峙する二人。相変わらず余裕の笑みを浮かべる斗希に対し、凛は低く構え、獲物を狙う獣のような鋭さでドリブルを開始した。


泉翔の位置を視界の端に捉えながら、大外から左へと切り込む。半円を描くような大きな動きから、素早いバックチェンジ。斗希が獲物を狩るようにスティールへ手を伸ばした瞬間、凛の瞳がわずかに見開かれた。


――待ってたとばかりに、凛はボールを足の間に通す。斗希の裏をかく電撃のレッグスルー。その一瞬の隙を突き、彼女は弾丸のような速さで斗希の横を抜き去った。斗希に体を預けることで、相手のブロックを封じながら、最小限の予備動作で決め切る。凛ならではの、実戦的で巧みな技術が光った瞬間だった。凛がレイアップを決めると、泉翔は思わず感嘆の声を漏らした。


「うまい……!」


「よしっ!」 凛が小さくガッツポーズを作ると、泉翔は弾かれたように手を上げ、勢いよくハイタッチを交わした。 パチン! と体育館に痛快な音が響き渡る。


「……っ、いってぇ」 泉翔は掌を振りながら、思わず声を漏らした。 「痛くないでしょ、大げさ」 そう返す凛だが、彼女の唇は微かに震えていた。 「……痛いだろ、絶対。唇、震えてるぞ」 指摘されると、凛は「う、うるさい!」と、照れ隠しに顔を背けた。


そんな二人のやり取りを、斗希が静かに遮った。 「そろそろ、次いってもいいかな」 彼はすでにボールを手に、定位置についていた。その表情からは先ほどの朗らかな笑みは消え、サングラスの奥の瞳が氷のように鋭く光っている。


――まとう空気が、一瞬で変わった。 泉翔はゴクリと生唾を飲み込む。斗希は目で追うことすら困難な速度で、変幻自在のハンドリングを開始した。ボールが生き物のように彼の手足に吸い付き、左右、前後、股下へと、残像を残しながら暴れ回る。


視界が追いつかない。網膜に焼き付くボールの軌跡があまりに速く、泉翔は思考を硬直させた。唖然とする彼の目の前で、斗希は一歩前へ踏み出した。反射的に進路を塞ごうとした瞬間、斗希は急激なバックチェンジで泉翔の重心を奪う。さらに、高く叩きつけられたボールを空中でキャッチしたかと思うと、そのまま一点の迷いもなくシュートを放った。


凛も、泉翔も、ただ見ていることしかできなかった。


「ストリートの技を、あの精度で……」


「あんなハンドリング、間近で見たことない……」


呆然とする二人に、斗希は淡々と告げた。


「次。今度はお前らの攻撃だ」


泉翔は自分に言い聞かせるようにドリブルを開始した。だが、向かい合う斗希の真剣な瞳を前にすると、意識しなくても体が強張る。正攻法では通じない。泉翔は一瞬の隙を突いて凛へパスを送るのが最善だと判断し、視線で凛を追った。


小さく頷く凛に合わせ、アイコンタクトで呼吸を合わせる。加速し、低く構え、ターンから凛へボールを繋ごうとした――その瞬間。


視界の端から、斗希の鋭い手が稲妻のように割り込んできた。ボールはあっけなくカットされ、泉翔の手元には虚空だけが残る。


「泉翔。凛ちゃんへのパス、狙いがバレバレ」


斗希は奪ったボールを指先で回しながら、冷徹な声を浴びせた。


「パスする前に必ずアイコンタクトを送ってる。……凛ちゃんの耳に対する『配慮』か?」


図星を突かれ、泉翔は言葉を失った。


「実戦ならそこを狙われる。俺レベルの相手には、その甘いパスは一生通らないよ」


さらに斗希の視線は凛へと向けられる。


「凛ちゃんも、アイコンタクトに頼りすぎだ。パスが来るとわかっているから反応できてるだけ。チンピラ相手なら通用しても、常にボールが来ることを予測して動かなきゃ、上の世界じゃ戦えない。……それとさ。凛ちゃん、パス出すの苦手でしょ。さっき泉翔がフリーだったのに、自分で強引に決めにいったよね」


凛は反論できず、唇を強く噛みしめた。自分たちでさえ無意識だった弱点を、出会ったばかりの男に、いとも容易く暴かれたのだ。


「ま、今のままじゃあ……二人束になっても、俺には勝てないよ」


その言葉は挑戦であり、同時に、動かしがたい冷酷な現実だった。泉翔は拳を固く握りしめ、自分たちの「優しさ」と「未熟さ」が招いた敗北を、苦く噛みしめるしかなかった。


泉翔が唇を噛みしめて黙り込む中、斗希はボールを弄びながら、追い打ちをかけるように不敵な笑みを浮かべた。


「……ま、あのチンピラ相手の時に見せた、あのアリウープみたいなパスが『常に』出せるってんなら、話は別だけどさ。どうなんだよ、泉翔?」


その言葉が、泉翔の奥底に眠っていた感覚を鮮烈に呼び起こした。現役時代、ポイントガードとしてコートを支配していた頃の、あの研ぎ澄まされた視界。仲間が最高のシュートを放つための、相手の意表を突くパス。それは単なる送球ではない。敵の虚を突き、仲間の呼吸を読み、一瞬の閃きで空間を切り裂く、司令塔としての矜持だ。


泉翔は何かを振り払うように顔を上げると、真っ直ぐに斗希を見据えた。


「わかった……やってやるよ。蓮見、ボールをくれ」


「う、うん。わかった……」


泉翔から放たれる熱量に押されるように、凛が静かにボールを転がした。受け取った泉翔が再びドリブルを開始すると、体育館に響き渡るその音は、先ほどまでとは明らかに違っていた。


迷いも焦りも消え、ただ静かな、それでいて重い闘志が宿っている。斗希はその変化を敏感に察知し、わずかに目を細めて表情を引き締めた。漂う空気が一変し、まるで獲物を前にした猛獣のような、剥き出しの臨戦態勢へと入る。


二人の間に流れる火花の散るような緊張感を察し、凛は無言でゴール下へと滑り込んだ。アイコンタクトなど必要ない。いつ、どこから弾丸のようなパスが飛んできても対応できるよう、全身の神経を研ぎ澄ませて待機する。


互いに動かない。 ただ、規則正しく床を叩くドリブルの音だけが、不気味なほど重く響き続ける。 静寂の中、濃密な時間だけが、一秒ずつゆっくりと流れていった。


――そして、静寂を切り裂いたのは、泉翔の爆発的な一歩だった。


左サイドへと鋭くドライブを仕掛けると、斗希が影のように並走し、その進路を強固に塞ぐ。直後、泉翔は独楽こまのように鋭く急旋回した。凛へのパスではない。そのまま強引に、直接ゴールを狙うシュート体制に入る。斗希は反射的に跳躍し、その長い腕を壁のように広げてシュートコースを完全に遮断した。


だが、泉翔の指先から放たれたのは、シュートにしてはあまりに鋭く、速すぎる一撃だった。放つ瞬間の予備動作さえ、相手の目に留まらないほどの速度。


「――っ!?」


斗希が反応する間もなかった。シュートのモーションから繰り出された弾丸のようなパスは、斗希の脇を紙一重ですり抜ける。それはそのままリングの正面、金属のフレームへと猛烈な勢いで激突した。


ガァンッ、と耳を突き刺すような金属音が響き、弾かれたボールはコートの床へと叩きつけられる。リングを壊さんばかりの衝撃と、正確無比なコントロール。


物理法則に従い、激しい音を立てて真下へと跳ね返るボール。その跳ね返りすらも計算の内と言わんばかりに、泉翔は既に斗希の背後へと回り込んでいた。着地がわずかに遅れた斗希を置き去りに、跳ね返ったボールが吸い込まれるように泉翔の手中に収まる。すべては、この一瞬の「点」を作るための罠だった。


泉翔はそのまま、流れるような動作で柔らかなフックシュートを放った。放たれたボールは一点の迷いもなくネットを揺らし、体育館に心地よい残響を残した。


「これで、もう舐められないだろ」


泉翔が息を弾ませながら告げると、斗希はサングラスをわずかにずらし、その奥に潜む鋭い瞳を覗かせた。


「……へぇ。マジかよ、お前」


斗希はポツリと呟き、次の瞬間、心底愉快そうに声を上げて笑った。その表情には先ほどまでの傲慢な余裕はなく、未知の才能に触れた純粋な好奇心が溢れ出している。


「予備動作なしの高速パスに、あの緻密なコントロールか……。いや、参ったね」


感嘆の声を漏らす斗希の視線が、熱を帯びて泉翔を射抜く。その傍らで、凛は信じられないものを見るような目で泉翔を凝視していた。


「川神……。あなた、いつも私に投げていたパスって……」


「いつもは、練習だったからさ」


泉翔は照れ隠しに後頭部を掻いた。


「風見はあんなパス、出さないだろ。チームの練習で使えない技を練習しても意味がないと思って……。でも、今は違うからな」


「いいじゃん、泉翔! 」


斗希は弾んだ声で言い、まるで新しい玩具を見つけた子どものように目を輝かせた。冷徹なまでの冷静さは消え去り、純粋な高揚感が彼を包み込んでいる。


「どういうこと?」


怪訝そうに眉をひそめる凛に、斗希は悪びれる様子もなく肩をすくめた。


「さっきは挑発して悪かったね」


「いや、別に気にしてないからいいけど……」


泉翔は戸惑いながらも答えたが、隣の凛は納得がいかない様子で頬を膨らませた。


「私は、気にする。……絶対、忘れないから」


「ごめんって、凛ちゃん!」と 子どものように両手を合わせて平謝りする斗希。その無邪気な態度に、凛も毒気を抜かれたのか、呆れたように深くため息をついた。


和やかな空気が流れたのも束の間。斗希は不意に真剣な面持ちに戻り、二人へと向き直った。


「実はさ……二人に話があるんだ」


声のトーンが一段下がり、体育館の空気が再びぴんと張り詰める。泉翔と凛は顔を見合わせ、重苦しいほど真剣な彼の言葉を待った。


「俺と3人でチームを組んで、3on3のストリートバスケ大会に出ないか?」


予想だにしなかったその提案に、二人の思考は一瞬で白く染まった。


「……え?」


重なり合った驚愕の声が、静まり返った体育館に長く響き渡った。

第9話 実力①をここまで読んでくださりありがとうございました。

斗希のプレイスタイルはストリート意識していますのでテクニックがある選手です。ちなみに泉翔はパスとボールハンドリングが得意で、凜はシュートやドリブルのスピードが速い。3人とも個々の能力がバラバラな感じをイメージしています。

今回もまた作品のご感想などお待ちしておりますので、引き続き次回エピソード更新までお待ちいただけますと幸いです。


それでは次回エピソードでお会いしましょう。

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