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第8話 2on2③

そのシュートがネットを揺らし、バスケットコートに静寂が訪れた。


ゴールネットが静かに揺れる音だけが響き、夕暮れの空気に吸い込まれていく。凛と泉翔は勝利を確信し、互いに満面の笑みでハイタッチを交わした。その高揚感とは裏腹に、チンピラたちの間には敗北の空気が漂っていた。


「……ま、負けた」


耳ピ野郎が呆然とそう呟くと、舌ピ野郎は悔しそうに顔を歪めた。その瞳には、バスケで負けた悔しさではなく、プライドを傷つけられたことへの怒りが燃えていた。


「このくそが…!」


舌ピ野郎がそう叫ぶと、泉翔は凛をかばうように前に立った。


「勝負は俺たちの勝ちだ。約束通り、ボールを返せ」泉翔がそう言うと、舌ピ野郎は苛立たしげにポケットからナイフを取り出した。そして、バスケットボールにその切っ先を向けた。


「おい、やめろよ!」


泉翔が叫ぶが、舌ピ野郎はニヤニヤと笑い、刃先をボールに近づけていく。その瞬間、凛の耳には届かないはずの、悲痛な声が響いた。


「やめて!」


「うるせ!」


しかし、舌ピ野郎は止めることなくナイフを振りかぶる。 その次の瞬間、横から飛んできたバスケットボールが、舌ピ野郎が持っていたボールに激しくぶつかった。鈍い音を立てて、二つのボールが地面に転がる。


舌ピ野郎が驚いて飛んできた方向を見ると、バスケットコートの入り口近くに、フードを深く被った男が立っていた。


「いまのはてめぇか!?」


耳ピ野郎が怒鳴る。しかし、フードの男は静かに言った。


「怒鳴るなよ。みっともねー」


男はゆっくりとこちらに歩いてくる。舌ピ野郎は標的を変え、怒りに任せてナイフを男に突き立てた。


「てめぇー……ぶっ殺してやる……」


その言葉が終わる前に、男の鋭い前蹴りがみぞおちに突き刺さる。舌ピ野郎は「ぐっ……!」と苦悶の声をあげ、そのまま膝をついてうずくまった。 男は容赦なく、舌ピ野郎が握りしめているナイフ目掛けて、再度蹴りを上げ、切っ先は無惨にも遠くへ飛ばされる。


男は間髪入れず、顔面へと膝蹴りをいれ、舌ピ野郎を後ろへ吹き飛ばした。 その衝撃で、男が被っていたフードが勢いよく脱げた。


現れたのは、透き通るように白い肌に、白い髪、眉、まつげ。色素の一切が抜け落ちたかのように、何もかもが白かった。長い前髪で隠れていた水色のサングラスを外すと、その奥から現れたのは、色相が落ちたかのようなグレーの瞳だった。


舌ピ野郎は鼻を押さえながら、弱々しい声で尋ねる。


「誰だてめぇ…?」


「誰だって言われて、明らかに柄の悪いやつに名乗るやついねーだろ、バーカ」


男はそう言って、無防備な舌ピ野郎の横顔を再び蹴り上げた。 そのまま舌ピ野郎は地面に倒れ、意識を失った。


目の前で繰り広げられたあまりに一方的な暴力に、凛と泉翔はただ立ち尽くすことしかできなかった。自分たちが手に負えなかった男が、いとも簡単にねじ伏せられていく光景が、現実のものとは思えなかった。


あっけにとられている耳ピ野郎に対して、男は冷徹な眼光を向け、淡々と告げた。


「あんたどうする? 続けるのか」


「くそっ……!」


耳ピ野郎は、気絶した舌ピ野郎を担ぎ上げると、捨て台詞を吐く余裕すらなくコートから逃げるように去っていった。


連中が出ていってから、少しの間、沈黙が訪れた。コートには、先ほどまでの殺伐とした熱気が嘘のように、静かな夜の気配が忍び寄っていた。


最初に声を発したのは、凛だった。その声は、まだ混乱が収まらないのか、若干震えていた。


「ね、ねぇ……川神の知り合い?」


泉翔はゆっくりと首を振る。 「いや、違う……」 泉翔も、握りしめていた拳の手が汗ばんでいるのがわかった。


男は二人に告げた。


「危なかったな、あんたら」


男は凛の足元に転がっているボールを拾い上げると、彼女に差し出した。


「ほら、あんたのだろう?」


「あ……ありがとう」 凛はそう言って、おそるおそる受け取り、会釈をする。泉翔もそれにつられるように、男に会釈をした。


「あぁ、いいよ。気にしないで。たまたま通りかかっただけだから」


「本当に助かった、ありがとう」 泉翔はそう言って、再び深く頭を下げた。凛もそれに倣い、黙って会釈をする。まだ、目の前の男がたった一瞬でチンピラを制圧した光景が網膜に焼き付いて離れなかった。


「参ったな、そんな大したことしてないから」 男はははと豪快に笑うと、自分が投げ込んだボールを拾いにいった。その笑い声は、先ほどの冷酷さとはかけ離れ、まるで別人かのように朗らかだった。そのギャップが、かえって底知れない恐ろしさを感じさせる。


「あんたら、いつもここでバスケを?」 男は凛と泉翔に背を向けたまま、問いかける。


「いつもじゃないけど……たまに、練習してます……」


凛はか細い声で答える。男の雰囲気は柔和だが、それでもまだ、全身の緊張が解けない。


「そうなんだ……途中からしか見てなかったけど……」 男は拾い上げたボールを、片手で無造作に、けれど極めて高い弧を描くように放った。


ボールはリングの中央を射抜き、吸い込まれるように綺麗に入った。その淀みのないシュートフォームに、泉翔は思わず息をのんだ。


「いい試合だった。途中、危なかったけどな」 男はそう言って、振り返り笑った。その屈託のない笑顔に、凛と泉翔はなんだか恥ずかしくなり、思わず顔を伏せる。自分たちの命の危険が去った安心感と、この男の強大なバスケの才能を目の当たりにした驚き。そして、自分たちが死に物狂いで戦っていた相手を子供扱いした男との、圧倒的な次元の差。複雑な感情が入り混じっていた。


「あなたも……ここでバスケをしてるのか?」 泉翔が恐る恐る尋ねる。


「いや、ほんと偶然。通りすがり、ほんっっっとたまたまバスケの音聞こえたから寄っただけ」 男は笑いながら続ける。


「そしたら、馬鹿そうなチンピラと2on2やってるもんだから、面白いから最後まで見ちゃったよ」


「いや、俺らも絡まれると思ってなかったし……」 泉翔が言い訳のようにそう言うと、凛が小さく頷いた。


「まっ、怪我なくてよかったな」


「え、うん」と凛が答える。その声はまだ微かに震えていた。


「そんなかしこまらないでよ。俺だって、あんたらと同じ高校生なんだからさ」


「えっ?」 凛と泉翔は声を揃えて驚いた。目の前の、あまりに非現実的な強さと威圧感を持つ男が、自分たちと同じ高校生だという事実が信じられなかった。


「え? 見えない?」 男は心底びっくりしたような顔で問いかける。


「見えない」 二人は再び声を揃えて即答した。あの暴力のキレも、この浮世離れしたビジュアルも、現役の高校生としてはあまりに規格外すぎた。


「……がち?」


「がち」


男は少し眉をひそめ、心外だと言わんばかりに傷ついたような表情を見せた。


「一応、高二なんだけどな……」


付け加えられたその言葉と、年相応な仕草。彼が自分たちと同じ、普通の高校生であることを物語るその様子は、かえって二人の混乱を深めることになった。


「それなら……俺たちと同じ学年だ」


泉翔の口から、無意識に安堵の混じった言葉が漏れる。命を救われた相手への警戒心よりも、同い年という共通点に、わずかながらの親近感を覚えたのだ。


「高校はこの辺りなのか?」


男からの問いに、泉翔は短く「うん」と頷く。


「あっ、もしかして、あの丘の上の高校?」


「そうそう」


「そうなんだ……」


男は放ったシュートの跳ね返りを拾い上げると、どこか楽しげに、あるいは何かを見透かしたような響きを込めて呟いた。手元に戻ったボールを弄ぶその指先は、夜の闇の中でも不思議なほど滑らかに動いている。


「たぶん、またすぐに再会できるかもな……」


その言葉に、凛と泉翔は思わず顔を見合わせた。


「それって……どういうこと?」


「俺も、あんたたちと同じ高校に通ってるんだよね」


「えっ!?」


泉翔と凛の口から、今日一番の驚きが漏れた。てっきり他校の生徒だと思い込んでいたのだ。同じ校舎の中に、これほどの実力を持った人間がいたのか。すぐ身近にいたはずの未知の存在に、泉翔は言いようのない高揚と、どこか奇妙な胸騒ぎを覚えていた。


「じゃあ、また」


そう言い残すと、男は二人に手を振り、夜の闇に溶け込むようにバスケットコートを出ていった。


二人残された凛と泉翔は、しばらくの間呆然としていた。あたりはすでに完全に日が落ち、公園の街灯が、ぼんやりと二人を照らしている。


「……もう、暗いね」


凛がぽつりと呟いた。その声は先ほどまでの鋭い熱を失い、ひどく掠れている。「そうだな。……帰るか」という泉翔の問いかけに、凛は力なく頷いた。


しかし、歩き出そうとしたその瞬間だった。張り詰めていた緊張の糸がぷつりと切れたように、凛の体が大きく傾く。泉翔が咄嗟に腕を伸ばすと、凛は抵抗する力もなく、その胸元へ崩れるように体を預けてきた。伝わってくる体温は驚くほど高く、激しく波打つ鼓動が服越しに伝わってくる。「蓮見、大丈夫か?」という問いに、凛は「……うん。ごめん、ちょっと疲れちゃったみたい」と弱々しく笑おうとしたが、その目元には隠しきれない疲労が色濃く滲んでいた。


平衡感覚を司る彼女の耳にとって、あのハイレベルな攻防は限界を超えた負担だったのだろう。泉翔は彼女の細い肩を支え、近くのベンチへと誘導した。


凛はゆっくりと腰を下ろすと、溜まっていた熱をすべて吐き出すように大きなため息をつき、力なく膝に視線を落とした。


「私さ……本当は長時間のプレイが難しくて。休み休みじゃないと、平衡感覚がおかしくなっちゃうんだよね」


絞り出すような声だった。彼女は自分の耳をそっと指先でなぞり、震える唇を噛みしめる。


「こんな耳にならなければ……今頃、もっと……」


最後まで言葉にはならなかったが、その先にあるのは剥き出しの悔しさだった。もしこのハンディキャップがなければ、あんな奴らに、もっと、もっと――。そんなやり場のない弱音が、夜の空気に溶けていく。


泉翔はその言葉をどう受け止めていいのかわからず、ただ沈黙を守るしかなかった。安易な励ましは今の彼女には届かないし、かえって彼女の誇りを傷つけるような気がしたからだ。街灯の下、震える肩を抱えるように座る彼女の横顔を、泉翔はただ、痛みを共有するように見つめ続けた。


しばらくして、夜風が火照った体を冷まし、凛の呼吸が落ち着きを取り戻した。


「……補聴器つければ、少しは平衡感覚もマシになるんじゃないのか?」


「……マシにはなると思う。でもね、一回、バスケしてる時に壊しちゃったんだ。それ以来、怖くてつけたくないの」


そういえば、以前そんな話をしていたことがあった。単に機械が壊れたというだけではなく、その時に何かトラブルや、彼女を傷つけるような出来事があったのではないか。俯く凛の指先が膝の上でぎゅっと白くなるのを見て、泉翔はそんな予感を抱かずにはいられなかった。安易に「またつければいい」と言えないほどの重い空気が、彼女の周囲に漂っている。


「……でも、俺は蓮見の体調のほうが心配だ。無理してまた倒れたりしたら…」


凛は言葉を失ったように、ふいと黙り込んだ。反論するでもなく、かといって同意するでもないその沈黙は、彼女の頑なな心が、泉翔の不器用な優しさに少しずつ侵食されている証のように思えた。


「ありがとう……帰ろう」


ぽつりと呟いて、彼女はゆっくりとベンチを立つ。その足取りはまだ少しおぼつかない。泉翔は手を貸そうかと一瞬躊躇ったが、彼女の意地を尊重するように、伸ばしかけた手をそっと下ろした。彼女の歩幅に合わせるようにして、泉翔は少しだけ距離を置き、見守るようにその後ろを静かに追った。


帰路につく二人の間には、あの白い男の正体への疑問と、命懸けで掴み取ったバスケの勝利の余韻が入り混じり、言葉が見つからないまま無言が続いた。


あのシュート連携を決めたときの高揚感。久々に味わうバスケの熱さが頭を支配している感覚。


泉翔が横目で様子を伺うと、ふいに凛と視線が合った。その一瞬、言葉にならない感情が通じ合った気がして、泉翔は慌てて視線を逸らした。


「……なによ」 凛は少し不機嫌そうに、唇を尖らせる。


「あっ、いや、別に……」


「川神ってさ、『別に』って返すよね……」


凛の指摘に、泉翔はたじろぐ。無意識の癖を突かれ、どう返していいかわからず、ただ小さく謝ることしかできなかった。


「ごめん……」


「謝ってほしいわけじゃないけど……」 再び、沈黙が訪れる。どう会話を展開すればいいのか。気づけばいつも、凛とはバスケのことしか話をしていなかった。悩んだ末に、泉翔は凛が大切そうに抱きかかえているバスケットボールに視線を落とした。


「あのさ……ボールは、傷ついてないか?」


「うん、大丈夫そう」 凛は手元でボールを回し、表面を確かめる。所々に小さな傷はあるが、念入りに手入れされているのが見て取れた。大きな損傷はなく、長く、そして深く愛用されていることが伝わってくる。


「そのボール、大事にしてるよな。いつも持ち歩いてるし」


「うん……私がバスケを始めるきっかけになったボール」


「そうなんだ……」


「うん、そう……」


また会話が途切れた。話をどう膨らませればいいのか、泉翔にはまったく分からなかった。そんな彼の戸惑いを見透かすように、凛が沈黙を破った。


「川神ってさ……深く聞いてくることないよね」


「えっ?……そうかな」


「そうだよ。ふつーこういうときさ、いつから使ってるのとか、誰から貰ったのとか、もっと聞くでしょ」


「……確かに。ごめん、会話下手で……」


指摘された申し訳なさから、また反射的に謝罪が口を突く。


「謝ってほしいわけじゃないってば……」 凛にそう釘を刺され、泉翔は喉の奥に言葉が詰まったような気持ちになる。


「でも……」 凛がポツリと、言葉を継いだ。


「深く聞いてほしくない時もあるから。そういう意味では、助かるっていうか……」


凛の意外な本音に、泉翔は少しだけ救われたような気がした。


「ケースバイケース、かな……。私もよく分からないけど…たぶんそう」


三度目の沈黙が降りてくる。しかし、凛は彼を急かすことなく、ゆっくりと歩調を合わせていた。その静かな時間が、かえって泉翔の心をざわつかせた。


「……でも、そういうのも……なんか、いい」


凛が微かに、消え入りそうな声で呟いた。

泉翔は思わず身を乗り出す。


「えっ?」


しかし、凛は顔を真っ赤に染め、


「な、なんでもない!」と早口で叫ぶと、泉翔の肩をドンと叩いた。


「いってぇーな!」


「痛いわけないでしょ!」


「いてーよ、スナップ利かせんな!」


子供じみたやりとりに、凛がふっと笑みをこぼす。その笑顔につられ、泉翔の頬も緩んだ。張り詰めていた空気が柔らかく溶けていく。言葉でうまく伝えられなくても、この他愛ない時間が、二人の距離を少しずつ縮めていくようだった。


いつもの交差点に差し掛かると、「じゃあ……わたし、こっちだから」と凛が言った。


「じゃあな。気をつけろよ」


「うん、川神も。またね……」


凛は手を振り、二人はそれぞれの道へ歩き出す。だが、しばらく進んだところで、泉翔は背後から服を引かれるような、不思議な感覚に襲われて振り返った。 そこには、うつむいたままの凛が、なぜか数歩後ろに立っていた。


「……どうした?」 凛は何も言わず、ただそこに佇んでいる。街灯の下、彼女はゆっくりと顔を上げた。その顔は耳の付け根まで赤く染まっていて、消え入りそうな声で告げた。


「今日は、その……ありがとう……っ」


泉翔は息を呑んだ。まっすぐな瞳と、照れたように赤らめた頬。普段の強気な彼女からは想像もできないほど、脆くて愛らしい表情に、泉翔は言葉を失い、ただ見惚れてしまった。


「っ!」 泉翔が硬直している間に、凛は「じゃあ!」と一言だけ叫び、くるりと背を向けて脱兎のごとく走り去っていった。


暗闇に消えていく彼女の背中を、泉翔は姿が見えなくなるまで、ただじっと見送っていた。


帰り道、一人になった泉翔の思考は、最後に現れたあのフードの男へと向かう。 同じ高校と言っていたが、あんな特徴的な風貌の生徒がいれば、噂にならないはずがない。まるで蜃気楼のように非現実的な男。だが、彼が放ったあの完璧なシュートの残像だけが、網膜にこびりついて離れない。


男のことを考えていると、拳に再び熱が宿るのを感じた。手が微かに震え、血が沸き立つ。 未だ手にはボールの感触が残っていた。 一度は封印したはずのバスケへの熱。それが今、胸の奥で再び激しく燃え上がり始めていた。


だが、その高揚感は、自宅の玄関を開けた瞬間に打ち砕かれた。 そこには、怒りで眉を吊り上げた母親が、仁王立ちで待っていた。


「泉翔! こんな時間までどこをほっつき歩いてたの……!」


「えっ! あっ、母さんごめん! お使い、忘れてた!」


泉翔は反射的に頭を下げ、母親の怒鳴り声を遮るように叫んだ。


「泉翔っ!!! 待ちなさい!」


背後に響く母親の怒号を振り切り、泉翔は全速力で階段を駆け上がり、自分の部屋へと逃げ込んだ。閉まった扉の向こう側から、しばらくの間、母親の説教が雷鳴のように響き続けていた。


ベッドに横たわると、凛と決めたあのアリウープの感触が、泉翔の瞼の裏にこびりついて離れなかった。熱を帯びた手のひらと、夜の風。一度火がついた心は、静まり返った部屋の中でも、なお激しく脈打っていた。


休み明け、泉翔はいつものように遅刻ギリギリで学校に滑り込んだ。自分の席に着くと、隣に座る凛が「おはよう」と声をかけてくる。 「おはよう」と返し、ふと教室を見渡すと、いつもより空気がざわついていることに気づく。


泉翔が「なんかあったのか?」と凛に尋ねると、彼女は首を傾げて「わかんない」と答えた。だが、クラスの連中が教室の後ろや廊下をチラチラと気にする様子は、明らかに普通ではなかった。


チャイムが鳴り、大城先生と見慣れない一人の生徒が教室に入ってくる。 その生徒の姿を見た瞬間、凛と泉翔は驚きに目を見開いた。二人の心臓が、ドクンと大きく鳴る。


「今日は、ずっと不登校だったやつが、なぜか登校してきた……ので! ほら、来栖! 挨拶!」


大城先生に促され、来栖と呼ばれた男がゆっくりと口を開く。


来栖くるす 斗希ときです。えっと、長らく不登校でした。よろしくお願いしまーす」


「おい……なんだその腑抜けな挨拶!」


「えーっ、大城ちゃん、怒んないでよ」


「先生をつけろ!」


教卓の前で繰り広げられる大城先生と来栖のやり取り。教室全体が二人のペースに置き去りにされていた。怒られながらも適当に受け流すその様子は、どこまでも飄々としている。


その風貌、雰囲気、背格好……そして、教室の蛍光灯の下でさらに際立つ、透き通るような肌と白い髪。忘れるはずもない。昨日、自分たちを救い、圧倒的な力でチンピラをねじ伏せた、あの男だった。


泉翔は、隣の席で固まっている凛と視線を交わした。彼女もまた、信じられないものを見るような目で教卓を見つめている。


大城先生に「お前の席は後ろだ」と言われ、来栖は独特のリズムで教室の後ろへと歩いてくる。 クラスメイトたちの視線が、未知の生物を見るように彼を追う。そして、斗希が凛と泉翔の席の横を通り過ぎる瞬間――彼は足を止め、二人に向かってにこりと微笑んだ。


「おっ! ほら、また会えた」


その声は、あの夜に聞いたものと同じ、朗らかで、けれどどこか底の知れない響きを持っていた。泉翔と凛は、ただ息を呑んで彼を見上げることしかできなかった。

第8話 2on2③をここまで読んでくださりありがとうございました。

新しいキャラの登場です。少しちゃらちゃらしていい加減だけど、どこかまっすぐな人っていますよね。斗希はそんなイメージキャラになっています(笑)

今回もまた作品のご感想などお待ちしておりますので、引き続き次回エピソード更新までお待ちいただけますと幸いです。

それでは次回エピソードでお会いしましょう。

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