ドアマット令嬢保護委員会
イレイーヌ・スレイシャス男爵令嬢は憂鬱な気分で馬車に乗っていた。
物心ついた頃から何故か両親には相手にされず兄や妹からは虐められ使用人達からは無視をされる、そんな日常だった。
挙句の果てに勝手に嫁入りが決められ追い出される様に馬車に押し込められた。
その結婚相手も何人も奥さんがおりかなり年上の公爵家だと言う。
夢も希望もありゃしない、そんな気分でイレイーヌはガタゴトと馬車に乗っていた。
が、途中で馬車が止まってちょっとだけ揺れた、と思ったらまた動き出したので不思議に思った。
何かトラブルでもあったのかしら、と気になったが窓が無い為、外を見る事は出来ない。
やがて舗装した道に入ったらしく振動も収まった。
「着きましたよ」
馬車が止まり扉が開き声をかけられた。
あぁ、これから地獄が始まるのね、と絶望的な気分になりながら外に出たイレイーヌだったが驚いた。
目の前には大きな屋敷があったのだが明らかに貴族な屋敷では無い。
どちらかと言うと学園とか病院みたいな施設に近い。
きらびやかではないけど重厚感がある感じ。
「あの、此処は何処ですか?」
思わずイレイーヌは聞いた。
「貴方を救う場所です、院長がお待ちです」
院長? 今、院長て言ったよね?
という事は此処は何かの施設?
不安な気持ちはあるけれども案内人である男性の後を追って中に入って行った。
「院長、イレイーヌ・スレイシャス嬢をお連れしました」
「入ってくれ」
とある部屋の前で男性がノックをして扉を開けると年配の優しそうな男性がいた。
「ようこそ、私はこの施設の院長を務めるアンドリュー・クレイノアという」
「は、はじめまして、イレイーヌと申します」
「いきなり連れてこられて不安だと思うが安心してくれ。イレイーヌ嬢の身柄と安全は国が保障する」
そう言ってこの施設の説明をアンドリューは話し始めた。
この施設はイレイーヌの様な家族から不当な扱いを受けている令嬢や令息を保護する為の施設である。
十分な休養や心身の治療をして本人の希望を受け必要な知識や資格を学び独り立ち出来る様に手助けをする、それがこの施設の目的だ。
その説明を受けて漸く自分があの過酷な場所から抜ける事が出来た、と知り心から安堵した。
「スレイシャス家の現状は国王様の耳にも入っている、家族内での差別や虐めは法律で禁じられている為、スレイシャス家は厳しい罰を受ける事になるだろう」
「あの、どうして我が家の事をご存知なのでしょうか? うちはしがない男爵家なのに国王様がご存知というのは……」
「貴族院には諜報機関があってね、公爵だろうが男爵だろうが全貴族が監視対象となっている」
という事は我が家にも監視員がいた、という事になる。
イレイーヌはちょっと怖さも感じたが安心もした。
「という事は私に来た縁談の話は……」
「あぁ、イレイーヌ嬢を保護する為の嘘だ、スレイシャス家は今頃貴族院からの監査員が来て身柄を拘束されているだろう、君の目の前には2度と現れる事は無い」
その後、イレイーヌは施設で過ごし心も体も順調に回復していった。
そして、イレイーヌは貴族を捨て平民になる事を決めた。
平民として必要な知識やマナーを学び施設が用意してくれた住まいから人生の再出発をする事になった。
後にイレイーヌは知ったのだが国王も幼い頃は不遇な経験をしていて、『自分の様な経験をさせたくない』と法の整備と施設を作ったのだ、という。
イレイーヌはこの国に生まれて良かった、と心から思った。
一方でスレイシャス家は転落していった。
身柄を拘束され取り調べを受けた両親は言い訳をしていたが証拠がたんまりとあるので通用しなかった。
裁判にもかけられ両親は刑務所に送られ、兄や妹は更生施設へと送られた。
更生施設はイレイーヌがいた施設とは別の厳しい所で出られる事はまず無い、との事。
スレイシャス家は貴族籍を剥奪され取り潰しとなった。
イレイーヌの元には定期的に元家族がどうなっているかを知らせる手紙が届いている。
その手紙を読んで『自分は元家族の様にはならず人に優しくなれるようにしよう』と心から誓った。




