暴漢は私がかつて愛した人だった
香は帰宅途中だった。今日も会社で残業だった。
帰る頃には辺りはすっかり暗くなっていた。クタクタに疲れていた。
早く自宅に戻り、ビールを一気飲みしたい気分だった。
後ろの方で人の気配を感じた。その足音は徐々に自分に近づきつつあった。香はそこから一目散に走った。するとその足音も走り出すではないか。
後ろから抱き着かれ、公園の茂みに連れていかれた。
香は押し倒され、乱暴に服を剥ぎ取られそうになった。
公園の街灯で男の顔がリアルに見えた。
「坂田くんなの?」
すると男は動きを止めた。
「田栗、田栗なのか?」男は呟いた…
*****
田栗香は高校2年生だった。
彼女は今日こそ告白しようと意気込んでいた。
同じクラスの坂田明彦に自分の思いを伝えるのだ!
校舎裏に明彦を呼び出した。
「坂田君、もし良かったらあたしと付き合ってくれない?よろしくお願いします!」
香は頭を下げた。
「ゴメン、今俺好きな人がいるんだ、君とは付き合えない…」
「そうなの、残念ね」
香はガッカリした。
「君の気持は嬉しい、その気持ちだけ受け取っとくよ」
*****
あれから10年が経った。
香と明彦は公園のベンチで2人並んで座った
「俺の会社は倒産した。ちょうどその頃彼女にも振られ、それでつい、あんな事をやってしまったんだ」
「そうなの…」
香は俯いたがやがて、名案が思い浮かんだように、目が輝きだした。
「だったらうちの会社に来ない?営業部に空きがあるわ」
「エッ、でも大丈夫なのか?」
「任せといて!あたし人事部だから!」
その翌週から明彦は香の会社で働くようになった。
明彦はがむしゃらに働き、その営業実績はグングン右肩上がりに伸びていった。
その年のクリスマスイブの日、香は明彦とデートすることになった。
食事後、明彦は言った。
「何もかも君のお陰だ。お礼と言っては何だけど、これを受け取ってくれないか」
明彦はカバンから指輪ケースを取り出し、テーブルの上に置いた。
「こ、これは…」
「いや、嫌だったら受け取ってくれなくてもいいんだ、君の気持に任せるよ」
香は一瞬躊躇ったが、ケースを手に取り「有難う、受け取るわ」と微笑んだ。
「有難う」
その後2人は華やかな新婚生活を過ごし、仕事も家事も分担した。
結婚から約1年後、香は子供を宿し、やがて元気な女児を出産した。
2人はその子に沙也加と名付け、大切に育てた。
沙也加は小学校に上がった頃、両親に訊いた。
「パパとママ、てどうやって知り合ったの?」
「学校が一緒だったんだ、告白してきたのはママの方だったけどね」
「でもパパの方が強引だったわ!」
「そう、俺の方が強引過ぎたのかな?」
2人は娘の前で苦笑するのだった。




