経緯
しばらくして春日山城。
藤田信吉「直江様。蘆名についての報告に参りました。」
直江兼続「連絡をいただいた時、驚きました。こちらからお伺い出来る状況にありましのに。」
藤田信吉「その旨を中条殿に伝えたのでありますが、
『新発田が外へ出張る様子は見られませんし、守るだけでありましたら国衆も動いていただく事が出来ます。報告がてら春日山で羽を伸ばしてください。』
と言われまして……。」
直江兼続「では上様にも。」
藤田信吉「いや、景勝様は。」
直江兼続「一度笑わせる事さえ出来れば、後は……。」
藤田信吉「それが出来なくて、皆様苦労されているのでありましょう?」
直江兼続「殿には私からお伝えします。」
藤田信吉「お願いします。」
直江兼続「蘆名についてお願いします。」
藤田信吉「はい。まずは当主盛隆についてであります。蘆名盛隆は二階堂氏の出身で、元々は人質の立場で入った事は知られています。ただ人質と言いましても様々な形態があります。
北条氏規やその後上杉景虎と名乗った北条三郎のように同盟締結を維持するため。将来的には同盟国同士の取次ぎの任にあたる事を想定しての人質が1つ。
純然たる人質ではあるけれども、実家の当主となり得るよう教育する事を目的とした人質。徳川家康がそれにあたります。と言うものが1つ。後は……。」
降伏の印として差し出された人質。
藤田信吉「蘆名盛隆はこれにあたります。蘆名盛隆の父二階堂盛義は、蘆名盛氏との抗争に敗れ。和睦。正しくは降伏。これを担保するために蘆名に出されたのが盛隆でありました。その後、蘆名盛氏の嫡男盛興が29の若さで急逝。」
直江兼続「原因はわかりますか?」
藤田信吉「酒です。」
直江兼続「酒?」
藤田信吉「会津領内では近々で2回。酒造の禁止が出されています。これらは恐らく盛興の体調不良を鑑みた盛氏が施した措置との事であります。」
直江兼続「亡くなる前?」
藤田信吉「はい。」
直江兼続「そうなると盛興は、若い段階から既に酒に侵されていた?」
藤田信吉「可能性は高いかと。」
直江兼続「盛興に息子は?」
藤田信吉「居ません。そして父盛氏にも盛興以外に男子は居ません。そこで白羽の矢が立てられたのが、二階堂から差し出された人質であった今の盛隆であります。」
直江兼続「蘆名の家臣から認められていない?」
藤田信吉「故に盛隆も実績作りに必死です。新発田重家の肩入れもその1つであります。」
直江兼続「盛隆を除去しない限り、新発田と蘆名を引き剥がす事は出来ない?」
藤田信吉「そう見て間違いありません。」




