本能寺の変
本能寺の変は、織田信長と信忠親子が家臣の明智光秀に討たれた政変。織田の中枢を担う両者を失った影響は大きく、各地に散らばっていた織田の諸将は撤退。信濃や上野からも織田が居なくなった事により、上杉は危機を脱する事に成功。その切っ掛けとなった本能寺の変が勃発したのが、今日6月2日。もう少し粘る事が出来たら、ここも落ちずに済んだのでありましたが……。
中条景泰「当時は、そこまで早くに情報は届かない。しかし私はその事実を知っている。そして……。」
魚津城を取り囲んでいる柴田勝家や信濃から越後に侵入した森長可がその事実を知った日も把握している。
中条景泰「柴田勝家は、本能寺の変翌日の6月4日。森長可は6月の6日。問題は……。」
その事実が魚津城内に伝わる事はあり得ない。
中条景泰「備中高松城の1件が物語っている。羽柴秀吉が本能寺の変を知っていたのに対し、高松城はおろか毛利勢はその事実を把握する事が出来ていなかった。今私がやるべき事は……。」
如何にして森長可が去り、越後から越中に派兵されるまでの期間。一週間戦い続けるよう仕向けるのか?
中条景泰「明日自害する決意を固めている方々に、一週間は難しいな……。明日中に何か動きが無い事には……。」
私もその自害に巻き込まれる事になってしまう。
中条景泰「出来る事は何か……。ん!?柴田が本能寺の変を知り、魚津を離れたのは6月4日。起こったのは6月2日の深夜。3日に情報が発信され、翌日には届いている。京から越中までを2日足らずでやり取りできる体制が整えられている。と言う事は……。」
明日3日中に情報が齎されても違和感は無い。
中条景泰「事実は私が把握している。速報をこちらで流し、柴田が信頼している方法で後追いが出来れば……。」
3日の内に撤退を始める可能性がある。
中条景泰「問題は……。」
その情報を如何にして出すか?
中条景泰「人一人程度であれば、出入りする事が出来る。後は……。」
京との行き来が頻繁に行われている筋にどう繋げるか?
中条景泰「ただ北陸のほぼ全てを織田が網羅している。越後から京への筋はあるが、上杉の情報を柴田が信じる事はあり得ない。」
他に無いか……。
中条景泰「確か兄上は、殿以外にも魚津の救援に向かった方々が居たと言っていたな……。越中の東部は、攻められては居ないようだが釘付けにされている状況に変わりはない。もう1つあったような……。」
能登です。
中条景泰「能登で我らの味方となるのは……。」




