弦を張る前に、社会が切れる」
夜。閉店後のココリコの店内。椅子がすべてテーブルに上げられている。
カウンターの端、ケーブルだらけの隅っこに、ギターケースを3つ並べて女子が3人。
•瞳:ギターを抱えたまま猫背。視線は足元
•リョウ:ソファにだらっと横たわり、缶ビール片手
•瑞希:リュックを枕に仰向け。スーツにスニーカーという不思議な格好
空気が、音もなく沈んでる。けど、妙に落ち着く。
「で、就活セミナーはどうだった?」
リョウが天井を見ながら言った。
「うん、地獄だった。
“社会は空気を読むべき”って言った人事に、“あなたの存在が悪天候ですよ”って返した」
「お前、それ正論だけど、社会人には一番刺さるやつだろ」
瞳がうつむきながら、小さく笑った。
「ていうか、就活って“ちゃんとした人”がするもんじゃないの?」
リョウが空になった缶を、リズム刻むみたいにトン、と床に置いた。
「ちゃんとしてない人が、会社に入って“ちゃんとしたフリ”をするのって、詐欺だよね」
「うっ、それ私のことです……」
と、瞳がギターを抱きしめた。
「でも、私みたいな人間でも、働かなきゃいけないんですよ……」
「社会的に……」
「“対人スキル皆無だけど、ギターは弾けます”って、職務経歴書に書いていいのかな……」
瑞希が身体を起こして、ぼそっと言う。
「いいんじゃない? 私は書くよ。“人と目を合わせずに、人生を走り抜ける力があります”って」
「それスキルじゃなくて、逃避じゃん」
「逃避力=生存力だよ。だって社会って、常に無言のダメ出ししてくるじゃん。
“それじゃ通用しないよ”とか、“こっちのルールで来て”とか。
でもさ、そっちのルール、いつ誰が決めたの?」
「わかる……わかりすぎる……」
瞳がギターのネックをぎゅっと抱えた。
弦がちょっと、キュッと鳴る。まるで抗議の声みたいに。
「でもさ、それでも、生きるじゃん。
私ら、たぶん社会が苦手だけど、でも、音楽はやめないじゃん。
だったら、それが答えでいいんじゃない?」
リョウが笑いもせずに言った。
「社会に勝たなくても、生き残ってやるっていう、戦術的敗北。それ、悪くないよ」
瑞希が、ゆっくりとギターを借りて弾いた。
Eマイナーのコード。ちょっとだけ、ビビった音。
「指が固い……社会の呪いが残ってる……」
「その呪い、音にしようぜ。曲名は、“お祈りメールのテーマ”」
「……これ、CDに焼いて企業に送ったら、落ちるかな」
「逆に通るかも。“面白いやつが来た”って」
笑い声はなかったけど、そこにはたしかに“温度”があった。
社会のルールじゃ測れない、でもどこかで生きていけそうな体温。
コーヒーの香りは消えていたけど、
ギターの音は、少しだけ残っていた。