正論は、就活会場で燃える」
某日、都内某ホテル。会場はすでに冷房が効きすぎて寒い。
ポスターには金色の太文字――
『未来を創る、きみと企業のマッチングセミナー2025』
場違いの塊みたいな女子がひとり、会場の端に腕組みして立っていた。
瑞希である。
「……なんで私、こんなとこ来てんの?」
「就活の“空気”を知るのも、経験だよー?」
と、涼しい顔で返したのはチサト。
今日に限って、シャツにパンツスーツの“ちょっとできる人”スタイル。
「空気って、こんなに寒いの? 地球温暖化してんのに、ここだけ氷河期」
「ウケる」
案内されたブースには、企業ロゴと共に、2人の社員が座っていた。
ひとりは、やたらとニコニコしている黒川さん(人事課長)。
もうひとりは、腕を組んで座るガタイのいい寺岡さん(人事部長代理)。
「さあ、若者の皆さん、今日は遠慮せず“社会人のリアル”をぶつけてくださいね!」
そう言われて、周囲の学生たちは口を閉ざした。
でも、瑞希は遠慮しなかった。
「質問、いいですか」
「もちろんです! なんでも聞いてください!」
「御社、どうして“やりがい”と“成長”ばかり強調して、
“給料”と“労働時間”についてはパンフに一言も書いてないんですか?」
会場の空気が一瞬だけ凍った。
黒川が笑顔を引きつらせた。
「いやいや、ちゃんと“働きがい”という文脈で説明してまして……」
「“文脈”じゃなくて、数字を聞いてます。
“残業代が出るか”と“手取りでいくらもらえるか”を、具体的に」
寺岡の眉が動いた。
「君、ちょっと言葉が過ぎるんじゃないか?」
瑞希は腕を組んだ。
「だって、私たちは人生の半分を“労働”に捧げるわけですよ。
それに見合う対価を聞くのは当然だと思うんですけど」
「社会にはな、言い方ってもんがある」
「じゃあ、社会の言い方で答えてください。“どうして給料の話になると空気が重くなるんですか?”」
「……君、誰かに影響されてない?」
そこで伊達が現れた。
サングラスを外して、唐突に口を挟む。
「いや〜、いいねこの子。企業の正義を問うって、めちゃくちゃ青春じゃん。俺、カメラ回してたら泣くわ」
「誰だお前は」
瑞希はため息をついた。
「働くことが悪いとは思ってないです。
でも、“社会の一員になるには空気を読め”って言い方、ずるくないですか?
それってつまり、“従え”ってことでしょ?」
黒川が口を開こうとしたが、言葉が見つからない。
寺岡は低い声で言った。
「お前みたいなやつ、現場じゃすぐ潰されるぞ」
瑞希は笑った。
それは、強がりでも皮肉でもなく、本当に笑ったのだった。
「じゃあ、“潰す側”の顔、よく見て覚えときます」
場が凍った。数秒ののち、チサトが柔らかく口を開いた。
「大丈夫、瑞希ちゃん。
この子、たぶん潰される前に相手のメンタル壊すタイプだから」
外に出たあと、瑞希は空を見上げた。
「私、就活向いてないかも」
「そうだね〜、向いてないね〜」
チサトが笑って肩を叩く。
「でも、大丈夫だよ。“正しい”と“通る”は別物だけど、
“信じた”と“貫いた”は、案外、人生の後半で報われるから」