喫茶ココリコ、諜報視点より観測された青春」
「……この店、妙ですね」
アイボゥが言った。ツインテールの姿で、店の斜向かいに設置された監視車両の助手席に座っている。
アンドロイドのくせに、アイスキャラメルマキアートをちゅーっと吸いながら。
「妙とは?」
ハンドルを握るのはボス――警視庁部長、真津下夢乃。
眼鏡の奥で、冷静にモニターを見ている。
彼女にとって、“日常に潜む異常”を見つけるのは呼吸と同じだ。
「カフェの稼働率85%。リピート率112%。
店長不在。実質運営は学生アルバイト。
なのに――離職率、ゼロ。これは不可解です」
「逆に言えば、優秀な人材が“やめない地雷原”ってわけね。どんな職場より謎よ」
「てか、何してんのこの2人」
後部座席から顔を出したのは、瑞希。
元・被保護対象。現在はインターン兼分析補佐。
制服姿のまま、タブレット片手に店内カメラをチェックしている。
「おお、またやってるやってる。
チサトって子とレナちゃんの、これもう完全に夫婦喧嘩だよ。
言葉少ないのに情報量が多すぎるのよ。プロレスかって」
店内モニターには――
チサト:「ごめん、昨日言いすぎちゃったかなって……」
レナ:「言いすぎてはいません。事実ですから」
チサト:「レナちゃん、それはツンすぎない?」
レナ:「私は常にフルオートです」
「うーわ出た、レナちゃんの“マシン語”」
と瑞希がニヤつきながら言う。
「……で、このモニタリング、なんの作戦なんですか?」
「青春の構造解析」
「現代大学生の群体意識に潜むパターン抽出」
「あとまあ、あたしがちょっと気になってるだけ」
ボスがさらりと答える。
「だって、みんなバカみたいで可愛いじゃない。
棚は崩れるし、バイトはやめないし、告白はできないし。
でもそれでも、毎日来るのよ、このカフェに」
アイボゥが補足する。
「彼らの言語パターン、動作、視線、感情の揺れ。
すべて記録して学術的に分析すれば、“現代の青春の揺らぎ”が数値化できます」
「……それって、愛なの?」
瑞希の言葉に、車内がちょっとだけ静かになる。
「じゃあ、観に行く?」
と、ボスがサングラスをかけた。
「えっ、行くの? 現場入り?」
「こういうのはさ、ちゃんと空気で確かめなきゃ。“青春”ってやつの成分は、きっと二酸化炭素と恥じらいと、あとラテの匂いでできてるのよ」
そのころ店内――
瞳がラテアートで「失敗したクローバー」を描き、
陽菜が「昨日のバイト代の誤差」について真顔で悩み、
秀太が「筋肉と恋の両立」について千里に相談し、
伊達が「人間の定義は曖昧だ」と語って煙たがられていた。
青春というものは、放っておくと勝手に発酵し、爆発する。
それを外から観測している彼女たち――
かつて“異常”と向き合ってきた者たち――は、
その尊さに、わずかに微笑むのだった。