:「修羅場のあとさき、ラテとライターとたぶん未来」
午後五時すぎ。閉店の札を出しても、店内にはまだ人がいる。
棚を修理するレナ、グラスを磨くチサ)、レジ締めの陽菜、床掃除する秀太。
そして――なぜかまだソファ席に居座ってる、あの男である。
「またあんたですか」
と、私――萌絵が言うと、男は涼しい顔でカフェラテをすすった。
彼の名前は須賀
元記者、現・何かよくわからない職業の人。
「だって、ここ落ち着くんだもん。大学の図書館より、ここのWi-Fiが速いしさ」
「それ、店にとって最悪の褒め言葉です」
「ほら、論文の参考資料にもなるよ。就活、書くもん多いでしょ?」
「私、理工なんで。ESとかで語る“私の強み”が、“TCP/IPの最適ルーティング”しかないんですけど」
「いいじゃん、強いよ。ほら、そういう理屈っぽい女子、俺好きだよ」
「やめてもらえます?」
そこにバイクの音が響く。ドアがガチャリと開いて、夏美が登場。
赤いジャケットにサングラス、スーツケース片手。何しに来たんだこの人は。
「やっほー、バイト終わった? あたし今から台湾行くんだけど、空港までコーヒー飲みたくて」
「……いや、閉店してますけど」
「いいじゃん、知り合い割引ってことで。ね?」
この人、何なんだろう。自由を詰め込んだみたいな顔して、カフェラテの泡の上に座るのだけは得意らしい。
「なーんか、青春って感じだねぇ~この店。
恋の匂いがするわ。特にそこの2人」
夏美が指さしたのは、レジ前で作業中のチサトとレナ。
「え、私たち?」
「違います」
「違いません」
即答で割れた。
「でもさ、レナちゃんのその目線。完全に“命令されたら従うだけじゃない”って目してるもん」
「分析、不要です」
「いやいや、レナちゃん、最近やわらかくなったよ~?
ほら、昨日は砂糖も入れてたじゃん。カフェラテに」
「……必要な糖分補給です」
「あー照れてる照れてる〜」
バイト終わりのスタッフルーム、みんなが帰る準備をするころ、須賀がぽつりと言った。
「……若いって、バカでいいよな。
今日も怒って、泣いて、笑って、でも明日も来るんでしょ? この場所に」
「え、須賀さんは?」
「俺は……明日もフリーだけどな。自由って、案外きついのよ」
その言葉に、誰も返事をしなかった。
でも、ドアを開けて、夜の風が吹き込んだとき、
チサトがぽつりと、こう言った。
「明日も来るよ、私。戦場はラテの向こうにあるからさ」
「私も。カフェイン切れると戦えないので」
レナのそのセリフに、私は思わず笑ってしまった。
きっとみんな、今日の疲れを明日に繋げて生きていく。
大学の成績、恋愛、就活、人生。
棚が崩れても、グラスが割れても、
たぶん私たちは、明日もここに来る。