断章:「カフェの裏側、ラテと地雷と撃ち合いと。」
大学生のバイト先ってやつは、だいたい店長が終わってるか、常連が終わってるか、バイト同士が終わってるかの三択である。
私たちが働く「Café ココリコ」は、その全部でビンゴしてるから手に負えない。
萌絵、今日も元気に出勤してます。時給970円。賃金以上の戦場。
その日、朝イチで厨房の棚が崩れた。
よりによって、マネージャーのレナが手を伸ばした瞬間だ。
「棚、崩れました」
それだけ言って、レナはガラスの破片を片づけ始めた。顔色ひとつ変えずに。
「待って!? ケガは!? 今、店長呼ぶから!」
私は慌ててカウンター越しに叫んだ。
「大丈夫です。被害は棚です。私は無傷です」
なんだその冷静な報告。災害現場のドローンかお前は。
そこへ現れたのが、我らがもう一人の救世主―チサト先輩。
「おはよ~! あっ、棚壊れたの? レナちゃん、また筋力で全てを解決しようとしたな~?」
「してません。重力が悪いんです」
「はいはい、また重力のせい~! 今日も愛されてるね、ニュートン~!」
軽口を叩きながら、チサト先輩はバリスタマシンに向かう。
いつものことだけど、この人はカフェなのに戦場のテンションで動く。
カフェの開店10分前、事件は起きた。
レジ前で泣いてる女の子がいた。
昨日無断欠勤した新人、**あんずちゃん(19歳・文化構想学部)**だ。
その子の前に立つのは、店長ではなく、チサト先輩だった。
「うんうん。大丈夫だよ。あんずちゃんはもう少し心が強くなったら、戻っておいで。
でもね、今日のこの時間に“無断欠勤の翌日、いきなり出勤”って、
それはちょっと、爆弾処理班を呼ばないと無理だよ?」
にっこり。笑顔。でも目は笑ってない。
店内、氷点下。
**レナが一言、低い声で言った。
「チームプレイができない人材は戦場には不要です」
いや戦場じゃないから! カフェだからここ!
「ラテアートの上で撃ち合いしないでください」と心で叫びながら、
私はストローの補充をしていた。
そして地獄は続く。今度は常連の地雷系彼氏が来た。
元バイトだったという情報を盾に、「ブラックだ」だの「俺ならこうする」だの延々言い続ける男。
「おまえがそう思うんならそうなんだろう。おまえん中ではな」
と心でツッコミを入れていると、隣からレナがささやいた。
「物理的排除、してきますか?」
ダメです。
ようやく一息ついたのは、閉店後のバックヤード。
秀太は皿洗い中に割ったグラス5枚の弁償をしていた。
陽菜はフロアで泣き崩れたカップルの仲裁に疲れて、麦茶をあおっていた。
チサト先輩は、イスの背に足を投げ出して言った。
「いやー今日も平和だったねー」
どこがだよ。
でもね、不思議なもんで。
この地雷だらけのバイト先で、誰かが棚を壊して、誰かが怒って、誰かが笑って、
その全部が積み重なって、私たちは「ちょっとだけマシな人間」になってく気がしてる。
多分、大学の講義より、こっちの方が“社会”だ。
理論より、ラテと人間関係は難しい。
「でもまあ、明日も来るんだよね、私たち」
「うん、時給が発生するから」
「お金、大事」
「あと、あんたらがいるとちょっと安心するしね」
なんだかんだで、
バイト先の修羅場は、今日も終わる。明日も始まる。