表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/16

単位とバイトと、できれば恋」



大学というところは、ろくに授業に出てこない奴が、試験の週だけ図書館に住みはじめたりする。

私はそれを「集団的自己欺瞞の開花期」と呼んでいる。萌絵である。

ちなみに、出席はちゃんとしてるし、成績もAランクである(…と自分では思ってる)。


今日もまた、理工学館406号室。午後三時。

この部屋にいると、自分が人生というやつに遠回りされてる気がしてくる。


「履修登録ミスったかもしれない」


一番に言い出したのは、案の定、秀太だった。


「え、嘘でしょ。お前、春に“これは通年科目だぞ”ってちゃんと教えたじゃん」


私が言うと、彼は「いやあ……それがさ」と、右手で後頭部をかく。


「“物理演習A”と“物理実験A”って、同じAだけど違うAなんだな。知らなかった……」


「バカかよ!!」


と叫んだのは、奥の席で足を組んでいたクルミだ。

今日もPCは3台同時起動。片手でプリントめくりながらTwitterのトレンド監視までやっている。

それでいて、誰よりも出席取ってるんだから怖い。


「今どき、AIが履修管理してくれるアプリくらいあるんだから、ちゃんと使えって話だよ。

 あんたの脳みそ、たぶんCore 2 Duoより遅いよ?」


「それ、おいしいの?」


「……いやそれは食べ物じゃない」


「でもさあ、バイトで頭いっぱいいっぱいだと、そういうのって、うっかりするじゃん?」


と口を挟んだのは、陽菜だった。

細身で、おっとりしてて、でも変に芯が強い。


「私もこの前、マックの早朝シフトで寝坊して、“そのまま来てください”って言われて制服のまま駅走った……」

「なにそれ小説かよ」と私。


「うちも、朝8時からスタバで、午後は家庭教師、夜はライブ配信。

 そりゃ単位なんてすっぽ抜けるでしょ」と陽菜は笑うけど、目が死んでる。


「結局、バイトしないと生きられないって構造、変じゃね?」


と、机の隅で唐突に伊達が言った。


「大学って、学ぶために来てるはずなのに、

 時間の大半を金のために潰してるって、矛盾してね?」


「……お前が言うと、なんか危険思想に聞こえる」


とクルミがぼそっと言い、全員が少しだけ黙った。


でも、確かにそうなんだ。


学費と生活費を捻出するために、深夜までバイトして、講義中は目が虚ろ。

付き合ってた彼氏には「最近、全然会えてないね」と言われ、

LINEの未読は溜まるし、髪も染め直せてない。


本当は哲学の本とか、もっと読みたいのに。

ギターも練習したいのに。

春先に出した「バンドメンバー募集」の貼り紙なんて、もうどこにもない。


「なあ、大学ってさ……“自分探し”っていうより、“自分維持”だよな」


伊達のぼやきに、誰も反論しなかった。


たぶん、みんな、似たようなことを思っていた。


それでも私たちは、明日もまたゼミに行く。


秀太は履修を再確認し、陽菜は夜のバイトに行き、

クルミはAIを走らせ、伊達は相変わらず理屈を吐き、

私はギリギリのところで、“大学生”という役割を演じ続ける。


「ほんと、たわいもないよね」


私がそう言うと、クルミが一言返してきた。


「でも、それが案外、ぜいたくだよ」


……そうかもな、と私は思った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ