単位とバイトと、できれば恋」
大学というところは、ろくに授業に出てこない奴が、試験の週だけ図書館に住みはじめたりする。
私はそれを「集団的自己欺瞞の開花期」と呼んでいる。萌絵である。
ちなみに、出席はちゃんとしてるし、成績もAランクである(…と自分では思ってる)。
今日もまた、理工学館406号室。午後三時。
この部屋にいると、自分が人生というやつに遠回りされてる気がしてくる。
「履修登録ミスったかもしれない」
一番に言い出したのは、案の定、秀太だった。
「え、嘘でしょ。お前、春に“これは通年科目だぞ”ってちゃんと教えたじゃん」
私が言うと、彼は「いやあ……それがさ」と、右手で後頭部をかく。
「“物理演習A”と“物理実験A”って、同じAだけど違うAなんだな。知らなかった……」
「バカかよ!!」
と叫んだのは、奥の席で足を組んでいたクルミだ。
今日もPCは3台同時起動。片手でプリントめくりながらTwitterのトレンド監視までやっている。
それでいて、誰よりも出席取ってるんだから怖い。
「今どき、AIが履修管理してくれるアプリくらいあるんだから、ちゃんと使えって話だよ。
あんたの脳みそ、たぶんCore 2 Duoより遅いよ?」
「それ、おいしいの?」
「……いやそれは食べ物じゃない」
「でもさあ、バイトで頭いっぱいいっぱいだと、そういうのって、うっかりするじゃん?」
と口を挟んだのは、陽菜だった。
細身で、おっとりしてて、でも変に芯が強い。
「私もこの前、マックの早朝シフトで寝坊して、“そのまま来てください”って言われて制服のまま駅走った……」
「なにそれ小説かよ」と私。
「うちも、朝8時からスタバで、午後は家庭教師、夜はライブ配信。
そりゃ単位なんてすっぽ抜けるでしょ」と陽菜は笑うけど、目が死んでる。
「結局、バイトしないと生きられないって構造、変じゃね?」
と、机の隅で唐突に伊達が言った。
「大学って、学ぶために来てるはずなのに、
時間の大半を金のために潰してるって、矛盾してね?」
「……お前が言うと、なんか危険思想に聞こえる」
とクルミがぼそっと言い、全員が少しだけ黙った。
でも、確かにそうなんだ。
学費と生活費を捻出するために、深夜までバイトして、講義中は目が虚ろ。
付き合ってた彼氏には「最近、全然会えてないね」と言われ、
LINEの未読は溜まるし、髪も染め直せてない。
本当は哲学の本とか、もっと読みたいのに。
ギターも練習したいのに。
春先に出した「バンドメンバー募集」の貼り紙なんて、もうどこにもない。
「なあ、大学ってさ……“自分探し”っていうより、“自分維持”だよな」
伊達のぼやきに、誰も反論しなかった。
たぶん、みんな、似たようなことを思っていた。
それでも私たちは、明日もまたゼミに行く。
秀太は履修を再確認し、陽菜は夜のバイトに行き、
クルミはAIを走らせ、伊達は相変わらず理屈を吐き、
私はギリギリのところで、“大学生”という役割を演じ続ける。
「ほんと、たわいもないよね」
私がそう言うと、クルミが一言返してきた。
「でも、それが案外、ぜいたくだよ」
……そうかもな、と私は思った。