第48話 テレジアとヒナノへ
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本日は12時の1回更新です。
レクスはテレジアとの約束を果たすために王立学園の学園長室へと足を運んでいた。
当然、ヒナノにも伝えるためだ。
レクスは基本的に関わりを持ったこの世界の住人との縁は大事にするようにしている。テレジアだけでなく、ヒナノもそれに該当すると言う訳だ。
部屋の扉をノックすると間伸びした声が返ってきた。
入室OKとのことなので、早速足を踏み入れる。
「あっれー!? レクスくんじゃない! どーしたんよー?」
「どうも、お久しぶりです。テレジアさんから聞いてませんか? まぁ今日、約束してた訳でもないんですけど……」
「あーあれかな? ウチらが死ぬ件だよね?」
特に気にする様子もなく、ヒナノはしれっと言い放つ
「そうです。まだ猶予はあるんですけど、一応話しておこうかなと」
「今、テレジアっちを呼ぶから座って待っててねー」
レクスが言われた通りに、いつものソファに身を沈めると、ヒナノが棚の上に置かれていたぬいぐるみを手にして何か話し始めた。
聞き取れないが、一体何をやっているのだろう。
それに語り掛ける彼女の瞳に何処か狂気を感じる。
これはヒナノの危ない趣味なのかと疑い始めた頃、レクスはようやく気が付いた。
「ああ、あれは精霊獣か……テレジアと繋がってんのね」
ようやく納得してレクスはソファのふかふかを堪能する。
ギルドハウスのソファも良い品物なのだが、学園長室のそれも中々の一品だ。
ここが偉い人の部屋だと言うことも忘れてだらだらしているとお茶とお菓子を用意した侍女が入室してきた。相変わらずテキパキした動作でお茶を入れ終えると、彼女は用件は済んだとばかりにそそくさと退出する。
「(しごできだなぁ……」
やることもないので、お茶だけでも頂くことにしてカップを手に取ると勢いよく扉が開いた。
「おっす、テレジアっち! よく来たねー座れ座れ!」
「ヒナっち、おっすおっす! 来たよー!」
応接スペースはカーテンで仕切られているのでテレジアはレクスの存在に気が付いていないのだろう。
いつもよりフランクな態度でヒナノに接している。
そう言う設定なのかと考えるとニヤニヤしてしまうレクス。
「あっれー? レクス君いたの!? いるなら言ってよ!」
「ヒナノさんから聞かなかったテレジアさんが悪い」
テレジアが顔を赤らめて恥らっている。
可愛い面もあるんだなぁとゲームの裏側を見たようで嬉しさと親近感が増した。
ちなみに頭に虎型の精霊獣を乗せている。
「え、あーし言わなかったっけ? 後さーヒナノさんとか言わないでいいよーウチらの仲じゃんかー。あーしのことはヒナっちって呼んでね」
そう言うとヒナノとテレジアがレクスの正面に座った。
さてどう話したものかと考えているとヒナノが先に口を開いた。
「もーね。あーしの死期が近づいてるかと思うと一気に老け込んじゃったよ。もー」
ヒナノの口振りからは全くそう言う感じがしない。
強者の余裕すら感じられるほどで、レクスは思わず突っ込みたくなってしまった。
「まだまだ大丈夫ですよ。来年の夏くらい?かな?」
「ええッ……そんな確実な感じじゃないのかい?」
テレジアとしては明確な時期が聞けると思って来たのだろう。
いくらレクスが転生者だとは言え、流石にストーリーがどう流れていくかなど大筋でしか読めるものではない。
「えっとですね。流れ的に言うと、まずジャグラート懲罰戦争が来春に起こります。その後に王国内で内戦が起こります」
「な、内戦!? 誰と誰が争うのさ?」
「マジかー。あーしの魔法剣士団の出番もあるのかなー」
まさか戦争規模の話だとは思ってもみなかったらしく、驚きを隠せないようだ。
予想通りの反応なので正直に答えておく。
「ローグ公とダイダロス公です。それは双龍戦争と呼ばれるようになります」
「へー確かに両家の紋章も竜だからねーそこからくるのかなー」
流石、ヒナノは察しが良い。
これが彼女の天才たる所以なのか。
「その通りです。それで――」
「両家が戦う理由が見当たらないんだけど、そこのところはどうなのさ」
テレジアが随分と前のめりになって尋ねてくる。
先が気になってしょうがないと言った感じだ。
「王家の後継者問題が起こるんですよ。ダイダロス公がリーゼ王女殿下を担いで摂政になります。それで――」
「ちょちょちょ! 意味不なんだけどー? ロイナス王太子はどーなってるのさー?」
今度はヒナノの番であった。
喰い気味にレクスに対して突っ込んでくるが、当然の反応だろう。
盤石な後継ぎがいるのにもかかわらず、いきなり後継者問題など起こるはずがない。
「ロイナス王太子殿下は亡くなります。その後を追うようにヘイヴォル国王陛下も亡くなります」
「はぁーーー!? 何で? 展開に全く付いていけないんだけど?」
「もっと詳しく教えてもらえないかな? どうしてそうなるのか!」
「あまり詳細に教えちゃうと歴史の流れが大きく変わって、テレジアさんとヒナノさんの運命も読めなくなってしまうと思うんです」
どうせ救えない命なら干渉しない方が良い。
その方がより多くの命を救えるのなら、歴史を変える必要性を感じないのだ。
そうしなければ大事な者たちの命に関わると言うのなら別だが。
そうレクスは頭の中で付け加える。
ヒナノとテレジアを生かしたルートに入るためには彼女たちを戦争に介入させないのが1番良い選択肢と言える。
「コラコラ、違うよ! あーしのことはヒナっちって呼んでって言ったでしょ! テレジアっちはテレジアっちね」
全く見当違いなことで思わずレクスは笑ってしまった。
まさか呼び方の方を注意されるとは思っても見なかったから。
「ははは……分かりましたよ。それでですね。とにかく2人が相次いで亡くなったことで後継者問題が起こります。王家の血を色濃く受け継いでいるのは現状、リーゼ王女殿下だけ。なので彼女の母であるヴェリタス妃殿下の父親であるダイダロス公が介入してくると言う訳です。まだ15歳のリーゼ王女殿下の摂政と言う名目で。それだけで終われば何も起こらなかったんですが、このタイミングでご継室のファルサ妃殿下に王子殿下が誕生してしまうんです」
「なるほど……確かにご懐妊の話は聞いてるよ……」
「まさか吉事が凶事に変わるとはねー。でもローグ公が出てきちゃうかー」
「そうなんです。ローグ公はご側室よりもご継室の御子の方が優先されるべきと主張して、王子殿下とファルサ妃殿下を抱き込んで挙兵するんです。正統性を掲げて。それで双龍戦争勃発すると言う訳です」
「んーでも王子が産まれたとしても王家の血は濃いの? 薄いの? 薄いのなら継承順位はリーゼ様のままでしょー? そこに正統性はないと思うんだけどー?」
ヒナノの言う通り、グラエキア王国では必ずしも長子が後継ぎとなる訳ではない。
古代竜の血をより強く顕現した者の方が継承順位が高いのだ。
何故なら、その方が単純に強いと言うこと、そして伝説の武器を扱えると言うことが理由として挙げられる。
「それが分かるのは宝珠を体内に宿す者のみですよね? その宝珠が失われるので分からないんです」
「そっかー何で失われちゃうのかは知んないけどキミは知ってるはずだよねーそれを教えてくれないかなー?」
「まぁ分かりますけど……知ったところでどうするんですか? 誰から聞いたのか、何故分かるのかと問われたら平民の子供から聞いたとでも言うつもりですか?」
「……」
ヒナノは何も言い返せずに黙り込む。
未来を知っているからなどと言えようはずもない。
彼女は頭が良い。だからこそ、更なる疑問にも追求しようとしないのだろう。
「僕が『精霊神の神託』を受けたとでも言えばいいさ。それなら納得させられるはず……」
「本当にそう思ってるんですか? 正直、テレジアっちにそんな発言力なんてないですよね? まともに相手なんかされませんよ」
「……」
テレジアも同様に沈黙してしまった。
たかだか準貴族程度に発言力があるはずがない。
それでも何とか自分を納得させたのか、彼女が再び口を開いた。
「ふーむ。僕たちに介入の余地がないのは分かったんだけどさ。そしたらその争いに僕たちが絡む必要性なんてないよね? どこで関わるのさ」
「そやねー。あーしも中立の立場を取らざるを得ないかなー」
「実は双龍戦争の裏では多くの勢力がそれぞれの思惑で動いているんです。戦争勃発後にリーゼ王女殿下が誘拐されます」
『……!!』
絶句する2人にレクスは更なる追い打ちをかける。
「誘拐したのはローグ公……の仕業に見せかけたアングレス教会です。そしてここで教会も後継者問題に介入してきます」
「マジかー。でもまー普通に考えられることだねー」
「まさか教会が出てくるとは……いや、当然の成り行きかな……」
アングレス教会はそんな認識なのか。
となると貴族たちもそう考えている者は多いだろうなとレクスは納得しつつ、話を続ける。
「そこでテレジアっちの命が関わってきます。アングレス教会の神殿騎士団が教皇の暴走を止めようと、貴女に話を持ち掛けてきます」
「神殿騎士団が? アングレス教会も一枚岩ではないと言うことなの?」
テレジアの疑問も尤もなことで、教会の威信が低下しているとは言え、神殿騎士団と聖堂騎士団は教皇の直轄下にあると考えるのが普通だ。
本当は別の意味で一枚岩ではないのだが、そこまで話す必要はないだろう。
「はい。さっきテレジアっちが言ったこと、つまり『精霊神の神託』を受けたと貴女の口から言わせて介入を止めさせようとするんです」
「……!?」
「そこでテレジアっちはその正義感から本当に『精霊神の神託』の能力を使ってしまうんですよ。神殿騎士団からしたら口だけでいいって考えなんですけどね。そこで教皇が自分こそ『神託』を得たと主張したことで、貴女は異端者の烙印を押されてしまって神殿騎士団に殺されると言う訳です」
自分の能力が原因だと言われて驚きで固まっていたテレジアだったが、そのせいで殺されると聞いて大声を張り上げて反論した。
普段の彼女からは考えられないが、鬼気迫る表情とはまさにこのことだろう。
「そんなッ!! 僕だってそこまで馬鹿じゃないぞ! そんな口車には乗らない! 絶対に乗らない!」
「そう言ったってそうなるんです。テレジアっち、もう決まっていることなのですよ」
「嘘だッ!!!」
勢いよく立ち上がり叫ぶテレジア。
「……テレジアっち、落ち着きなー。レクスくんのことは信じるって決めたんでしょー?」
レクスだってそう言いたくなる気持ちも分からんでもない。
だが、これは既に決まっている厳然たる事実。
目を大きく見開いたテレジアはわなわなと体を震わせたまま動かない。
「それで……あーしはどーなんの?」
テレジアを宥めたヒナノであったが彼女も流石に不安を抱いたようだ。
神妙な面持ちをレクスの方へ向けた。
「ヒナっちはとばっちりのようなものです。それを契機に古代神を信仰する者を異端とする異端者狩りが始まります。当然、古代神を信仰している貴女も狙われる」
「精霊神は古代神の従属神だからって訳ね……」
納得して瞑目するヒナノ。
となると取れる行動は自ずと決まってくると言うもの。
「それでも……静観していても古代神信者や教会にとって都合の悪い者は異端者として吊し上げられる可能性は高いと思われます。なので2人には王都から脱出して頂いた方が良いかと」
従っても殺される、逆らっても静観してもその可能性が高い。
となれば逃げるしか方法はないだろう。
「んーそれはできないかなー。あーしは学園のトップな訳だしねー。王都が危険になるのにあーしが逃げる訳にはいかないでしょー」
「まぁそう言うだろうなとは思ってましたけど……どうせ何を言っても聞かないんですよね?」
「あーね」
「そうですか。ならどうしても追い詰められて二進も三進も行かなくなった場合はカルディア公爵領に逃げると良いかと思います。彼もまた中立に徹するだろうし、何より2人の師匠は今、公爵領にいますので」
「え、そーなの?」
「はぇ……?」
2人は意外そうな顔して驚いている。
レクスは実際に会ったことがないので、どんな人物なのか単純に興味がある。
結局、2人はことが起こっても王都から脱出しないと言い張った。
そんなことを言われてもレクスとしても彼女たちに死なれると寝覚めが悪い。
コンコンと2人が根負けするまで諭し続けてどうにか、危険な状況になったらと言質を取ることはできた。
その後も世界の流れについて少し話してレクスは学園長室を後にした。
ありがとうございました。
また読みにいらしてください。
明日も12時の1回更新です。




