第46話 嫉妬する者
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ここに大長老衆の1人、嫉妬のインヴィディアと呼ばれる者がいる。
彼女はその二つ名の通り、非常に嫉妬深い。
それはまさに妄執と言っても良いほどである。
そんな彼女がとある話を聞きつけた。
同じく大長老衆の1人であり、筆頭でもある傲慢のスペルビアが漆黒神の復活を目論んでいると言うものだ。
そのような深淵に触れるような行為を指を咥えて見ていられるはずがない。
そして自分も一緒にその件に絡ませてくれなどと言えるはずもない。
故に彼女の出した結論はあまりにも短絡的なものであった。
要するに漆黒神の対なる者――古代神の復活を画策することにしたのだ。
「うふふふふふ。スペルビアァ……あたしを出し抜いて1人で深淵を覗こうだなんていい度胸してるじゃない……必ず、あたしが世界に古代神を降臨させてみせるわ……うふふふふふ」
インヴィディアは両手でガリガリと頭を掻き毟る。
ぼさぼさの髪がもっと酷くなり長い髪が乱れた。
そして、うわ言のようにぶつぶつと同じことを繰り返す。
「許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない」
そんな彼女を止めたのは日頃から世話をしている従僕であった。
まだ年若い少年は暴走を始めた彼女をいつも止める役目を課されているのだ。
「インヴィディア様! インヴィディア様! 落ち着いてください! どうか心を安らかに……」
その声を聞いた彼女がその異様な言動を止めると、従僕の少年――ジョイの方へ顔を向けた。
「あらジョイじゃない。どうしたのかしら? 今日の食事のお話かしら……いえ、そうだわ! 外へお出かけする約束をしてたのだったかしら? ああそんなことより良いことを思いついたの! 聞いてくれるかしら? あのねのね? あの傲慢のスペルビアのね……あん畜生がぁ!! ちくちくちくちく畜生がぁぁ!! ね? 今度、漆黒神を世界に降臨させようってしているのだわ。ああ、何てことなの? それでね、あたしも古代神を復活させようって思ったの! 許せないわよねぇ……絶対に許さない! 絶対にだ! 1人で深淵に触れるぅ? 有り得ないわよねぇ。あたしがあん畜生の後塵を拝するなんてことがあっていいはずがなぁぁぁぁぁぁい!! だからあたしは行くのだわ……そう、まずは聖ガルディア市国ね! ガルディアに行って伝承を調べるの……ついでに聖遺物があれば分捕りたいわぁ!! 神人なんかも出てこないかしら!! ああ! ああ! たぎるわぁ! みなぎるわぁ! あの、あのスペルビアの悔しそうな顔を思うだけでびんびんくるのよぉぉぉぉぉ!! さぁ準備なさい? ちょっとばかり遠出になるけど構わないわよね?」
「あ、はい」
逆らうことは許されない。
そう思うことすら許されない。
ジョイは快諾し、旅の準備を整えるために部屋から出て行った。
――嫉妬のインヴィディア
7大長老衆の1人で嫉妬のインヴィディアの二つ名を持つ。
その名の通り、自分が気になったものに固執し、他人の功績や名誉などあらゆるものが嫉妬の対象となる。
目を付けられた者は、付きまとわれ続け、謂れのない言いがかりを受ける。
667歳だが、うら若き乙女のような風体をしており、内と外でのギャップが激しい。外では絶世の美女と知られているが、それはあくまで外聞にこだわり体裁を取り繕う性格であるためだ。死霊術士の職業熟練であり、種族は人間。
インヴィディアは鼻歌を口ずさみながら、身の回りの準備を始めた。
様々な手配は屋敷の者に任せておけば良い。
彼女は今後、触れるであろう深淵に期待してご機嫌だ。
スペルビアに先んじて為すことができれば、それは至上の喜びである。
目的は深淵に触れることではなく、スペルビアに勝つことなのだ。
それが1番大事。
それが嫉妬のインヴィディアたる所以。
「あら、そうだわ! あん畜生にはしっかりと監視役を付けないといけないわぁ! でもぉあのドカス野郎は鋭いのよねぇ……上位の死霊を付けるしかないかしら? いいわぁさいっこうの奴を創って差し上げてよ?」
そう言うと彼女はやおら詠唱を開始した。
「【我が意に従いて集え、現世に彷徨いし死霊たちよ。其は虚ろなる存在、揺蕩う存在、儚き存在。我の魔力を与えん。其を喰らいつくし幽魂よ来たれ。我と同調し全てを超越せしものとして顕現せよ。超位死霊創造!】」
びっしりと太古の言語が書き込まれた魔法陣が床に出現すると漆黒へと染まり1体の死霊が姿を現した。姿を現すと言っても、その存在は朧、誰にも察知することすらできないであろうナニカ。
「よおおおおおおおおし! イメージ通りねッ!! さぁあのサディストクソ野郎の下で監視を始めなさい!」
その命令に従って儚き存在が文字通りいなくなった。
余程の察知能力がなければ気取られることはない。
見ることができないし、触れることも、祓うことも、攻撃することもできない。
今回の死霊はただそこに存在し監視するだけの存在。
スペルビアの行動と思考が分かればそれで良いのだ。
自らの仕事に満足したインヴィディアは増々ご機嫌になり、準備を再開する。
と言ってもそれほどすることもない。
膨大な知識は彼女の脳内に存在している。
「でも古代神って何体にも分かれたのよねぇ……つまらないわぁ。つまらない! どうせなら完全体を蘇らせたいものねぇ……へっへっへ……うふふふふふふ」
そんなことを言いながら彼女はトリップしていた。
そこへ家令の男がノックもせずに飛び込んできた。
彼はつい最近、耐え切れなくなって発狂した家令の代わりにやってきた者であった。
「インヴィディア様! 古代神がどうとか話を聞きましたが、そんなことがあればアングレス教会が黙っていませんぞ!」
彼女は虚空を見つめたまま動く気配はない。
妄想の世界でご満悦なのだから仕方のないことと言える。
「聞いているのですか、インヴィディア様! 古代神なんぞに手を出すのはお止めください!」
彼が不幸だったのは常識人であったこと。
その叫びがちょっとばかり彼女の心に届いてしまったこと。
顔を家令の方へギギギと向けると言い放った。
「アングレスぅ? 古代竜如きがぁ? ナニナニナニナニ、それって重要なことなのおおおおおおお!? あたしが古代神をテケレッツのあばばばばばって言うのがどいつもこいつもご苦労さん!! 貴様ァァアァ!! お・ま・え・は・何を言っているだァァァァァァァ!! 去ね……【不死者作成】」
家令の男を中心に漆黒のオーラが粘体のように蠢く。
彼はあっと言う間に取り込まれると1体の不死者へと姿を変えた。
死霊騎士である。
これでこの邸宅を護る者が1人増えたと言う訳だ。
警護面もバッチリ安心。
インヴィディアは満面の笑みを浮かべて言った。
「喜びもおおおお! 悲しみもおおおおおお!! 皆で解りあえるねええええええ! やったねえええええ!! うふふふふふ」
死霊の世界の住人が1人増えたことに喜びを隠し切れず発狂する彼女。
ここにまた1人、セレンティアの世界を混乱に陥れようとする存在が現れたのだった。
しかも無自覚に。
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