第45話 掛け替えのない日常
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本日は12時の1回更新です。
レクスはギルドハウスでローラヴィズとセリアから届いた手紙を読んでいた。
寒いが陽光が辺りを照らし、久しぶりの穏やかな日であった。
相変わらず、屋敷にはヤンなどの子供たち、カイン、ミレア、ホーリィ、初めてだがマールの姿もある。
彼女もすぐに炬燵の虜になったようで最早動こうともしない。
プラダマンテは家の用事があるため不在である。
ここギルドハウスは今では更なるイベントの達成に向けて様々な悩みや噂、依頼などの聞き取りを行うようになっていた。
平民街の噂話や探求者ギルド、情報屋からもたらされるイベントだけでは全てをクリアすることは難しい。まだイベントが起こった形跡はないが、話を持ち込む者は増えてきている。
「ローラからはジャグラート懲罰戦争についてか……いまいち具体性に欠けるな。バルバストル卿も参陣するのか……となれば生き残って欲しいんだが、未来を予知して見せる訳にもいかない」
明らかにローラヴィズを通して、バルバストル侯爵本人がレクスから情報を引き出そうとしている。確か彼は盟主派だったはずなので、使徒たちに関与しないように伝えておけば良い。
危険ではあるが標的になるのはロイナス王太子の軍とファドラ公の軍のみのはず。ロイナスがファドラ公の陣に赴いた時に襲撃を受けたはずなので近づくなとは伝えておこうと考えるレクス。
とは言え、王太子軍も殲滅させられるのは必至だ。
バルバストル卿には積極的に前線で先陣を切って戦うように言うべきだ。
これなら本隊から正当な理由で離れられる。
書き方を工夫して、少しばかり小賢しい子供の目線になって手紙を書いた。
「ここは先鋒となり武門の家としての家格を上げると良いのではないか程度だな。子供だし俺。言えることは多くない」
ちなみにローラヴィズからお茶会の誘いが来ていたので、一応は了承しておいた。来春から王立学園中等部に通う貴族子女たちも来るらしいので良い顔繋ぎの場となるはずである。
次はセリアからの手紙である。
主に竜神裁判について、剣の話、中等部進学についてと言ったところだ。
竜神裁判の調査の名目で、聖堂騎士団が我が物顔で領都内や邸宅を闊歩しているらしい。ロードス子爵家から何の情報を得るつもりだよと言いたいが、証拠を捏造されないようにとだけ書いておいた。
後は神の想い出とジャンヌの遺体は引き渡さないようにと。
とにかく速く王都へ行きたい様子が伝わってきた。
剣の手合せに関しては毎度同じだが、中等部進学も楽しみであるようで友達を作りたいと手紙上で嬉しそうな字が躍っていた。
ローラのお茶会に連れて行くのも良いかも知れないと思い、2人の予定について聞いてみることにした。セリアと会うのは久々になるので嬉しいものだとレクスは心が温かくなるのを感じていた。
ついでにスターナ村の家族にも手紙を書いておく。
探求者登録したこと、〈義國旅団〉討伐戦に参加したことなどは記載したが細かい点はボカしておいた。
心配を掛けたくないと言うのが理由である。
ちなみに貴族子息を殴って停学中なのは秘密だ。
手紙を書き終わったので、郵便屋へ出しに行こうと立ち上がる。
ついでに探索者ギルドにも寄るつもりだと話すとカインも付いて行くと言うので一緒に向かうこととなった。
シャルに見送られて屋敷から出ると寒風が顔に当たって非常に冷たい。
日差しがあるのでいつもりは暖かいが、まだまだ冬は終わりそうにない。
手紙を出し探索者ギルドに到着すると、早速声を掛けられた。
「よう。レクス殿。いや小さな英雄殿と言うべきかな?」
話し掛けてきたのは獅子族の獣人の男。
隣にはかなりの巨躯を持つ龍人が佇んでいた。
2人ともゴールドのタグを身に付けているのでゴールド級の探求者だと言うことだ。
「ザルドゥさんとドラッガーさんじゃないですか。俺は大したことはしてないんで、いつも通りでお願いします」
「はッ……驕らないんだな。ガキの頃にゃあ、周囲に認められることに価値を見い出すもんだが」
残念だったな。
俺はガキじゃねーんだよと思いつつレクスはにこやかな笑みを浮かべて否定する。〈義國旅団〉討伐で感状が出たことを知っているようだが、特に話す気もないし、せっかくなのでカインを紹介しておく。
獣人族同士仲良くなってくれたら嬉しいものだ。
「しかし、既にレクスに感状が出たことは話題になっているぞ」
ドラッガーが厳つい声で話題を戻してきたので、どう答えたものかと迷う。
ガイネルとガストン、そしてレクスに感状が出たことを広めているのはイヴェール伯爵家だろう。せっかくの手柄なので大いに使える時に使っておこうと言う考え方が如何にも貴族らしい。
「まぁ確かにもらいましたけど、俺は単なるついでですよ。ついで」
「何も謙遜することもなかろうに。ガキは自慢してればいいんだよ」
レクスは笑ってごまかすと、ちょっと用事があるからと言ってその場から立ち去った。
それもこれもカインのためである。
せっかく王都に来たと言うのに中々探求者との親睦を深めようとしないので、この辺りで強制的に絡ませることにしたのだ。口で言っても動いてくれないので、王都内の獣人や亜人の探求者にあらかじめ気をにかけてもらえないかと頼んである。
「君はカインくんか。レクス殿の昔からの大切な友人だと聞いているぜ。幼馴染ってヤツだ」
「レクスがそう言っていたんですか?」
カインが少し戸惑った様子で問い質す。
嬉しいと感じながらも、そう思われていることに何処か安堵している自分がいると言う事実にカインは戸惑う。
「ん? ああ当たり前じゃないか。俺たちゃこの国じゃあ、中々良い顔をされないからな。心を許せる友人ってのは貴重だと思うぜ?」
「その通りだ。この先、カインが何処へ進もうと大事にすべき絆だ」
声だけでなく顔まで厳ついドラッガーが『絆』などと言う言葉まで使うのは珍しい。なのでザルドゥも驚きと戸惑いを隠せない。と言うかむしろ笑える。
「おいおい。ドラッガーがそんなこと言うなんて、今日は何て日だ! 雪が降りそうだぜ」
「何を言っている。今日は暖かい。晴れた良い日だ」
話が噛み合っていないのを聞いてカインの表情がようやく明るくなる。
それを見たザナドゥは嬉しそうに相好を崩すと、軽薄なノリでカインの肩を叩いた。
「おッ……笑ったな! 人間笑ってりゃ何とかなるもんよ」
「人間ではないがな……」
冷静に突っ込むドラッガーに、以前から考えていたことを聞いてみることにした。
カインが意を決して尋ねる。
「我々獣人や亜人は人間と仲良くなれる……共存できるものなのでしょうか?」
唐突な質問に2人は顔を見合わせるが、その真剣な表情を見て答える気になったようだ。ドラッガーは変わらない声で、ザナドゥは軽薄にそれぞれの自論を聞かせるために口を開いた。
「突然だな。確かにこの国は人間至上主義だが俺たちは王都で上手くやっている。それに世界は広い。亜人国家も存在している。共存できるかと言われればできる。だが一方で敵対の道を選ぶこともできるのだ」
「そうだぜー。人間との関係性を決めるのは所詮は自分次第よ。仲良くしてる時もありゃあ、ぶつかり合う時だってあるだろうさ」
その回答をカインは心に留めおいておくことにした。
同胞と話し合う機会は少ない。
「なるほど……2人の心がけ次第と言うことですね。ありがとうございます」
もっと色々な人々の話に耳を傾けてみるのも必要なのだとカインはようやく悟った。今思えば、レクスはいつも誰の話を真剣に聞いていた気がする。
「まぁそんなに気にすることはないぜ? 結局のところ他種族だからな。何かの間違いで敵対することってぇのは意外とあるもんだ。だが気にすることはない。それもまた俺たちの関係性の1つって訳だ」
ザルドゥが言うように存在する者の数だけ異なる意見があるのだろう。
今日はレクスに付いて来て良かったとカインは純粋にそう思った。
聞けば多くの獣人や亜人とも交流を持っていると言うではないか。
いつか豹族の住む場所へ帰ってレクスを紹介しよう。
そんなことを考えて、カインの心は久しぶりに晴れ晴れとしていた。
◆ ◆ ◆
一方のレクスは、とある人物の姿を探してギルド内を歩き回っていた。
「いねーな。アキレスは一体何処にいるんだよ。お前はサマルトリアの王子か何かか?」
以前、飲食スペースにて〈凍てつく焔〉の面々からアキレスが王都に来て色々やらかしていると聞いていたので何度も会いに訪れているのだ。
しかし単なるすれ違いなのか、運命の悪戯か、未だ会うことはできていない。
――アキレス
主人公の1人で古代人の末裔。
グラエキア王国の辺境、ガレ辺境伯の領都ギレンで育った野性児。
あまり細かいことは気にしない。まさに考えるな、感じろを地でいく子供。
右目が蒼、左目が碧のオッドアイだが、キレると虹色の瞳が発現する。
職業は破戒騎士で、繰り出される『破戒剣』は神さえ滅ぼす。
大抵の場合、ガイネル(シグムント)エンドを迎えるのだが、その際はトリッキーな行動が多い。
「こいつの行動が分かれば状況が分かり易くなるんだけどな」
大喰らいなので飲食スペースにでもいるかと思ったが、見当たらなかった。
勉強のために資料室に入るような性格ではないので、残る場所は練兵場か。
確証などないが、取り敢えずは足を運んでみたのだが、やはりいない。
カインも待っているだろうし、仕方がないので諦めて帰ることにした。
1階のフロアに戻ってくると、何やら騒ぎが起こっているようで人だかりができている場所があった。気になったレクスは、その中心で何が起こっているか確かめようとするが、入り込むこともできず、背伸びしても見えない。
ただ声だけは聞こえてくる。
2人の探求者が言い争いをしているようだ。
「だからどうしてオレがお前の言うことを聞かなきゃならねーんだって言ってんだろ!」
「何度も言わせるなって! いいか? お前は重要な役割を持ってんだよ。今、世界が混乱に陥るかどうかの瀬戸際なんだ! 漆黒竜が復活してしまう! それだけじゃない。もしかしたら古代神や漆黒神を復活を企んでいる奴だっているかも知れないんだ! お前はそれを止める必要がる」
「どうしてそんなことが分かるんだ? それに単なるお伽噺を本気にすんなよなー。オレは辺境に嫌になって王都に遊びに来たんだ。邪魔すんじゃねーよ」
「いや、だからな? そのお伽噺の神が現れるかも知れないんだって!」
「なーに言ってんだ? オレをガキ扱いしやがって。オレは好きなことをして生きていくんだ! いいから退けよ!」
まさか探求者ギルドで漆黒竜や古代神、漆黒神の名前を聞こうとは思わなかったレクスには興味のそそられる話だ。何を知っているんだろうと耳に意識を集中させるが、話はそこで強制終了となってしまった。騒ぎを聞きつけたギルドマスターが問題を起こした2人を捕まえて連行していったのだ。
恐らく彼の部屋でこってり絞られるのだろう。
これ以上の推測はできないので、人ごみを作ってた探求者の1人を捕まえて何があったのか聞いてみることにした。
「すみません。今、言い争いしてたみたいですけど何かあったんですか?」
「ん? ああ、アキレスに男が絡み出したんだよ。漆黒竜やらなんやらが復活するから止めてくれって言ってたな」
「その男って何者か知っていますか?」
「んー多分だが、貴族の子息じゃないかな。最近、登録した新人みたいだったから名前は知らんが……ったく貴族様が探求者なんかになるなっての」
あまり重要な情報ではなかったがアキレスの実力を知っている者がいるようだ。
と言っても最近はギルド内で派手に目立っているようなので、アキレスが強いことくらいは結構知られているらしいが。
レクスは御礼を言って話を打ち切った。
周囲はまだ騒ついており、あちらこちらから話し声が聞こえてくる。
「アキレスに実力があるって言っても子供にする頼みごとじゃないよな」
「あれってどっかの貴族の六男って話らしいけど……」
「漆黒竜の復活って陰謀論かよ。そんなのを信じてるヤツもいるんだな」
「確かオブリヴィオン伯爵家の子息だぜ? 放蕩息子って噂がある」
風に乗って聞こえてきた騒めきから情報を得るレクス。
と言っても聞き覚えのない貴族の名前である。
具体的な話がないようなので、取り敢えずは名前を記憶に留めておくことにして、ザルドゥとドラッガーと話し込んでいたカインと合流した。
楽しそうな笑顔をしており、不意に見かける寂寥感が漂う表情とは別人のようだ。せっかく王都に来て探求者にまでなったのに、消極的な姿勢だったので心配していたのだが、杞憂に終わりそうでレクスはホッと胸を撫で下ろした。
ギルドハウスまでの帰り道、カインはずっと楽しそうに笑っていた。
ありがとうございました。
また読みにいらしてください。
明日も12時の1回更新です。




