第44話 イヴェール伯爵家にて
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イヴェール伯爵家の邸宅ではガイネルの戦勝を祝って簡単な立食パーティーが行われていた。
レクスも招待されてしまい、面倒なので断ろうとしたのだが招待状を見たホーリィに行けと脅されてしまった。故に今現在、この大きな邸宅にいると言う訳である。
「〈義國旅団〉の件は学園で表彰とパーティーがあったんだからいいだろ……」
本当に面倒だ。
それに結局、未来を変えられなかったレクスとしてはどうしても無力感を抱いてしまう。
個人の力のなさもあるが、やはり権力に抗えるだけの大きな力がない。
この世界には怪物クラスの人間が多過ぎる。
それだけなら自分が強くなればいいだけの話。
だが、大きな権力や権威に立ち向かうとなると、そうもいかないのが現実だ。
1人で暇だったので周囲の状況を窺うレクス。
ガイネルはイヴェール家の面々と会話している。
一緒にいるのは父親で現天龍騎士団団長のグレイテス、長兄ガルバーグ、次兄バンディット、三男コルネウスだろう。皆、父親はローグ公の姉を娶っているため、その血を受け継いでおりかなりの猛者だ。
ガイネルを除く全員がローグ公の血を色濃く受け継いでおり、強い。
血が混じっていないはずのグレイテスでさえ何故か強いのだ。
使徒の子息よりも強いのは確実だろう。
カルナック王家の正室もローグ公の姉だったはずなので、イヴェール伯爵家は王家とも関係が深い。
「そりゃ、名門と呼ばれる訳だよ」
「よぉ、レクス。お前も来てたとはな。絶対来ねぇと思ったんだがな」
声の方へ顔を向けるとレクスの表情が渋いものへと変わる。
話し掛けてきたのは意外や意外、ガストンであった。
「何だよ、そんな顔すんなよ。一緒に戦った仲じゃねぇか」
グラスに注がれたシャンパンをチビチビやりながらガイネルの方を窺っている。
「あーそうだな。スマンスマン。それよりいいのか? 俺なんかと話してるよりイヴェール家のお偉方と顔繋ぎして来いよ」
「もちろん、そのつもりだ。じゃないと来た意味なんてないからな」
「言うねー。ま、お前らしいけどな」
レクスの言葉にフンと鼻を鳴らして返事をするガストン。
気に入らない奴だが、彼の最期を知っているだけに、レクスとしてもこの世界ではどんな行動を取るのか気になってしまう。
マルチエンディングとは言え、大抵が同じ結末だ。
ジャグラート王国への懲罰戦争後に勃発する〈血盟旅団〉の乱で彼は死ぬ運命にある。そしてそれが、ガイネルとシグムントの間に亀裂を生む切っ掛けにもなるのだ。
「(関係者全員が死んだらどうなるんだろうなぁ……)」
ぼんやりとそんなことを考えてみるレクス。
グラエキア王国を取り巻く環境は厳しい。
周囲は味方のようでそうではない。
婚姻関係にあるジオーニア王国、ヴァリス王国、ギルギアと言えど心から信頼できようはずもない。
南西には神聖ルナリア帝國、北西には聖ガルディア市国(西方教会)、北東にはドレスデン連合王国、南東にはゴブリンの国――ロストス王国。
全員にとって都合の良い展開などないし、それを為す力もない。
今、レクスに出来るのは極力、犠牲を出さないことくらいだ。
そのためには最も犠牲となる者が出ないストーリーを選択するべきなのだ。
「なぁ……お前って何者なんだ?」
考え事に夢中になっていたので、まだガストンがいることに気が付かなかったレクスがビビる。
しかも何者だ?とは――何か思うところでもあったのだろうか。
「何者ってなんだよ。俺は所詮は平民の息子だよ」
「お前と言い合った時、何処か違う気がしていたんだ。何か……そうだ。価値観ってヤツか?」
その言葉にレクスは鼓動が早まるのを感じた。
ガストンも意外と見ているなと言うのが正直な感想だ。
「まぁ俺はこの世界の異物のようなもんだ。気にするこたーない」
「世界の……異物だと……?」
真剣な表情でガストンがレクスの方を見てくる。
「そうとしか言い様がなくてな。俺がここにいる意味を自分に問いかけているところだ」
「ふん。全く分からん」
そっぽを向いたガストンにレクスが真剣な口調で諭す。
ここで言ったところで結果が変わるとは思えない。
だが、彼の心には変化が訪れるはずだ。
例えそれが死の直前であろうとも。
「そうだな。少しだけ言っておこうか。お前の言動はこの国の行く末を決めることになるだろう。大切な者を失った者に怖い物はない。少しでも決断に迷った時は今、お前が抱いているものを良く吟味して判断するんだな」
「……!!」
ガストンの目が大きく見開かれる。
レクスの言葉に何か感じることがあったのか、彼は少しだけ考える素振りを見せて言った。
「よく分からんが、心に留めておこう。ではな」
そしていつも通りの表情を作ると、その場から去っていった。
何かしらの影響は与えられたのかなとレクスは考える。
今のレクスが持つ影響力は個人に対して少し及ぼせる程度のものなのだろう。
「今後はどう進行していくのか……また俺の我が出る場面もあるだろうしな」
レクスの見えない部分で既に何か起こっている可能性もあるので、あまり考え過ぎるのも考え物だ。せっかく足を運んだのだから、せいぜい美味しい物を食べて帰ろうと、料理の並ぶテーブルへと向かった。
◆ ◆ ◆
ガイネルはシグムントとシグニューと共に戦った仲間たちと歓談していた。
〈義國旅団〉の件にわだかまりが残っているが、今は受け入れるしかないとガイネルは考えている。
この国は今荒れている。
荒みきっていると言っても良い。
ギュスターヴやエレオノールたちと交わした言葉が耳にこびりついて離れない。
この古代竜と言う呪いにも似た存在に縛られ続けた結果、王国がどのような方向へ向かっていくのかが気になってならない。
貴族と平民とは一体何なのか、考えれば考えるほど分からなくなる。
貴族が上に立って民を護り、税を取る。
どの国も似たようなもの。
「僕たちは正義などではない。民を護り、彼らに害為す者を打ち滅ぼすのが貴族の務め。彼らを導くのが役目のはずだ。僕にはそれが出来ているのか?」
「――ネル、ガイネル! 大丈夫か?」
ようやくガイネルは思考の中から引き上げられた。
歓談していたと思っていたがそうではなかったのだ。
俯いていたようで顔を上げると、心配そうな表情のシグムントとシグニューが覗き込んでいた。
「何か、ぶつぶつと言っていたみたいだが、どうかしたのか?」
「そうですよ……ガイネルさんもお疲れなんですから無理はいけませんよ?」
「すまない。大丈夫だよ。ちょっと考え事をしていたみたいだ」
「そうなのか……ならいいんだが……」
シグムントは納得いっていない様子だがこれ以上の追及は止める。
だがシグニューはガイネルの心を見透かしたかのように言い当ててきた。
「ガイネルさん、もしかして〈義國旅団〉のことを考えていましたか?」
ズバリと心を読まれてしまい、ガイネルは言葉に詰まる。
「やっぱり……あれは仕方がなかった……そう、仕方なかったんです。気にする必要はありませんよ」
「だが……もとはと言えば国が彼らに報いなかったせいなんだ」
「私にも思うところはありますけど、諦めるしかないんです。ああなってしまったら私たちは諦めるしかないんですよ」
「何故だ……? まずは話し合ってみるのがいいんじゃないのか?」
シグニューの声色がゾッとするほど冷たいものに変わる。
「話し合う? そんなことが夢物語であることなんてガイネルさんも分かってたことじゃないですか?」
核心を突かれて黙るしかないガイネル。
彼は自分がした失言にようやく気付く。
そうだった。そうだったのだ。
イヴェールの邸宅でバンディットに話したことは今でもよく覚えている。
少しでも考える振りをしてくれていたなら、まだ良かった。
即答だったのだ。
あれで痛感させられた。
貴族とはそう言う者だと言うことを。
「ああ、僕には分かっていたことだ。せっかくレクスに気付かされたのに、その後すぐ理解させられた」
「平民は皆、そんなこと気にしていません。そう言うものだって受け入れるしかないですから」
その言葉からは明らかな諦念が感じられる。
ガイネルが何か彼女に対して言葉を掛けなければと必死に頭を働かせていたその時、声が掛けられた。
「ガイネルよ。お前にも多くの仲間ができたようで嬉しいぞ」
声の方向に顔を向けるとそこには相好を崩したイヴェール伯爵家現当主のグレイテスが立っていた。隣には嫡男であるガルバーグと次男のバンディットがいる。
「いつまでもシグムントとシグニューだけではいかんからな。お前もイヴェールの自覚が出てきたか」
「シグムントたちも弟のことを気に掛けてくれて感謝している。ご苦労なことだ」
ガイネルの兄たちは笑ってそう言った。
その顔を見ると自分のことすら怖いと感じてしまうガイネル。
「(僕にはイヴェールの……貴族の血が流れている)」
「どうしたガイネル。急に黙って。お前も名門の血に連なる者なのだ。シグムントとシグニューを良き友とせよ……お前たちには同じ貴族士官学院に進学させるつもりだ。励め。ッゴホッゴホッ……ゴホッ」
「父上、本当に大丈夫なのですか?」
急に咳き込むグレイテスにガルバーグは咄嗟に背中をさする。
「心配はいらん。最近調子が悪いだけだ。多少な」
ガルバーグの心配の言葉を笑い飛ばすグレイテス。
バンディットも自分の兄同様に心配しているようだ。
「父上、兄上、こちらにおられましたか。少し話し込んでしまいましてな。彼もガイネルの力になってくれるでしょう」
そう言いながら近づいてきたのは三男のコルネウスであった。
側にはガストンが控えている。
「グレイテス閣下始め、イヴェール伯爵家の皆様方、私はガストン・アウァールスと申します。以後、お見知りおきを!」
貴族としては完璧な敬礼を行うとそれを見たグレイテスが満足そうに頷いた。
「私は満足だ。これほどガイネルを支えてくれる者がいることにな……ガストン殿よ、期待しておるぞ……ゴホッ……」
「アウァールス家ですか? 聞かぬ名ですがどちらの家の方なのですか?」
聞き覚えがなかった家名にガルバーグが疑問の声を上げる。
ガストンも想定はしていたようで、胸を張り堂々と夢を語って聞かせた。
「恥ずかしながら私の家は祖父の代に没落した貴族でございます。ですが必ずや再興させて見せるつもりです」
それを聞いていたバンディットの口から出たのは冷淡な言葉であった。
「没落貴族か……せいぜい努力されることだ。ガイネルの側にいれば事は為るだろう」
ガイネルの胸がチクリと痛む。
とうの本人は平然とした表情をしているが、業腹ものだろう。
「感状をもらったのはもう1人、レクスと言う少年です。剣も魔法もかなりの使い手のようですぞ! ガイネル! お前は恵まれているな!」
コルネウスはそう言って豪快に笑った。
兄であるバンディットの言動など全く気にしていない様子だ。
「(これだ……バンディット兄上……これが貴族の業なのか……)」
疲れた目で周囲の声を聞き流しながらガイネルは思考の泥沼に嵌っていく。
レクスはその様子を遠目に眺めていた。
美味しく料理に舌鼓を打ちながら。
「ガイネルも変わったな。まぁ俺がいなくてもいずれは葛藤で苦しむんだけどな……」
そして同情しつつ呟いた。
「高々14歳の主人公が背負うにしては重いもんだ。そう言う風に作られたんだからしょうがないとも言えるが……俺があいつを救おうとしたらそれは可能なのか……?」
ここはゲームとは違う。
ガイネルはどのような選択をして、どのような道を進むのか。
ゲーム内に存在するマルチエンディングとは全く異なる結末を迎える場合もあるかも知れない。
何にせよ、レクスはこれから起こることを見守り、納得できなければ介入するのみ。
レクスはただのモブなのだから
ありがとうございました。
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