第41話 エレオノールの末路
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レクスがガイネルの元へ到着したのは、ギリギリの状況だったようだ。
少し遅れてバウアーもやってきた。
レクスはエドガールを倒した後、猛然と立ち向かってくる旅団員を倒しながらこの場所まで来た。ガイネルは光魔法を受けて回復を図っている状態で片膝をついて立とうとしているが、その表情は優れない。
「ガイネル、ギュスターヴは強いだろ。後は俺に任せておけ」
「いや、僕が倒さなければならないッ……うぐッ……」
かなりの攻撃を喰らったようで、ガイネルから呻き声が漏れる。
レクスはしばらくは動けないだとうと考えてギュスターヴと対峙した。
面倒臭そうなバウアーもその横から姿を見せている。
「今度の相手はお前たちか。やることは変わらないがな……俺の前に立ち塞がる者は倒すのみ」
「何で倒せる前提なんだよ。俺はそこのガイネルほど優しい相手じゃねーぞ。他の旅団員は多くが殺られたか、降伏した。数が足りなかったようだな。ヒースがいればまだ戦えたんだろうけど。アイツは何処にいるんだ?」
「ヒースは本拠を護っていたはずだ。戻らんと言うことはそう言うことなんだろう……」
「そうか、残念だな」
2人の世界に入り込んでいると横手から、現実に戻すような怒鳴り声が飛んでくる。
「おい! 首領を殺るのは俺だ、ガルヴィッシュ! テメーは大人しく見てろ!」
トラウマから立ち直ったようで何よりであるが、現実が見えていないらしい。
バウアーでは力不足だ。
「まぁ好きにしろよ、バウアー。巻き込まれて死ぬなよ?」
その言葉に激情するバウアーだが、ゲームでは敵を囲んで殴れば役に立ったかも知れないが、現実では巻き込まれるだけだろう。
レクスは無視してギュスターヴに飛び掛かった。
遅れてバウアーも動くが実力差は見えていた。
一瞬で懐に飛び込み、かつ重い一撃。
ギュスターヴはすぐにレクスの実力を見抜く。
「子供だがやるようだな。しかし俺たちもここでやられる訳にはいかんのでな。全力でいくぞ」
「御託はいいから掛かって来い」
好敵手を見つけて嬉しそうな顔のギュスターヴと真剣な顔のレクス。
剣のぶつかり合いは何合にも及ぶ。
バウアーもこの14歳にしてはやる方なので、隙を見て攻撃を仕掛けているが、簡単に跳ね除けられている。
「3rdマジック【防護結界】」
強い緑の光がレクスを包み込む。
シグニューの防御付与魔法だが、まさか第3位階魔法を使えるとは驚きだ。
その間にも打ち合いは続いていた。
レクスが斬り込めば、ギュスターヴがそれを弾き飛ばし、ギュスターヴが『豪剣』の間合いに入ればレクスがモーションに入らせないように邪魔をする。
攻撃を回避する暇がないので斬り合うしかないのだ。
「ここは退け、ギュスターヴ。アンタを倒す気はない」
「強いな。だが退くことはできん。しかしお前は何者だ?」
「単なる騎士の息子さ。悪いがガイネルを死なせる訳にはいかなくてな」
「お前も平民か。貴族の言いなりでいいのか?」
戦いながらもレクスの説得が続く。
相変わらずシグニューからは支援の魔法が飛んでくる。
流石に巻き込みかねないので暗黒魔法の支援攻撃はなかったが。
あったら巻き込まれちゃうからね。
「勘違いするな。俺は俺の意志でここにいる。最初は巻き込まれたようなもんだが……とにかくガイネルは殺らせない。アンタの理念も理解はできるがこっちにも事情があってな……お前たちの最適解は大人しく逃げて他国で平穏に暮らすことだ」
「俺だってただの馬鹿じゃない。だが俺はその背中に多くの祖先たちの魂と無念の想いを背負っているんだ。だがから退けない。退くことなどできないんだよ!」
「もっと考えてみろよ。お前の1番大切なものはなんだ? 妹のエレオノールじゃないのか? 過去に囚われるな! 見つめるべきは今だろうが!」
「!?」
ギュスターヴの体が硬直し明らかな逡巡を見せる。
その時、ガストンの大声が聞こえた。
◆ ◆ ◆
シグムントとエレオノールのところにガストンが現れた。
状況を把握した彼が呆れたように話しかける。
「まだ戦っていたのか。いや、見た感じでは戦っていたとは言えないな」
「ガストンか……ここは俺に任せてガイネルの支援に行ってくれ」
シグムントは厄介な奴が厄介な時に現れたことに苛立ちを覚える。
そして次の一言でそれに拍車がかかることになる。
「ああ行くさ。だがその女を倒してからだ。お前じゃ無理だろうからな、シグムント」
ガストンはシグムントの心中を見透かしたかのように言ってのける。
その顔はいつも通り、傲慢さが滲み出ていた。
「おい、女。平民が貴族に従うのは世の習いだ。慈悲をやる。降伏しろ。さもなくば死ね」
降伏を促す辺り、変わったようにも見えるガストンだが、彼は知った上で言っている。
貴族に反抗した者は処刑される、と。
「やはり傲慢ね。私はエレオノール。降伏など有り得ないわ。戦いを止める時、それは貴族が我々を認めて搾取を止めて平民に報いる時だわ」
「搾取だと? 貴族を敬い尽くす行為はこの世の摂理。お前たちは死ぬまで俺たちに全てを捧げればいいんだよ」
「奪うことしか頭にないようね。それではそこらの盗賊と何が違うと言うの? 私たちは搾取された物を返して欲しいと願っているだけ。難しいことではないでしょう?」
「そりゃ、生まれが違えば人間としての格からして違うからな。俺とお前の間には決して越えられない壁が存在するんだよ。となればどちらがどちらに仕えるのか自然と理解できるはずだ。格が高い者が低い者から奪うのは当然のことだろう」
「格? 私にはあなたとの違いなんて分からないわ……。人間は生まれながらにして平等なのよ。それでも搾取すると言うのなら私たちは力でそれを取り返すのみ」
「ハッ……平等だと? 今の状況を見ろよ。平等だったらこんなことにはなっていないんだよ! 弁えろ!」
「それよ。だから私たちは貴族を打倒して革命を起こすわ。交渉の余地はないのよ」
「革命か。革命と言ったな。貴族が悪いと言ったな。貴族も鬼じゃない。大人しく従っていれば良いものを。お前らが革命を起こすことに意味はない。ましてや成功することなど有り得ない」
「本当に視野狭窄に陥っているようね。貴族は高みにいるみたいだけど、さぞかし色んな物が見えているみたいに言うのね。実際は何も見えていないようだけれど。私たちが何故貴族を憎むのかすら理解していないもの。あなた個人が悪いのかは分からないけど、私はあなたのような貴族は大嫌いだわ。貴族が傲慢なのか、傲慢な者が貴族になるのか……まぁ前者でしょうね。人間は平等であるはずなのに貴族は生まれながらにして傲慢よね。1度平民になってみたらどうかしら。名も知らぬ貴族さん?」
「ふんッ……俺の名など貴様に教える必要性すら感じないぜ。俺はそこら辺の正義被れのお坊ちゃまじゃない。あいつのように甘いとは思わんことだ」
そう言うとガストンは抜き身の剣をぶら下げて、エレオノールへと走る。
周囲には2人が護衛についているのみで、彼女たちは咄嗟にガストンの前に剣を構えて立ちはだかった。両者とも職業は剣士である。エレオノールの『剣闘技』を使う時間稼ぎをするつもりだ。
そんな2人のことなど眼中にないと言った感じで、ガストンが一歩速く『騎士剣技』を発動する。
「【閃烈剣】!!」
烈光のような速さによる間合いの外からの高速移動攻撃だ。
女剣士の1人が一撃で首を刎ねられて、自分の死も気づかぬ内に死に至る。
もう1人もほぼ同時に胸を薙ぎ斬られていた。
「チッ……」
エレオノールの口から思わず舌打ちの音が漏れる。
『騎士剣技』により瞬間的に跳ね上がった速度から繰り出される攻撃を防ぐのは難しい。
「死ねッ!!」
目の前で同胞が殺られたのを目の当たりにしてエレオノールが激昂し、ガストンへと飛び掛かった。本当なら『剣闘技』の能力を使いたかったが、2人を巻き込んでしまうため止めたのだ。
女剣士の1人は首を刈られて立ち往生したまま即死、もう1人は胸を大きく斬られて片膝を付いている状況。例え死んでいたとしても同胞の遺体は巻き込めない。
「はははは! さっき力で取り返すとか言っていたな! お前の何処に力があると言うんだ? 噛みしめるんだな……お前の無力を。そして呪えよその出自を!」
エレオノールの上段からの全力の一撃をガストンは、左程の力を出すことなく受け流す。
いなされた彼女はバランスを崩しかけるが決して倒れない。
こいつの前でだけは倒れてやるものか!
そう心に誓ったのだ。
「ラーラをよくも殺ってくれたなぁぁぁ!! 絶対に殺してやるッ!!」
エレオノールはラーラとは幼馴染で小さな頃からずっと一緒だった。
2人は剣の稽古から遊びまで、そして旅団の同胞として寝食を共にしてきたのだ。
「ほれ見ろ。お前が無力なせいでまた人が死んだぞ?」
エレオノールの激情を更に煽り立てるガストン。
「ガストン! 死者を愚弄するなッ!」
「おいおい、シグムント。お前はどっちの味方なんだ? やはりあっち側なのか? 所詮は平民だということか……」
「ッ!?」
絶句するシグムントを傍目にガストンとエレオノールは戦闘状態に入った。
剣と剣の激しい殴り合い。
信念を賭けたその戦いはどちらかが死ぬまで終わらない。
しかしエレオノールより歳はかなり下だが、学園で正統派の剣術を修めているガストンの腕は確かだった。
徐々に追い込まれていくのはエレオノールの方。
ギュスターヴとの手合せで鍛えてきたが、所詮は我流。
ガストンの剣が唸りを上げる度に細かい斬り傷が増えていく。
「うわああああああああ!!」
最早、ボロボロになりながらも気合だけでガストンに向かっていくエレオノール。既に仲間の大半は死亡しており、回復する者もいない状況。
世の中を舐めきったような顔でガストンがラストスパートを掛けるように剣撃のラッシュを仕掛ける。
それを何とか受けるエレオノールは自分の思考がひどく鈍いように感じていた。
「(右から来るッ……次は左、間に合わない……ああ、体が重い……皆、御免なさい……こんな貴族に負けるなんて……皆の仇も取れないなんて……私は……なんて無力なの)」
ついにエレオノールが大地に倒れ伏した。
必死に立ち上がろうともがいているが、体が言うことを聞かず、ただただガストンに上から見下ろされるだけ。
「(悔しい悔しい悔しい……力が欲しい……兄さん、お父さん、お母さん……皆……)」
そんな様子を苦々しい表情で見つめていたシグムントにガストンが呆れたように言い放つ。その声には侮蔑の色が混じっていた。
「そろそろ旗色を鮮明にしたらどうなんだ? ホラ殺れよ。そして証明して見せろ。そうしないとガイネルに処刑されちまうぞ」
「ガイネルはそのようなことはしないッ!」
「あいつは違うんだよ。ガイネルは名門。根っからの貴族様なんだよ! 生まれた時から貴族たれと育てられてきたんだ! 理解できるか? 本質はそう簡単には変わらないんだぜ?」
相対するガストンとシグムント。
ガイネルは余裕の笑みを浮かべ、シグムントは唇を噛んで体を震わせている。
その時――
「死ねえええええええええ!!」
慌てて声の方へと向き直るガストンに、胸を斬られて動けないでいた女剣士が突進してくる。何とか回避しようと体を逸らすが、両者の影が重なった。
「っぶねぇ……ハッ攻撃するなら声を上げるんじゃねぇよ。この平民如きがッ!」
女剣士の決死の一突きはガストンの脇腹に僅かな切り傷を与えただけだった。
怒りに満ちた表情で彼女を突き飛ばすと、倒れて動けなくなったところに追い打ちを掛ける。
ガストンにその体を思い切り蹴り上げられて苦痛の呻き声を漏らす女剣士。
それでも怒りが収まらないのか、何度も彼女を蹴り続けた結果、ピクリとも動かなくなる。
「ガストン……貴様ッ!!」
このままあいつを殺せたら!
駄目だ……殺したら後戻りできなくなる!
シグムントの頭の中では相反する2つの思考がせめぎあっていた。
「う……私はまだ……負けていないッ……」
そんな時、倒れていたエレオノールが全精力を傾けて、剣を支えに立ち上がった。
「チッ……本当に諦めが悪い。低脳だらけで嫌になるぜ……殺れよ、シグムント。ここがお前のターニングポイントってヤツだ」
長くない時間が流れ、沈黙が続く。
「……俺には出来ない」
絞り出した言葉は苦渋に満ちたものであった。
それを聞いたガストンの口から大きな溜め息が漏れる。
「呆れたと言うか、何と言うか……もう消えろよお前。失望したぜ。いや違うか。元から期待していなかったな」
蔑視の目に、侮蔑のの言葉。驕慢な態度。
「なっさけねぇ……情けなさ過ぎてもう哀れみすら覚えるぜ。お前は一生迷ってろよ」
そう言うとガストンはやっとかし立っているエレオノールの元へ行くと、剣を袈裟斬りに振った。
最後のあがきで剣で受けるも呆気なく弾き飛ばされてしまう。
もう握力さえ碌に残っていない。
再び仰向けに倒れたエレオノールだが、何とかして上半身を起こそうとする。
「終いだ。汚らしい家畜以下の存在よ」
ガストンは呆気なくエレオノールの胸に剣を突き立てた。
じわりと血が革の鎧から染みだして、口からゴボッと血が吐き出される。
「兄さん……皆……ごめん……な……」
エレオノールは最後まで言葉を発することなく力尽きた。
その黒い瞳は開かれたまま。
光を失って。
「なんて無力なんだ……俺は……選択すらもできないのか……」
大地に手をついて茫然とするシグムントをその場に残して、ガストンは全ての興味を失いガイネルたちの元へと足を向けた。
その光景を一瞥することもなく。
ありがとうございました。
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