第39話 束の間のお休み
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レクスはいつもの稽古の時刻が来るまで体を休めた後、第三騎士団の兵舎まで足を運んでいた。
カインとブラダマンテも一緒だ。
ミレアとホーリィは寒いので外に出たくないらしくお留守番である。
「レイリア師匠、今日もよろしくお願いします!」
レクスがいつも通り、元気に挨拶するとレイリアとリディから変な反応が返ってきた。
「何故かな? 何だか久しぶりの登場のような気がするんだが……」
「あたしもそんな感じがします!」
「メタい! 毎日稽古に来てたでしょーが!!」
おかしい。
討伐戦がある時以外はしっかり剣の稽古に来ていたはず。
レクスはそう困惑したが、レイリアとリディの言いたいことは分かった。
確かに気持ちは分かる。
「師匠! 私もよろしくお願いしますね!」
「俺もお世話になります」
プラダマンテは、アレ以来いつも楽しそうにしているので何よりだ。
カインもいつもと変わらず丁寧な物腰で皆と接している。
「おお、お前たちも励むんだぞ。まぁプラダマンテはもうかなりの領域だが……」
早速、練兵場で素振りを行った後、基本の型からの攻撃やコンビネーションの確認を行う。
そしてレイリアとの手合せだ。
レクスがレイリアと対峙して睨み合いが始まる。
お互いがその視線を絡ませ合い決して外さない。
ピクリとレクスの剣先が微かに揺れる。
瞬間――
2人の剣が大きな音を立てて衝突した。
レクスの久遠流は既に及第点は貰っている。
もちろん完全に極めるつもりだが、ここのところ実戦が続いているため、レクスはその経験から来る剣技も取り入れて戦っていた。
レイリアが独自の連撃を見舞うと、レクスもそれに応えるように剣を受けつつ隙を見てカウンターを入れる。流石の剣王だけあって久遠流と言っても彼女独特の型があり、そのバリエーションは豊富だ。
「(強いな……師匠の位階は今どれだけだ? 他人のステータスを見られる技能が欲しいところだな……)」
「(ふん。強くなりおって……位階30はあるか? だがまだまだよ!!)」
無言で剣のみで語り合う2人。
ちなみに現在のレクスの位階は30もなく、とんだ過大評価と言える。
しかしレイリアがそう思うのも強ち間違いではない。
この世界には本来あったはずのHPがない。
そして攻撃時の命中率や威力などを示す多くのパラメータ自体が、更に乱数調整が存在しない。
つまり努力で剣を極められれば位階以上の命中率を叩き出すこともできるし、威力も上がると言うことだ。HPを減らす代わりに首を落とせば人は死ぬし、手足を斬れば思うように動けなくもなる。
強いて言えば攻撃時に重心が上手く乗っていなかったり、細かなミスがあったりするのが攻撃力に乱数調整が入ったと言えないこともないが。
「ハァッ!!」
気合と共にレクスが仕掛ける。
レイリアの斬撃を強引に押さえ込むとそのまま懐に飛び込んで、がら空きのバキバキな腹筋に剣が霞むほどの速度で横薙ぎの攻撃を放った。
「甘いな」
対するレイリアはそれを上からの重い一撃で叩き落とすと、下がった剣に足を掛けて押さえつつレクスの首元へ反撃し返す。
神速の如きカウンターの一閃が肉薄する。
だが伊達に毎日手合せしている訳ではない。
レクスはそれを読んでおり蹴りを放つ動作の中で仰け反って躱して見せた。
それを見て目を見開いたレイリアだったが、攻撃と同時に仕掛けられた蹴りにもかかわらず紙一重で体をズラして回避した。
その後も何合か打ち合うも伍した戦いを見せて立ち合いは終わった。
「やるなレクス。実戦で更に磨かれたようだ」
「師匠が素直に褒めてくれるなんて久しぶりですね。ありがとうございます」
2人が言葉を交わすと同時にニヤリと笑う。
楽しく野次を飛ばしながら見学していた騎士たちから歓声が上がり、皆で盛り上がっている。
手合せを見ていたカインは溜め息をつくと感心したように呟く。
その中には何処か暗い感情が含まれていた。
「レクスは凄いな……かなり強くなった。俺とはどれほどの距離があると言うんだ……」
「レクスくんは凄いよ! なんてったって私を救ってくれたんだ!」
対するブラダマンテは我がことのように嬉しそうに話して見せる。
対照的な正負の感情を抱く2人である。
その後、カインとプラダマンテの2人もレイリアに直接指導を受けて真剣に取り組んでいた。
余裕を見せるプラダマンテに対してカインはまだまだ未熟で疲労困憊の様子だ。
テッドの指南を受けていたとは言え、彼は稽古を始めたばかりなので仕方がないと言える。
その間、レクスはリディと手合せしていた。
その腕は伯仲しているようで、若干レクスが上回っているのだが、彼女はあまり気付いていないようだ。
「リディも相変わらずちょろ、じゃなく強いな」
「ちょろ?」
「い、いや超強いなってことだ」
「へへへ……! んもーそんなこと分かってるってもーー! でもよく分かってるわね! 流石レクスよね! えへへ……」
その顔はニヤケっぱなしの緩みっぱなしだ。
レクスがリディをからかって遊んでいると自分を呼ぶ声が聞こえた。
レイリアが手招きしていたので、走って近づくと彼女はその胸元を掴んで更に引き寄せる。そして誰の耳にも入らない至近距離で囁く。
「レクス、リディの聖浄騎士団への転属が決まった。第三騎士団に来てまだ間もないと言うのにな……何処か政治の臭いがする……お前も注意しておけ」
レイリアがいきなり真剣な表情でそんなことを言い出したので、レクスは少し困惑しながらも了承しておく。
騎士団長として貴族とも相対して来た彼女の嗅覚を信じるべきと直感したのだ。
「ありがとうございます。心に留めておきます」
聖浄騎士団はアングレス教会のガルサダス枢機卿が率いる騎士団だ。
教会から半独立状態にあり、完全に彼独自の戦力である。
「(しかし神殿騎士団じゃないのか。確かそうだったはずなんだが……)」
記憶違いかも知れないと考えながらも時間が時間なので帰宅することになった。
帰り際にレイリア率いる第三騎士団が辺境へ赴くことが決まったと聞かされた。
急な命令だったらしくかなり面食らったようで、彼女も困惑したそうだ。
何でも西方のギレ辺境伯領で魔物が増加しているらしい。
帰る道すがらヤンの話を思い出したレクスは、探求者ギルドに現れたと言う期待の新人の話を調べてから帰ることに決めた。
どうせついでなのだから多少の寄り道は問題ない。
調べると言ってもギルドで一杯ひっかけている探求者たちに少し話を聞くだけだ。
それを伝えるとプラダマンテとカインも付いてくると言う。
強さを追い求める2人なので興味を惹かれたのだろう。
ギルドに到着すると早速、探求者の姿を探すが、外は既に闇夜が支配する世界。
受付や大ホールは閑散としており、休憩スペースにも人は疎らだ。
となると必然的に彼らが集まる場所は決まってくる。
そう。酒場である。
早速、足を運ぶとレクスが想像した通りの光景が広がっていた。
酔っ払い共がわいわいと騒がしく、楽しそうに酒を呑み料理をかっ喰らっている。
中には喧嘩している者たちもいるが、野次が飛ぶのみで誰も止める気配はない。
レクスは日本での飲み会を思い出すが、騒ぎっぷりが全然違うなとある意味感心した。今日明日も知れぬ人生を悔いなきように過ごすための彼らなりの処世術なのだろう。
取り敢えず、あまり酔ってなさそうな人を選んで話し掛けるレクス。
「すみません。ちょっとお聞きしたいんですけどいいですか?」
そのテーブルに着いていたのは3人の男女たちであった。
全員が蒼銀の髪をした凍てつく氷を連想させるような風貌の探求者である。
「ああ!? 呑んでんのが見えねぇのかよ! ここは子供の来るところじゃねぇぞ!! ……ひっく」
「あら? あたしは別に構わないわよ? 可愛い子たちじゃないの」
「子供と言っても探求者の仲間なんだからいいだろ。お前は酔い過ぎだ。それに良く見ろ。彼は白金級だぞ?」
声を掛けたのは好青年と言った感じの男であったが、最初に反応したのは酔っぱらっている男であった。それでも他の2人が窘めてくれたお陰で話を聞いてもらえることになった。
「最近、王都に期待の新人が現れたって聞いたんですけど、何か知っていることはありませんか?」
聞いてくれるなら話は速いので、単刀直入に尋ねることにした。
レクスの問いに3人はしばらく顔を見合わせると、少し考え込んだが、すぐに思い出したのか口を開く。
「期待の新人……ああ、確かに最近聞いたな。何でも西の辺境から態々王都へやって来たって話だよ」
「そうそう。ギレ辺境伯領?から来たらしいけど、凄い強いんだってさ」
「強いんだ! レクスくん、戦ってみたいね!」
流石の戦闘狂プラダマンテである。
彼女は誰とでも戦いたがり、王都の〈義國旅団〉を壊滅させた話をしたら自分も参加したかったと意気消沈したほどだ。
あの時の悲しげな表情は忘れられない。
「あーそうだな。機会があればな。他に何かありませんか? もっと詳しく知ってることとか教えて頂けませんか?」
プラダマンテには適当な返事をしつつ、レクスは先を促した。
「あー確か話題になったのは一気にシルバーまで昇級したって話だったか?」
「うん、それね。最近王都周辺に出たトロールを倒したのよね。後はあの新人に厳しい試験官を叩きのめしたのもあるわね」
「確かゴールド級だったよな。あの試験官……ひっく」
レクスも割りと一気にシルバー級にまで上がったのだが、話題にならなかった。
俺ってそんなに目立たないのか、と思わず拗ねそうになってしまった。
それにしてもトロールとは……Cランク級の魔物で再生能力が高く単独討伐は難しいと言われている。
1人で倒したのなら大したものだ。
今のレクスなら倒せるだろうが。
そんなことを考えつつ、レクスは新人の特徴について訪ねる。
「まだ子供だよ。黒い髪にまだ幼さが残る童顔の少年だったな」
「本人に聞いたら12歳って言ってたわね。名前はーえーっと……」
『アキレス!』
同時に思い出したらしく3人の声が綺麗に重なった。
なるほど、あのアキレスか。
この時期に王都になんていたか?
レクスとしては理由が知りたいところだ。
そう納得しつつも王都へ来た目的が知りたいレクスであった。
3人はこれ以上の情報は持っていないらしく、色々尋ねても何も知らないようだったのでお礼を言って退散することにした。
もう夜も更けて来たし他の探求者に聞いても同じ答えが返ってきそうだ。
この場から立ち去ろうとすると、3人の内の1人が声を掛けてきた。
「君たちも強そうだね。特に君、その歳で白金級とは……できれば今後も仲良くして欲しいな」
「そうね。私たちは北大陸のラ・アルゴン帝國から来たの。アルゴ族って訳」
「子供は知らねぇだろ。アルゴ族つってもよぉ……ひっく」
レクスを見つめる瞳は髪の色と同じ蒼銀。
氷の帝國――ラ・アルゴン帝國に住む少数民族が持つ特徴だ。
ちなみにレクスがシルバーから白金に昇級したのは特別変異個体を滅ぼしたためである。
「大丈夫です。知ってますから。私としても探求者の先輩が出来ると助かります。こちらこそどうぞ良しなに。名はレクス、レクス・ガルヴィッシュと言います」
「よろしくお願いします! お友達が増えるっていいね! 私はブラダマンテ・ド・モントーバンだよ!」
「カインです。豹族の者ですがよろしくお願いします」
レクスが挨拶したのでそれに続く2人。
それに気をよくしたのか3人も自己紹介をしてくれた。
「僕の名前はエサイアス。17歳だよ」
「私はロヴィーサよ。歳はひ・み・つ!」
「おいおいロヴィがまた馬鹿言ってるぜ! 俺はカレルヴォだ。よろしくな」
カレルヴォが早速ロヴィーサにタコ殴りにされている。
彼らは3人でパーティを組んでおり〈凍てつく焔〉と言う名前らしい。
バーティランクはCだが個々人の力は侮れないように思えた。
話し終えるとレクスは3人に別れを告げ、ギルドハウスへと家路につく。
プラダマンテは今日は実家に帰るようだ。
レクスとカインは寒風吹き荒ぶ夜道を身を縮こませながら足早に歩いた。
「なぁレクス……」
「ん? どうした?」
「獣人と人間って相容れるのかな……?」
「たりめーよ。俺とカインだってちゃんとやってるだろ?」
「そうだ。そうだよな……」
言葉を濁すカインの心を理解できないレクス。
それはそう。
本人ですらあまり理解できていないのだから。
カインは心に何故か疎外感と言う名の寒風が吹きぬけていくのを感じていた。
ありがとうございました。
また読みにいらしてください。
明日も12時の1回更新です。




