第37話 義國旅団の行く末
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――〈義國旅団〉本拠地・ユスティーツァ
「エレオノール! 戻ったか!!」
帰還の報告を受け〈義國旅団〉団長のギュスターヴが慌てたように駆けつける。
妹とは久しぶりの再会なのだ。
無事を喜ぶギュスターヴにエレオノールも久しぶりに相好を崩した。
「兄さん、無事なようで何よりだわ。でも……」
「言いたいことは分かっている。コースロー地方とアスツール地方に次いでダルスング地方も落ちた。各支部とも連絡が取れない状況だ」
これで本拠地ユスティーツァは、ほぼ包囲されてしまったことを意味する。
この場所を放棄して逃げるとしたら速い方が良い。
逃亡ルートは南西のヴィルヌーヴ侯爵領方面だけだ。
そこには〈血盟旅団〉の構えている拠点があるので、協力体制を取ることも可能だろう。
「すまないな……俺の部隊はアドラン公の聖斧騎士団に敗北した」
項垂れるギュスターヴに何も言えないエレオノール。
敗れた理由は単なる寡兵であったからなのだが、彼は言い訳などしない。
そこへ近づいてきたのは隻眼の剣豪、ヒース・イリーガルであった。
「おう。エレオノールじゃねーか。無事だったようだな」
「あなた……ヒースね。どうしてここに?」
怪訝な表情でヒースの登場を見たエレオノールは疑問を抱いたのだ。
今まで好き勝手やって来たのに、と。
「どうしたもこうしたも王都の支部が壊滅したからな。戻ってきたのさ」
「革命には興味はないと思っていたのだけれど?」
「王都で面白いガキと出会ってな。1戦交えるのも悪くねーと思ったんだよ」
ギュスターヴの悔しげな表情とは対照的にヒースはお気楽そうに笑っている。
以前からよく分からない奴だとは思っていたが今でも変わらないようだとエレオノールは思った。
「祖先たちの無念を……革命の火を消す訳にはいかない。落ちのびて〈血盟旅団〉と手を組もうかと考えている……」
「兄さん、本気で言っているの!? あそこはただのテロリスト集団じゃない! 私たちの理念とは違うわ!」
理想に燃えるギュスターヴであったが、正攻法だけではこのまま滅びるだけだと考え始めていた。エレオノールは今までの信念を曲げようとする兄に憤りを覚えた。
「しかしこのままでは全滅してしまう。それだけは避けなければならない」
「エレオノール、理念が違うってオレたちが幾ら言ったって貴族から見りゃ同じモンなんだよ」
〈血盟旅団〉もジャグラート王国が挙兵した際に蜂起した組織の1つだ。彼らは貴族に対しては手段を選ばず、場合によっては王国民をも手に掛ける非道集団である。
「なら私たちは何のために戦っていると言うの? 貴族に私たちの功績を認めさせても誇りと名誉を失っては意味はないわ!」
「貴族が騎士団を本格的に投入して来た。敵は正規軍。今までの学園の生徒たちの軍とは違う。正規の騎士団と戦うなら俺やヒースに加えてこちらも総力を挙げて出なければ勝てないんだ」
「……イヴェールの子息がローグ公に掛け合うと言っていたわ。もしかしたら認められるかも知れない……」
エレオノールは伏し目がちにそう呟いた。
期待しているようなそうでないようなどちらとも取れない言葉に聞こえる。
「おいおい……まさかそれを信じた訳じゃないよな?」
「エレオノール、奴らがそんなことを認めるはずがないだろう? 徹底的にやらないと駄目なのだ。無駄に高いプライドと選民思想、差別主義を持っていることを忘れたのか?」
「討伐部隊の中には平民もいたわ……彼らは私たちのために貴族を説得してくれるよう頼んでくれた……」
理解しているつもりではあったが、同じ平民に言われたことで期待してしまったのだ。例えそれが露のような確率であったとしても。
「期待するな。お前さんも何度もなく裏切られてきただろうが」
「その通りだ。取り敢えず本拠は捨てて元山賊のアジトだった拠点に移る。あそこを押さえられると逃亡ルートがなくなるからな」
ヴィルヌーヴ侯の領内にある精霊の森へ行けば隠れる場所はいくらでも存在する。その時、顔色を悪くした斥候が慌てて戻ってきて震えた声で告げた。
「た、大変です。アドラン公爵家に動きあり! 聖斧騎士団が大森林に入った模様!」
それを聞いたギュスターヴは直ぐに決断を下す。
自ら迎え討ち、1度敗れた相手に勝利する。
彼には護るべき仲間が存在し、自身の中にも護るべき矜持を持っている。
「しつこい奴らだ。俺が出る。ヒースは妹を連れて山賊の根城跡へ向かってくれ」
「いや、お前さんが行けよ。もしかしたらエレオノールが言ってたガキ共に会えるかも知れねーしな。それに1人面白れーヤツもいたんだ。アドランはオレが迎え討ってやるよ」
「……分かった。お前に任せよう。(大した変わり様だ……何がヒースを変えたのか……?)」
「エドガールがいたけど大丈夫なの?」
「お前が戦ったイヴェール伯爵家の子供たちの部隊は撤退したのだろう? すぐに出れば間に合う。それに降伏した者の末路などエドガールが知らんはずもない。急ぐぞ!」
ギュスターヴはエレオノールと10名ほどと共に大森林を南東へ進み、山賊の根城へと向かった。
◆ ◆ ◆
山賊の根城跡に到着した一行を出迎えたのは半身に大火傷を負ったエドガールであった。
「ギュスターヴ団長、どうしてこちらへ?」
横目でチラチラとエレオノールの様子を窺いながらエドガールが尋ねる。
何の連絡もなく団長たるギュスターヴが来たことに不審に思っているのだ。
「ああ、ユスティーツァは放棄する。南西へ落ちのびるつもりだ」
「!! 逃げると言うのですか?」
「今頃は本拠が攻められているかも知れん。最早道はないのだ」
「各地の支部とも連絡がつかないわ。壊滅したのでしょうね……」
他人事のように呟くエレオノールにエドガールは憤りを覚えた。
一体どれだけの手間と資金を投入したと思っている。
汚い仕事にまで手を染めて得た大金で本拠地を堅固な要塞に変え、同じく王国に恨みを持つ者たちを引き込み、多くの貴族領に支部を置いたのだ。
それをあっさりと切るだと?
一考の余地もなく?
エドガールの何とか平静を保ちながらも心の中で毒づいた。
「さて、エドガール。お前が王都で色々汚いことをやっていたことは聞いた。何か言いたいことはあるか?」
「……!!」
鼓動がビクンと跳ね上がる。
この追い込また状況でまだ責任の有無などに拘ると言うのか。
「俺は〈義國旅団〉のためにやったことだ。文句は言わせねぇ……」
「色々と調べたが子供を強制的に働かせた虐げた挙句、最悪な違法品の売買から竜神の粉までばら撒いていたらしいな?」
「それがどうしたと言うんだ? その資金がなけりゃあ、とっくに旅団は潰れてたぜ」
「納得はできんが、理解はしているつもりだ。お前なりの貢献だとな。今は仲間割れをしている場合ではない。今後、理念のためだけに活動すると誓うのなら今までのことは不問に処そう」
ギュスターヴとしてもエドガールが汚れ役を担ってくれていたことは理解していた。しかし、純粋に理念に生きることを誓うギュスターヴとエレオノール兄妹に共感している者は多い。手段を選ばないことに関しては同意できないが、活動のためには金が要ると言うことは分かっていることだ。
「最悪のタイミングで仲間割れが起こらないようにするためだ。納得するならお前に何もする気はない」
「チッ……分かった。俺もまだ死ぬ気はねぇ。あのガキを殺すまではな!」
その一方でエレオノールは何処か上の空であった。
廃墟から撤退する時にレクスと言う少年に言われた言葉だ。
『国を出ろ。ガイネルに説得はできない。だがいずれ変革の刻は来る。その刻まで待つといい』
確かにそう言った。
恐らく――いや必ず討伐隊はもう1度やってくるだろう。
そしてそれはガイネル――イヴェールの部隊であるに違いない。
「国のために戦ってきたのにその国から逃げてどうしろと言うの……」
憂鬱な顔をしたエレオノールの小さな呟きは風に乗って消えた。
◆ ◆ ◆
「ほーれほれ! オレに攻撃を当ててみろ!!」
その頃、ヒースはアドラン公爵家が誇る聖斧騎士団を相手に一歩も退かない戦い振りを見せていた。
騎士たちの攻撃は全くと言って良いほど当たらない。
圧倒的な速度で騎士団を翻弄しているのだ。
本拠地であるユスティーツァから出撃したのは約100名。
〈義國旅団〉の最精鋭部隊であり、古参の老兵も混じっており強兵揃いだ。ヒースの『奥義』は刀の力を存分に解放し、騎士たちは為す術もなく斬り伏せられていく。
この世界はゲーム世界ではあるがゲームではない。
HPなどと言うパラメータなど存在するはずもなく、斬られれば腕や脚を失うし目を抉り取られれば失明する。火魔法を受ければ焼け死ぬし、雷魔法を喰らえば全身に激痛が走り行動不能になって最悪死ぬ。
「【天知る!地知る!我知る!人知る!天地我人!!】」
ヒースの愛刀を唸りを上げて振り下ろされる。
瞬間――人間の中に潜む闇が蠢く。
それがどんどんと大きさを増し、遂には内部から爆散した。
「ハァッハァ!! オレを殺りたきゃ。使徒でも連れて来いッ!!」
その大音声に騎士団が一瞬怯む。
しかし、彼らもまた歴戦の強者。
恐慌状態に陥ることもなく旅団のメンバーを狙って動き出した。
ヒースの挑発にも乗ってくる気配はない。
「チッ……つまらんヤツらだ」
そっちが来ないならこっちから行けばいい。
それがヒースの出した答え。
簡潔に過ぎる。
騎士団だからと言って別に全員の職業が騎士である訳ではない。
魔導士もいれば他の前衛職も当然いる。
「3rdマジック【空破斬刃】!!」
「3rdマジック【神霊烈攻】!!」
強靭なる風の刃が目にも留まらぬ速度でヒースへ肉薄する。
【空破斬刃】は第3位階魔法にしては強力過ぎる威力を誇る。
自分に向かってくるのを見てから躱しきるのは難しく、魔力を込めた剣で斬り飛ばそうにも威力が強くて生半可な強化では逆に剣が斬られてしまう。
直感的に飛んで来た三日月の形をした風の刃を、何とか見切って躱すが、タイミングを合わせて放たれた次の魔法は躱しきれない。
心の中で毒づくも体が反応しない。
物理的に無理な体勢なのだからしょうがない。
「がぁぁぁぁぁぁ!!」
レーザーのような緑の閃光がヒースの体に直撃すると、精神にダメージを与える。
【神霊烈攻】は肉体には一切ダメージはないが、精神に強い影響を与える魔法なのだ。
精神力が弱ければたちまち神経が衰弱してしまい死に至る。
脆弱な人間が受ければ本来ならひとたまりもない。
「ぐぅ……くそが……」
ヒースの顔に脂汗が滲む。
当たらなければどうと言うことはない装備なので対物、対魔の両方に対して紙装甲なのが彼の弱点。
すぐに魔法を放った魔導士をぶった斬りたいところだが、ぐっと我慢して戦況を確認する。ここで全滅する訳にはいかないのだ。
「何でこんなに必死こいてんだ。オレぁ……くっくっく」
アホらしくて笑いが込み上げてくる。
そろそろ引き際か。
聖斧騎士団相手に良く戦ったと思う。
「テメーら撤退だッ!! ユスティーツァまで退くぞ!! 殿は俺が持つ!!」
その言葉に〈義國旅団〉のメンバーが一斉に逃亡を開始する。
退却路は元から確保済みなので後は隘路で時間稼ぎをすればいい。
「わしも残るぞ、ヒース殿」
「わしもじゃ、若いもんには負け取れんわ」
「貴様も変わったの……良い出会いでもあったか?」
古参の兵たちがその場に残ろうとする。
皆、強面だが穏やかな顔をしていた。
「はッ……変わるかよ。オレはオレであるために戦う。昔から変わっちゃいねーさ」
刀を肩に掛け騎士団が殺到してくるのを待つが、何故か彼らに動きはない。
追撃しない気か?と訝しげに思っていると騎士団の奥から1人の人物が現れた。
巨躯を持ち、赤い鎧を身に纏った者。
刺繍で黒狼の紋章が描かれたマントを翻し姿を見せたのは――
ありがとうございました。
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明日も12時の1回更新です。




