第36話 苦悩の末に
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戦況は完全にガイネル隊の方へ傾いていた。
彼らは戦いながらずっと言い争いをしていた。
お互いに譲れないところがあるのだ。
「いい加減に状況を見るんだエレオノール! このまま戦っても皆死ぬだけだぞ! 降伏しろッ!」
「降伏!? そんな甘い言葉に騙される私ではないわ! どうせ死ぬのなら戦って死ぬまでだわ!」
「僕が上に掛け合ってみる! どうか信じて欲しい!」
「散々私たちを……祖先を騙してきた貴族がそれを言うの!? 口だけの貴族のお坊ちゃんが! どうしてもと言うなら貴方が信じる神に誓ってみることね!」
「!? 神に誓うと言う行為が何を意味するか知っているのか!?」
「……!? 知らないわよ! それが何だと言うの!?」
レクスはエレオノールが神への誓いの意味を知らなかったことを知る。
信仰する神への誓いで相手を縛ったことのあるレクスとしては彼女が知らなかったのは意外であった。
「(平民は知らないのが普通なのか……?)」
そこで2人の口論に口を挟む者がいた。
ガストンである。
「何だ。知らないのか。やはり平民は平民と言うことだな……まぁお前らに神などいないが無知とは罪だ」
明らかに呆れた口調であり煽りを含んだ言葉だ。
馬鹿にしているのが透けて見えるどころか、はっきりと分かる。
「我々にも神はいる! 何でも貴族のみが与えられる者と言う傲慢……決して許すことなどできないッ!」
「はん! 許す? 何故俺がお前に許される必要があると言うんだ? 許すと言う行為は貴族から平民に慈悲と言う形で与えられるものであって平民が言って良いことではない!」
散々レクスに馬鹿にされたのにもかかわらずガストンは全て忘れてしまったのか、相変わらずの上から目線で言い放つ。都合の良い頭を持っていると思ったが、そうでもなければ貴族社会を生き残っていけないのかも知れない。
「どっちにしろ碌なもんじゃねーな」と思うレクスであったが。
「慈悲だって!? お前たちがそんなものを持っているなんて初耳だわ。でもお前たちなんかに慈悲を乞おうとは思わない! 何故、上から物を言うの? それが貴族が傲慢だと言う理由よ! 別にお前たちに許されなくとも神は私たちに許しを与え給う! もうお前たちには期待していないわ! 〈義國旅団〉は貴族を打倒して永遠の理想郷を創り出すのよ!」
ほとんどの者が傷付き、大地にへたり込んでいる。
その息は荒く、立っているのがやっとの者が多い。
しかしその目は未だ死んでおらず、エレオノールの意見に同意している様子だ。
なおもガストンが何か言おうとしたその刻、シグムントが先に動く。
追い込まれたエレオノールがガイネル、ガストンと睨み合い不毛な言い争いをしている状況を見かねたシグムントが彼女に呼びかけた。
同じ平民故の最後の通告のつもりか。
無論、レクスはそうでないことを知っているのだが。
「エレオノール……もうやめよう。神なんていない。神なんていないんだよ……」
意外な人物から声が掛けられたエレオノールはまた貴族かとウンザリした様子で言い返した。ガイネルは沈黙し、ガストンは露骨な舌打ちをしてそっぽを向く。
「……!? 貴族は皆そう言うのよ……私たちに神はいないってね」
「俺は平民だ……。神様だって信じてたさ。でもいない。そんなものはいないんだよ! 平民だけじゃない。貴族にもね」
まさかの言葉にエレオノールは一瞬口ごもるが、相手は貴族に味方する者だ。
シグムントを搾取されない側の人間だと判断し、口撃するのを止めない。
「平民……? 貴方が? でもどうしてそんなことが分かると言うの? 私は信じているわ! いつか私たちも報われる刻が来るって!」
「親父は敬虔な古代神信者だった。何年も神に祈りを捧げお金をも捧げた。妹が病気になっても母さんが倒れても信心が足りないせいだって言ってたのさ。そんな親父が病に倒れた……でも神は親父を救わなかった。君は救われたことが1度でもあったのか?」
あくまでも持論を曲げようとしないエレオノールにシグムントは自らの過去を語り始める。妹のシグニューも「兄さん……」と小さな声で呟いていた。
「……ない。1度もだって……食べ物が欲しいと願っても〈義國旅団〉の皆が報われて欲しいと願っても……」
「そうだろう? つまりはそう言うことなんだ。なら初めから信じない方が傷付かなくていい」
シグムントは神など信じてはいない。
この世界には珍しい無神論者であった。
その儚く全てを諦めたかのような口調に、流石のエレオノールも二の句が継げない。
「……!!」
ガストンは絶句したエレオノールだけではなく、平民と知ったばかりのシグムントに向けても侮蔑の視線を向けて鼻を鳴らした。
「はッ……お前ら平民は随分と甘ちゃんだな! やっぱり選ばれた俺たちとは格が違う。人間そのものとしての格がな」
動かない指揮官に対してガストンは嘲るような笑みで言い放つ。
「ガイネル。君の名門の家柄を持つ貴族じゃないか。速く殺してしまえよ。それこそが貴族の務めと言うヤツさ。慈悲と言う名のね」
「……ッ!! ガイネルッ!! そんな奴の言葉に惑わされるな! 〈義國旅団〉は敵じゃない! 彼女は敵じゃない!!」
「しかし……しかし僕は……」
「そうだガイネル。君は指揮官なんだぞ! 〈義國旅団〉討伐隊のな! そんなことではイヴェールの名が泣くぞッ!!」
勝手なことを言い続けるガストン。
エレオノールを庇うシグムント。
迷うガイネル。
何だ?
何なんだ、この茶番劇は?
ゲームでこの展開が来るのは知っていたつもりだった。
しかし当事者になると意外にも中々に腹が立つ。
レクスは家族や身内に危険が及ぶ可能性がなければストーリーになるべく絡まないつもりだった。
エレオノールの死はガイネルの葛藤に繋がる。
世の中を知らない貴族の成長のためだけに彼女は殺されると言うのか。
主人公の成長の踏み台にされて死ぬ?
そんなことが許されるはずがない!!
俺は決して認めない!!
レクスの心がそんな想いで満たされていく。
勝手だと言われようとエレオノールを助けたいと言う想いが湧き出てくる。
「ガイネル、エレオノールたちを見逃せよ。1度、〈義國旅団〉とは話し合った方がいい。俺たちに大義はない。人には国のために尽くす者たちに物語を用意しなければならない。それが死にゆく者たちに対する最低限の礼なんだよ。王国はそんなことすら出来ていない。お前にまだ力がないのは理解しているが、やれることはある。イヴェール伯爵家が仕えるローグ公に進言することだ。せめてそれくらいはやってみろよ」
普段からあまり口出ししてこなかったレクスがシグムントの側についたことで、ガイネルはより迷い始める。
己の正義が正しいのか間違いなのか揺れているのだ。
幼馴染として共に育ってきたシグムントとシグニュー兄妹への遠慮もあるだろう。ガイネルの信念が大揺れに揺れる。
「なッ……き、貴様ッ……また貴様は――」
「黙れよ、没落貴族」
レクスのマジギレに口を開きかけたガストンが沈黙する。
〈義國旅団〉のメンバーは突如として始まった内輪もめに混乱しているようだ。誰1人として動こうとはしない。
「……行け。行ってくれ……僕の心が決まらない内に……」
何とか声を絞り出したガイネルの表情は苦悶に満ちている。
そうだ。正確な忠告が出来る者さえいれば、人の死などを使わなくても葛藤を引き起こせるのだ。
「……礼は言わないわ。皆、撤退よ!!」
エレオノールはそう言い捨てると仲間たちと共に森の奥へと消えて行った。
「ガイネル……」
「シグムント……僕は……」
◆ ◆ ◆
ガイネルは一旦、進軍を停止して王都へと帰還した。
別部隊へも一時待機を厳命し〈義國旅団〉への攻撃を中止させる。
イヴェール伯爵邸――
「どうした、ガイネル。〈義國旅団〉の討伐が終わったのか?」
ガイネルが作戦会議室に入ると、そう聞いてきたのは次男であるバンディット・ド・イヴェール。若いながらリンカニックスタイルの髭を持つ貫禄のある男だ。
「いえ、追い詰めたのですが少し問題がありまして、ご相談したいことがあります」
「相談……? 〈義國旅団〉のことか?」
訳が分からずに首を傾げるバンディット。
あの組織のことで相談することなどないはずだと訝しげな顔をする。
「はい……彼らですが……その……助命することはできないでしょうか……?」
「助命だと? 何を馬鹿なことを言っている。奴らを殲滅するのは決定事項だ。例外はない」
冷たく突き放されるがガイネルもそれで退く訳にもいかなかった。
平民であるシグムントのことを考えると何とかせねばと言う使命感が先に立つ。
「彼らは50年戦争、不浄戦争の戦いを……誇りと名誉を認めて欲しいだけなのです……何とか和解の道はないでしょうか?」
「ないな。奴らは王国に歯向かった。それは紛うことなき事実だ」
「ローグ公爵閣下に話し合いの機会だけでも作って頂けませんか? 話し合えば解り合えると思うのです……」
「お前は何を言っているのか分かっているのか? 話し合うことなど何もない。そのような世迷言を言うのなら指揮官から降ろす」
ガイネルは目の前の兄が本気で言っていることは十分理解している。
しかしここで指揮権を剥奪されれば、それこそ〈義國旅団〉はすり潰されるだろう。
「父上も同じお考えなのでしょうか?」
「当然だ」
「父上はシグムントを僕の幼馴染として付けてくださいました。彼らは平民であり〈義國旅団〉も平民の集まりです。平民に慈悲を与えるのも貴族の役目ではないでしょうか?」
バンディットはガイネルに近づくと両肩に手を添えてジッと目を見つめた。
そして未熟なる弟を説得するかのように噛んで含めるように言い聞かせる。
「ガイネルよ。誰に何を吹き込まれたかは知らんがシグムントと奴らは違う。彼らは聡いからな。父上はシグムントたちを買ってお前の腹心とするために取り立てたのだ。そこを間違えるな」
「……」
「馬鹿なことを考えるのはよせ。奴らは王国に牙を剥いた。相成れないなら潰すしかないのだ。分かったな?」
「……はい」
ガイネルは無念そうに瞑目した。
再び、エレオノールと戦わねばならない。
シグムントとシグニュー兄妹にどのような顔をして会えば良いのだろう。
その事実が彼の心に影を落とした。
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