第34話 アングレス教会の画策
いつもお読み頂きありがとうございます。
本日は18時の1回更新です。
聖地リベラ・アングレス教会――
教皇グリンジャⅦ世は御年71歳にもなろうかと言う老齢であった。
彼の抱く野望は教会の権威・権力を復活させること。
その野望は果てしなく衰えることを知らない。
50年戦争と不浄戦争を経て教会の威信は低下する一方である。
そんな状況を打破するためグリンジャⅦ世は裏で動いていた。
彼は諦めが悪いのだ。
「どうじゃ。新時代を器たる12人は見つかったか?」
いつもの白い法衣に蒼いマント羽織り白い帽子を被った姿は変わらないが、その目には老齢らしからぬ強い意志が宿っており威厳を感じさせる。
反面、その言葉には威圧感はない。だが焦燥感が混じっていること確かなようだ。問い掛けられた壮年の男も畏まってはいるが、特段、圧力を感じている訳ではなかった。
「いえ、まだでございます。捜索は難航しております」
「適合者は見つからぬか……少しでも竜の因子が眠っておれば良いのだがの」
不服そうにボヤくグリンジャⅦ世だが何も手がかりなしで捜索しているはずがない。竜の因子に反応する魔導具が存在するため、それを態々貸し与えているのだ。
それはアングレス教会にとっての偉大なる聖人――聖イドラ由来の遺物でもある。
「竜の因子……聖イドラの聖遺物により魂に刻まれしもの……」
「その通りじゃ。国外は探しておるのだろう? ヴォルスンガよ」
そう呼ばれた男の名はジークフリート・ヴォルスンガ。
アングレス教会の神殿騎士団を束ねる団長である。
純白のマントに金で刺繍されているのは十字架に竜が絡みついてる紋章。
「世界各地で漆黒司祭共が活動を活発化させておるのは知っているであろう?」
「はッ……承知しております」
「あ奴らが漆黒竜の復活を目論んでおるのは確実じゃ。既に漆黒の宝珠を入手したかは分からぬが、春の……いや雪融けを待たずに出兵するやも知れぬ……ジャグラート遠征時に何か仕出かす心づもりじゃろう」
「国内が空になった時に動き出すと仰るのですか?」
ジークフリートは怪訝な目をグリンジャⅦ世に向けようとして何とか踏み止まる。
不敬なことをすれば処される可能性があるからだ。
老いぼれ、落ちぶれようともアングレス教会のトップにして最高権力者。
神輿と侮る者もいるが、未だひれ伏し従う者も多い。
「動こうな。お主も分かっておろうが。そして漆黒竜が復活したその刻こそ、我がアングレス教会の権威を取り戻す刻なのじゃ!!」
「はッ……しかしお言葉ですが、漆黒竜が復活したとして我々に倒せるのでしょうか?」
「何もお主らが立ち向かえと言っておるのではない。その為の12人だと言うことじゃよ」
元々自分たちが戦うとは考えていなかったジークフリートであったが、今の答えで確信に至る。この教皇は新たなる12人に古代竜の力を与え、新使徒として漆黒竜を倒そうと考えているのだと。
王国の、ひいては世界の危機を救ったアングレス教会は必ずやその権威を回復させるだろう。
「はッ……御意に」
「うむ。分かれば良い。それで考えたのだが、このままでは効率が悪いのでな。聖堂騎士団にも捜索させるつもりじゃ」
「聖堂騎士団は竜神裁判の調査があるのでは?」
「あれは別に構わぬ。ケルミナス伯爵が勝つのは動かしようのないことじゃからの」
然も当然であるかの如く、平然と宣うグリンジャⅦ世にジークフリートは少しばかりの失望を抱いた。
結局は裏で全ては決まっているのか、と。
「本当ならお主らが新使徒になるはずだったんじゃがのう……上手くはいかんものじゃ」
既に竜神裁判のことなどどうでも良いとばかりに話題を変え、再び話を新使徒に戻すグリンジャⅦ世。
彼の言う通り、当初の計画では神殿騎士団の中から厳選された者に竜の因子が与えられ新12使徒となるはずだったのだが、厳重に保管されていた竜核の種が突如失われたのだ。
今のところは漆黒教団の手によるものではないかと言われているが原因は判明していない。
「聖イドラの役者は誰が?」
「そちらは既に見つけてある。いらぬ心配じゃ。それよりもじゃ、漆黒竜を倒したとして何故、我らが即応できたか……新12使徒を準備できたのかと言うことが問題になろう」
「問題が起こりますでしょうか?」
その問いに答えたのは教皇の隣に静かに佇んでいた大司教であった。
青い神官服に身を包んだ男は次代の教皇の座を狙う者。
総大司教パトリア・ルヒスと争う教皇派の人物だ。
「起こるだろう。あの6公爵家だぞ。新12使徒が古代竜の血を持っていたとしても認めずに排除する可能性すらある。となれば再び国内に混乱が起こるのは間違いない」
「そこでじゃ。わしは聖ガルディア市国が崇拝する古代神を討ち滅ぼすために準備していたことにしようと考えておる。王国と敵対しておる国家。文句は言えまいよ」
アングレス教会の不倶戴天の敵である西方教会。
かつて12使徒の生みの親である聖イドラを処刑した古代神を崇拝する者たちを敵と認定することで王国内を纏めようとする算段であった。
教会のトップとNo3の意見に反対するのは危険があるが、ジークフリートは敢えて異論を唱えることに決める。
全ては計画のためであると信じて。
「私はそれはちと不味いのではないかと考えます」
予想外の反論に教皇が思わず目を大きく見開いた。
しかし直ぐに落ち着きを取り戻すとスッと目を細める。
「何故じゃ……? 敵対国が奉じる神なのじゃぞ?」
「古代神は世界で信仰している者も多くおります。そしてそれが象徴するのは光と希望、善や正義なのです。これを滅ぼす名目にすれば世界の民から反感を買いかねません」
古代竜信仰は現代においては主流を占めてはいるものの、より歴史の古い神々の1柱である古代神信仰は未だ根強く残っている。
決してその信仰は聖ガルディア市国の専売特許ではない。
「光……正義や善じゃと……? とても許すことはできぬ……」
「ですから私は古代神ではなく漆黒神を滅ぼすために新たなる古代竜の使徒を誕生させたと言う口実の方が良いかと考えます。漆黒神は邪悪なる存在なれば世界各国からの賛同も得られるでしょう」
この世界では古代神と漆黒神はそれぞれ、光と闇を、善と悪を司ると言われている。となればどのような勢力がどちらの神を信仰しているのかは自ずと答えは出るはずだ。
「漆黒神じゃと?」
「はいそうです。古代神が滅ぼせなかった神を我々が討ち滅ぼすのです。飢饉、世界各地の動乱、魔物の活性化など全ての罪を押し付けることで我らの正統性を主張しそれが国内外への牽制となるでしょう」
グリンジャⅦ世はその言葉に唸ると手で顎鬚を触りながら黙考し始めた。
ここが正念場だと感じたジークフリートが耳触りの良い、甘美な言葉を送る。
「教皇猊下の『天啓』を得たと発表すればそれは真実となるでしょう。さすれば猊下の名声は最早、天も衝かんばかりの勢いを得るかと」
「ふむう。そうじゃな。古代神は憎いがその線で行くとするかのう」
「では漆黒神については我々神殿騎士団にお任せを。どのような些細な出来事も全て風聞として広めて見せましょう」
「よかろう。お主らに任せる。上手くやるのじゃぞ?」
「御意に」
ジークフリートはそう答えると敬礼をして退出した。
◆ ◆ ◆
教皇グリンジャⅦ世との会談を終えてジークフリートが大神殿に戻ってきた。
それを出迎えたのは男とは思えないほど綺麗な金色の長髪を持ち、女性顔負けの美しさを誇る神殿騎士団の副団長であった。
「団長閣下、どのような結果に?」
「ラファエルか。安心しろ。教皇猊下は我々に漆黒神に関する全てを任せると仰せだ」
「それは僥倖にございますね」
想定通りの言葉を聞けたラファエルは髪をしゃなりと揺らしながら微笑む。
仕草まで女性のようで一般人が見たら誤解してしまうだろう。
「ああ、全ては計画通りだ」
それを軽く流し見しながらジークフリートは大神殿へと入っていく。
どす黒い笑みを湛えて。
やがてジークフリートとラファエルが大神殿内の小部屋に到着すると、中には10人の神殿騎士たちが座っていた。
「揃っているようだな」
全員がすぐに起立し敬礼する。
ジークフリートが座るように促すと10人は即座に着席し思い思いに話し始めた。
「その顔だと万事うまく事が運んだと言うことですね?」
「いちいち使徒探しなどしておれんからな」
「ようやく世界の理の1つに触れることができる……」
銘銘が違うことを話しているようでも共通しているのは、それが漆黒神についての話題だと言うことだ。
ジークフリートは全員を落ち着かせると新たな命令を下す。
「もう退屈な仕事をしなくても良い。我々の任務は漆黒神の眷属たる魔神と悪魔に接触することだ。諸君らの奮闘に期待する。励め!」
小さな部屋に歓声が木霊する。
騒ぐ彼らの表情を見つめながらジークフリートは満足そうに呟いた。
「全ては漆黒神の御心のままに」
ありがとうございました。
また読みにいらしてください。
明日は12時の1回更新です。




