第32話 次世代の使徒たち
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新年を迎える王都では毎年『白夜の会』と呼ばれる社交の場が開催される。
今年は動乱の中で開催が危ぶまれたが通常通りに執り行われることになった。
同時に次世代の使徒と言うべき公爵家子女たちのお披露目会も行われる予定だ。
聖グローリア暦1328年12月31日――
王都グランネリアには数多くの貴族たちが集まって広大な庭園に囲まれた離宮へと向かう。この建物は1階が貴族の邸宅が4つも入ろうかと言うほどの広さを誇り、また今では体調の優れない国王のヘルヴォルが静養する場所となっている。
ヘルヴォルは最早長時間立っているのも辛いのか玉座に座ったままで『白夜の会』の開会を宣言した。彼の隣にはいつも通り、国王を補佐するロイナス王太子の姿も見える。
次々と大物貴族たちから順番にヘルヴォルとロイナスに挨拶を交わしていく。
序列があるため、より格の高い貴族からの順番となっており下級貴族などは年が明けてから大分経ってようやく謁見できる。
貴族は貴族で気苦労は絶えないと言う訳だ。
立食形式の場となっているため、各貴族たちは寄り親を始めとした有力貴族、そして特に肝心な国家の重鎮――6公爵家へ挨拶回りをする。
彼らにとって顔つなぎの場は重要で、下手をすれば足下を救われかねないため皆必死だ。
それに事あるごとに酒が振る舞われるので否が応にも呑み干さねばならない。
上司から注がれた酒を断れないのと一緒で――それよりひどいが――彼らは顔面を蒼白にしながら呑み続ける。時には化粧をして顔色をごまかしながら。
そんな挨拶合戦と顔つなぎが行われている中で、まるで他人事のように会話に勤しんでいる集団がいた。
王家を含めた7侯爵家の子女たちである。
「皆、本日はよく集まってくれた。久々の再会を喜び、友誼を深めよう」
カルナック王家の第3王子フォロス・アウラ・カルナックが集まった面々をを見て嬉しそうに呼びかける。
彼は王太子のロイナスとは違い、その血を色濃く受け継いでいない。
しかし自らの才覚で現在の立ち位置を築いてきた才気に溢れる男である。
不浄戦争敗北のせいでヴァリス王国の王女と結婚したこともあり、彼を重用し過ぎることを危険視する者もいるのだが実力で黙らせていた。
「フォロス殿下も元気そうだよねー。ふふ……あたしとしても有能な殿下とは上手くやっていきたいと思ってるしねー。このまま頑張って欲しいかなー」
「ははは。クレマンティーヌ殿は相変わらずあけすけな物言いをするな。貴殿ほどの実力を持つ後継者に恵まれてダイダロス公爵家の行く末は明るいな」
あくどい笑みを見せて不敬にも見える発言をするが、フォロスはいつものことだと鮮やかに躱して見せる。
クレマンティーヌはこの場にいる使徒の子女の中では年齢が一番高い。
「ふん。クレマンティーヌ殿は相変わらずだな。大貴族として相応の態度を取って然るべきだろう?」
「あらあら、マクシマムじゃない……くすくす。相変わらずなのはお互い様かもねー。あなたの尊大な態度もね……くすくす」
「当然だ。俺はローグ公爵家を継ぐ身なのだからな」
「すごーい……くすくす。まだ誰がどうなるかなんて分からないでしょーに」
マクシマムとクレマンティーヌと言うローグ公爵家とダイダロス公爵家を継ぐと目されている2人の間で火花が散る。
共に龍と龍を紋章に掲げる家であり、好敵手関係にあると言ってもよい。
王国で双璧を為す騎士団――天龍騎士団と地竜騎士団を率いる両家だ。
そもそも使徒の系譜は中々子供に恵まれず、遅くにできた後継者が多いため、年齢はそれほど高くない。
大抵は第1子が最も色濃く血を受け継ぐとされているが、必ずしもそうではない。そのためローグ公爵家で言えば、この場にはマクシマム・ド・ローグとアストル・ド・ローグと言うローグ公爵家の公子がいる。
マクシマムは第2公子、アストルは第3公子である。
嫡男である第1公子の兄は血が薄いので、宝珠を継承するのはマクシマムかアストルになるだろう。
古代竜から与えられし伝説の武器や極大魔法の力を操れるのは強い血筋の者に限られるからだ。もちろん、常人からしてみれば古代竜の血に連なる者と言うだけで血が弱くとも圧倒的な身体能力と強さを誇る。
ましてやその血が強い者に関しては言うまでもないだろう。
「あら、ユベールもいたのねぇ……気付かなかったわー。どう? 田舎のファドラで元気してたー?」
「私は王都にいましたから。それよりクレマンティーヌ殿、その軽薄な態度はどうにかならないのですか? 殿下の御前ですし仮にも公爵家の血に連なる者なんですよ?」
「相変わらずかたーい……くすくす。そんなお堅いと民に嫌われちゃうぞー? 民にはもっと気軽に接してあげないとねー」
ファドラ公爵家の第1公子ユベールがさり気ない挑発を軽く受け流しながらクレマンティーヌに苦言を呈した。対して厭らしい笑みを浮かべながら、からかうような口調で戯けて見せる。
「ユベール殿、私のことは気遣い無用だ。気持ちだけ受け取っておこう」
「そーそー。さっすがは第3王子殿下だわー。王太子じゃないのが残念なくらい。くすくす……」
ユベールはこのいつも薄ら笑いを浮かべて何を考えているかも分からない女のことを信じていなかったし好きでもなかった。公爵家同士で対立しても良いことなどないため、王国のために絡まれても受け流すことにしている。
「ユベール殿、彼女のことは気にしない方がいい。油断はしてはならんがな。アレは笑いながら人を殺せるタイプの人間だ」
フォロスがその耳元で小声で囁く。
それに驚いて慌ててクレマンティーヌの方へ目を向けるが、彼女の興味は別の物に移っていたようで気付いている気配はない。
ユベールは無言でただ頷くに留めておく。
一方で王国筆頭として、そして王家の近衛として絶大な力を持つカルディア公爵家が第1公子シリルは久しぶりに会う仲良くしている者たちに話し掛けていた。
「アストルにフェリクス……は兎も角、ロクサーヌは久しぶりだな。元気にやってたか? お、イシュタルも来てたんだな」
シリルが比較的、歳の近い者たちに声を掛ける。
「ドーモ、シリルさん、お久しぶりデス」
「こんばんは……」
フェリクスはアドラン公爵家の第1公子、ロクサーヌはイグニス公爵家の第1公女である。
イシュタルはファドラ公爵家の第1公女だが、後継ぎは兄のユベールだ。2人共に強く血を受け継いでいる。
複数人が強い血脈を継ぐ可能性もあるが、グラエキア王国では基本的に長子を後継者とする慣例があるため後継ぎ問題は起きていない。
「シリルか……剣の修行はしっかりやっているのか?」
「当然さ。誇りある王家の守護者たるカルディア公爵家の名に賭けて無様なところを見せる訳にはいかないからな」
フェリクスとアストルとは現在共に貴族士官学院に通う仲である。
シリルはフェリクスは同い年、アストルとは歳が1つしか離れていないため、良いライバル関係にありお互いを高め合っている。
「今年は秋の竜神大祭は飢饉の影響で行われなかったからな。勝負は来年と行こうじゃないか。シリル、フェリクス」
アストルは負ける気などさらさらないと言った自信に満ちた表情で挑発する。
他の2人は苦笑いするだけだったが、彼らも家の名に賭けて負ける訳にはいかない。ちなみに竜神大祭とはグラエキア王国で最も多い収穫の時期である秋に行われる豊穣を祝うお祭りである。
様々な街から商人や旅芸人、探求者、腕自慢たちが集まり呑み喰い踊る。
そして天覧試合で真剣勝負が行われるのだ。
規模が大きく、この祭りに限っては賭博が認められており大きな金が動くため一攫千金を狙う者たちも多い。
「イシュ、聞いた? アノ噂」
「噂って? 何かあったの?」
王立学園の中等部に通うロクサーヌとイシュタルが何やらお喋りしている。
彼女たちは1つ違いなので仲が良く学年が違うのに一緒にいることが多い。
年下のイシュタルの方がしっかり者でロクサーヌは甘えっぱなしであった。
「昔、噂になった暗黒騎士が中等部に入るラシイ。確か……ロ、ロ、ロ、ロ」
「ああ、分かったわ。ロードス子爵家のご令嬢ね」
「ピンポーン!」
ロクサーヌがイシュタルといちゃついている横でフェリクスは深刻そうな表情を作っていた。
「そう言えばシリル。ご令嬢は……妹さんの具合はどうなんだ?」
フェリクスが大事なことを思い出したとばかりに尋ねるが、シリルの口は重い。
妹――シルヴィは神聖力の暴走でいつ命を落としてもおかしくない状況だ。
「……領都で療養しているがな。正直良くはない」
「カルディア公の力を持ってしても治せない病気だと誰にも治せなさそうだ……」
素直な感想を漏らしたフェリクスの言葉にシリルが口を噤む。
重くなる空気に更に口が滑る。
「ああ、スマン! 別に希望がないとか言いたい訳じゃないんだッ!」
「気にしないでくれ……父上が必死に治療法を探しておられる」
取り乱すフェリクスにシリルは寂しげに微笑むのみであった。
それを見て今度は彼が口を噤んだ。
そうしている内に新年を迎え、6公爵家の子女たちのお披露目の時間がやってきた。
初めに前へ出たのはクレマンティーヌであった。
彼女は妖艶ながら何処か軽薄にも見える笑みを浮かべながら右手を曲げて大きく頭を下げた。
明るい茶色の髪が大きく揺れて表情に影が差す。
頭を上げると、朗々とした声で言い放った。
「ダイダロス公爵家が第1公女クレマンティーヌと申します。以後、お見知りおきを」
次に出てきたのはクレマンティーヌと1つしか年齢が違わないマクシマムだ
野性的な顔立ちで父親であるローグ公よりも大柄な体躯を持つ。
彼はその逆立つ金髪を僅かに揺らしながら颯爽と前に進み出ると自信に満ち溢れた態度で言い放つ。
「ローグ公爵家が第2公子マクシマムだ。よろしくお頼み申し上げる」
そしてその弟、アストルである。
短めの金髪に意志の強そうな黒っぽい瞳で皆を睥睨する。
「ローグ公爵家が第3公子アストルと申します。まだまだ若輩の身なれば皆様のご指導を賜らんことを」
そしてカルディア公爵家のシリル、アドラン侯爵家の第1公子フェリクスが続き、ロクサーヌの出番がやってきた。
彼女は黒髪のサイドテールを揺らめかせながらペコリとお辞儀すると緊張感のない声で言った。
釣り目気味だが大きな瞳は人の心を見通してしまうかのよう。
ただ出てきた言葉は棒読みだった。
「イグニス公爵家が第1公女ロクサーヌです。ヨロシクオネガイシマス」
最後にファドラ公爵家の兄妹が共に前へと進み出る。
「ファドラ公爵家が第1公子ユベールでございます。王国東方の盾となるべく精進してまいりますのでよろしくお願い致します」
「同じく第2公女イシュタルと申します。微力ながら王国のために尽力致します」
2人揃って頭を下げると同じ銀灰色の髪が揺れる。
ユベールはやや癖毛、イシュタルはカールの掛かったルーズサイドテールである。
その瞳も煌めく光を湛えた黒。
とても似ている兄妹であった。
やる気がありそうな者もそうでない者も、礼儀正しい者もそうでない者もいる。
だが全てに共通していたのは、ただそこにいるだけで感じ取れる大いなる覇気。
強大なる力。圧倒的なまでの存在感。
居並ぶ貴族たちはそれを鮮烈に脳裏に焼き付けた。
やはり公爵家は別格だ。
全ての者がそう感じたであろうことは確かであった。
貴族たちの夜は更けていく。
ありがとうございました。
また読みにいらしてください。
明日は18時の1回更新です。




