第20話 切っ掛け
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本日は12時の1回更新です。
レクスはもう何日もギルドハウスに泊まり込んでいる。
もう住んでいると言っても良い。
寮にはただメシを食べに行っているくらいで学園の校舎内には入ってすらいない。
後は、剣の稽古が最優先で魔法の開発と研究、探求者活動を行っている。
探求者の依頼は積極的にこなしているため等級が少し上がってブロンズからアイアンになった。駆け出しであるブロンズよりもやれることが増えるため、金銭面でも有り難いことだ。
「おはようございます。マスター」
「あーおはよ、シャル……」
凛としたシャルの態度に反してレクスは寝惚け眼を擦りながら、のそのそとベッドから起き出す。
毎日、侍女に起こされると言う贅沢な生活!
この世界にも夢は存在した。
「本日は何をなさいますか?です」
「朝ご飯の後にヤンたちから情報報告を聞いてー。んーと探求者の依頼かな」
「何やら屋敷の周辺が騒がしいですが……です」
「騒がしい……?」
不穏なことを聞かされたレクスはガバッと薄手の布団を跳ね除けて玄関へ向かう。その途上でシャルにも指令を下した。
「シャルは屋敷を護れ! 侵入者に警戒!」
「イエス、マスター」
その瞬間、屋敷の雰囲気自体が変わる。
存在感が薄まり、人間の認識を阻害する効果を発揮し始める。
きっと彼女と言う存在はこの屋敷その物に近いところまで昇華しているのだろう。
とにかくレクスが外に飛び出すと通りの向こうで子供が倒れているのが見えた。
その側にはガラの悪い男たちが数人ニヤニヤしながら屯している。
「(〈義國旅団〉か? あれは……ヤンが連れてきた子供? 何があった。ギルドハウスがバレたのか?)」
レクスが彼らの元に駆け寄ると、それに気付いた男たちが凄みながら怒鳴り声上げた。
「何だぁ……ガキ! 見せモンじゃねぇぞ! あっち行ってろ!」
倒れている子供の名はビアンカ。
ヤンに紹介してもらった少女で彼と同じく〈義國旅団〉のメンバーだ。
殴られたのか、その顔は腫れておりあちこちから出血している。
「その子が何かしたんですか?」
「ああん? とっとと行けって言ったよなぁ……」
無視して尋ねるレクスに男たちが色めき立つ。
子供相手に容赦のない奴らだ。
こんなのがのさばっているから子供たちはずっと食い物にされ続けるしスラム街の治安は最悪なのだ。
「何をしたかって聞いてんだろうが。殺すぞ」
怒りを孕んだ言葉に男たちは一転、笑い出す。
面白くてしょうがないと言った感じで一向に黙る気配はない。
剣を置いて、着の身着のままで出てきてしまったため丸腰だが負ける気などなかった。
レクスは取り敢えず右拳を男のみぞおちに叩き込むと男は倒れて体をくの字に曲げ悶絶し始めた。
念のためもう一発蹴りを入れて気絶させておく。
他の2人は一瞬何が起こったのか理解できずに固まっていたが、ハッと正気に戻ると大声で騒ぎ始める。少しでも威圧するためだろう。
「こんのガキがぁ! 俺たちを〈義國旅団〉と知っての狼藉か!」
「俺たちゃガキでも容赦しねぇぞ……シャブづけにしてお前も奴隷商にでも売り払ってやろうか?」
何とも捻りのない脅し文句もあったものである。
そんな男たちに呆れつつ、右手でクイクイと手招きしながらはっきりと告げた。
「やっぱり旅団か。殺してやるから掛かって来い」
どうやら逆鱗に触れたようで青筋を立てて襲い掛かってきた。
そりゃ武器も持っていない子供に挑発されたらこうなる。
「お・ま・え・は地獄行きけってーーーーい!」
「死んだ! はい死んだ!」
大人とは思えない幼稚な罵倒の言葉を投げ掛けながら殴りかかってくるのだが、レクスは余裕でその動きを見切っていた。
全く当たる気配がない。
レイリアの連撃を毎日のように見ているレクスにとって、その攻撃はスローモーションと同じであった。流石に軽く避けられているのを理解したのか、焦りで段々と攻撃が大振りになってくる。レクスとしてもビアンカを速く治療したかったため、さっさと片付けることに決めた。
隙だらけの攻撃を躱し、確実にみぞおちに一発ぶち込む。
今度は上手く決まったようで男は呆気なく倒れ伏した。
一応、最後の1人だけは気絶させないように足払いで転がした後に顔面に蹴りをお見舞いする程度にしておいた。
2人が気絶し1人が悶絶する中、レクスは『光魔法』の【治癒】でビアンカを回復させていく。そこへ丁度良いタイミングでヤンが仲間を連れてやってくるのが見えたので手を振って呼び寄せた。
「おはよう、兄ちゃんどうしたんだ?」
「ああ、ビアンカがこいつらに殴られてたみたいでな。今、助け出したところだ。何か心当たりはないか?」
上半身を起こして壁にもたれかけてあるビアンカを見て一同驚きの声を上げる。
このままでは埒が明かないのでビアンカをお姫様抱っこするとギルドハウスに連れて戻った。彼女をベッドに寝かしつけてシャルに面倒を頼むと、改めてヤンたちに同じ質問をする。
「俺もよく分からないけど、昨日の夜、〈義國旅団)〉の団長みたいな偉そうな人がビアンカの様子を見に来てたのは知ってる……」
「ふうん……」
他の者も何も知らないようで首を横に振る。
レクスも何か分からないものかと考えてみたが、すぐに思い当たるようなことはない。仕方がないので朝食を準備して皆で食べているとシャルがビアンカを伴ってやって来た。それを見たヤンたちが彼女に駆け寄る。
「ビアンカ、大丈夫だったか?」
「殴られたって聞いたよ……でもお顔に傷が無くて良かった……」
顔の傷は光魔法ですっかり治っている。
少し腫れている程度なので冷やすようにシャルに頼もうと思っているとビアンカが重い口を開いた。
「わたし……奴隷商に売られるって言われて……それで逃げて……ううッ……」
感極まって泣き出したビアンカを慰める仲間たち。
レクスは奴隷商と言う単語から男たちの言葉を思い出していた。
「(なるほど。ビアンカは美人だからな。そっちの層に需要があると考えて売り払おうとしたんだろう。『お前も奴隷商にでも売り払ってやろうか?』って言ってたからな。ビアンカは8歳だったか? ロリペド野郎に受けがいいだろうさ)」
貴族の中には悪趣味な者も多いようで、金に物を言わせて好き放題やっているらしい。胸糞悪いと言っても人身売買はまだ普通の方で、グルカ族の黄金の瞳の売買、インシグネ族の体に浮かび上がる紋章を採取・研究するための殺戮、竜人族や鬼人族など他種族の標本蒐集、竜人族の心臓に宿る竜核の入手など人間の底知れぬ悪意が籠った取引が闇市場で行われている。
ゲームでは見られなかった貴族の暗黒面がありありと浮かび上がってきたのにはレクスも驚きを隠せなかったほどだ。
いや胸糞展開もあったと言えばあったのだが、それは人間の業とでも言うべきテーマを深堀りするものであり、またプレイヤーへの問い掛けでもあった。
このような本当の醜悪さは表現されてなどいない。
「ビアンカ。お前はもう旅団に戻らなくていい。ギルドハウスに住んでゆっくりしなさい」
この世界では人が簡単に死ぬ。
旅団を一刻も早く潰すべきなのかも知れない。
一応、ガイネルたちに壊滅させられるのは決まっているのだが、まだ先になるはずだ。
ビアンカにも朝食を摂らせ、温かい目で見守っていたレクスであったが肝心なことを忘れていたことに気付く。
尋問するために1人だけ気絶させずにいたことを。
すぐに外に出たが彼らが倒れていた場所には誰もいない。
周辺を軽く探してみたが見つからなかったので仕方なくギルドハウスに戻った。
「(やらかした……ちょっと聞きたいことがあったんだけど。もしかしたらここがバレた可能性がある……襲撃が来る前に先手を打つか……?)」
「マスター。どうかしましたか?です」
レクスの不穏な様子に気付いたシャルが気に掛けてくれたのか、声を掛けてくる。
よく気が付く子だと感心せずにはいられない。
本当は凄い年上だしそれも当然なのかも知れないが。
「いや、大丈夫。ありがとね」
彼女を安心させるために笑い掛けると何処かホッとした表情に変わったので、レクスはヤンたちの元へと向かう。
彼らは教えられた魔力操作の鍛錬をしていた。
真面目にやってくれているようで安心するが、必死にならざるを得ないほど抜け出したい場所なのだろう。
「このままヤンたちを戻したら危ないかもな……狩るか」
レクスは身内を護ると決めたのだ。
そのためには手段は選ばない。
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