第19話 ガイネルとレクスの初陣
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天の導きと言うべきか、天の配剤と言うべきか、レクスはガイネル率いる小隊に配属されることとなった。
討伐対象は王都の南にあるセントリア湖の湖賊ロイタール家である。
彼らは元々セントリア湖の水運を使って大きくなった運送集団で自衛のための武力を持ったところから一大勢力を築くこととなった。
王国が勢力を拡大し周辺の土豪や国人が滅ぼされる中、臣従の道を選んだのだが、今回のジャグラート王国の侵攻と国内の荒廃から蜂起に至ったと言う経緯がある。
一行は水運を利用して川を下り湖へと向かう。
陣容は大将がガイネル、副将がシグムントで全30名で構成されていた。
ロイタール一家は湖畔に堂々と街を形成しており、最早盗賊団と言うより土豪と言った方が良い。とは言え、住民が全て湖賊ではないので襲撃するのはロイタール一家がいるアジトである。
確か、イベントで仲間を参加させることができるのだが、その時は王国軍が主体となって派兵する内容であったとレクスは記憶していた。
それがどうしてこうなった。
作戦会議が始まると、ガイネルに取り入ろうとする連中が群がってくる。
中等部の者だけでなく貴族士官学院の学生と思しき者も。
そんな中、一際大きな声で発言する者がいた。
短く刈り上げた金髪に意志の強そうな黒い瞳。
大人びて見えるが腰に佩いている大剣が体にそぐわない。
それ自体は高価そうな宝剣のようだが――
「オレに良案がある! まずは――」
「お前はどこの家に連なる者だ? まずは名乗るべきだろう!」
気分良く提案しようとした矢先に他の者に牽制され、少しだけ悔しそうにするもすぐに気を取り直して大仰に名乗りを上げた。
「オレはガストン・アウァールス。名門アウァールス家が5男だ」
「知らん名だ。名門貴族でそのような名には覚えがないが……」
周囲からもざわざわと声が広がり、場が騒がしくなっていく。
一方のレクスはここで出てくるんだっけかと1人場違いなことを考えていた。
――ガストン・アウァールス
元は名門貴族であったが50年戦争、不浄戦争を経て当主や重臣の戦死。
更には権力闘争の敗北により没落した元子爵家に連なる者だ。
非常に好戦的な性格で、貴族至上主義の考えを持っている。
ストーリーでは『〈義國旅団〉の乱』や『血盟旅団の乱』にゲストキャラとして登場する。その際、平民を馬鹿にする言動が多く煽り屋ガストンなどと呼ばれプレイヤーに親しまれていた。と同時にその過激な発言でヘイトも買う稀有なキャラである。ガイネルより1年年上。
ちなみに前世でレクスはあまり好きなキャラではなかった。
「ガイネル……君は知っているのか?」
「いや、僕も知らないな」
ガイネルとシグムントが何やらぼそぼそと話しているがレクスの耳には届かない。そんな中、1人の貴族が思い出したかのように立ち上がる。
「ああ! 君はアウァールス子爵家の者か! 確か没落したと聞いていたが……」
「だから中等部にいたのか……」
「問題ない。オレが再興するからな」
自信満々さがガストンの言動によく表れている。
ここでガイネルが騒ぐのを止めさせるために割って入った。
「ここはもう敵地なんだ。少し静かにしようか」
流石に総指揮官であるガイネルの心証を悪くする訳にはいかないのだろう。
ほとんどの者がすぐに口を噤んだ。
1人を除いて。
「君の指揮下に入れて光栄だよ。ガイネル殿。武門の家として名高いイヴェール家の傘下として戦えるんだからな」
「そんなことはない。僕はただの4男だからね。何も持ってやしない……」
「はははッ! 君は冗談が上手いみたいだ。とにかくよろしく頼むよ。指揮官殿!」
結局、作戦会議では早朝に奇襲を掛けることに決定し、近くの森で早めの休息を取る。野営の準備もテキパキと手際が良い者、何をすべきか分からずに戸惑っている者に分かれている。
前者は貴族士官学院の者なのだろう。
授業で経験したことでもありそうだ。
ガイネルはまだ中等部のはずだが、シグムントと共に火熾しから食事の準備まで卒なくこなしていた。武門の家なせいもあるのだろう。
レクスは理術で火を熾し、持って来ていた小さな鍋でスープまで作っていた。
困惑して動けない者たちも誘って共に食事をしたのだが、感謝されたので悪い気はしない。
ちなみに食糧は王国から出ている。
自分で出せなんて言われたら平民なんかだと不満がでるのは間違いないし、その場合はレクスもブチ切れていただろう。
辺りが闇に包まれる前に小さな火種だけ残して休み、空が白み始める前に起床する。
「よし。準備はいいか? 皆、これから奇襲を掛けるが躊躇は禁物だ。躊躇えば死ぬ。敵は悪だ。迷うことなく誅するぞ!」
ガイネルがそう檄を飛ばすと森から抜け出て一斉にアジトへと突入した。
アジトと言っても丘の上にある防御施設付きの屋敷のようなものだ。
ゲームマップ的に考えると大して高低差もない平坦なステージである。
防御施設を除いてだが。
雄叫びを上げることなく襲撃を掛けると眠っていた者たちを討ち取っていく。
中には殺しを躊躇う者も多いが、人殺しの経験などそうそうある者などいないので当然と言えば当然だ。
だがガイネルは別。
彼は大人しそうな見た目に反して、賊徒を討ち取ることに戸惑いなどない。
そこがガイネルの異質さを際立たせている。
ちなみにレクスは元より無抵抗の者を殺すつもりはなかったので何もしていない。剣こそ抜いていたが起きていた非戦闘員と思しき者を逃がしていた。
やがて異変に気づき、起き出してきた賊徒と戦闘状態に突入する。
「何だガキ共ッ! 我々がロイタール一家と知っての狼藉かッ!」
「黙れ賊徒共! 貴様らの命運はここに尽きた! 王国に逆らったことを後悔しながら死ね!」
ほらね。
明らかに口調が変わり、態度も豹変している。
怒鳴りつけてくる敵に対して有無を言わさず死の宣告を下している辺り流石の主人公である。
あちこちで戦いの火蓋が切って落とされた。
剣撃の音が鳴り響き、魔法が飛び交っている。
レクスの前にも当然敵は現れる。
「おいおいガキがッ! 舐めてんじゃねぇぞ!」
そう吠えると剣を手に襲い掛かってきた。
だが遅い――
レクスは剣を一閃し、烈火の如き連撃で相手を圧倒すると、その腹を薙ぎ斬った。悲鳴を上げることすらできずに倒れ伏す男。
「悪いな。これも命令なんだ……」
「テメェェェ!! 兄貴を殺りやがったなぁぁ!! 殺してやる殺してやるぞガキがッ!」
激昂して叩きつけるように大剣を振り下ろしてくるが、難なく見切って躱すとがら空きになった懐に飛び込み斬って捨てる。
「ぐあああああ! くッくそがああ! 【一閃】!」
最後の力を振り絞って発動した『剣技』を至近距離で軽く弾き飛ばしたレクスは返す刀で斬り伏せる。
それを見た男たちが脅威と見てとったのか、レクスは3人に囲まれてしまう。
しかし動じることはない。
レイリアの稽古のお陰で相手の力量も大体は把握できるようになっている。
素早いステップで3人を翻弄し有利な場所まで引き込むと各個撃破する。
地形を利用するのも戦略の1つだ。
ゲームでは高低差であったり周囲からの攻撃が不可で囲まれる心配のなかったりと言った地形などがマップ上には存在する。
「【全力斬り】!!」
「オラァァァァ!!」
動きが止まって見える。
と言うよりスローモーションの中で自分だけが速く動いている印象。
大上段からの大振り――必殺の剣技を躱し、隙ができたところに剣を叩きつける。1人の横をすれ違う瞬間に薙ぎ斬り、そのままの勢いで最後の1人の腕を斬り飛ばしてトドメを刺す。
殺すのは忍びないが、王国に歯向かったのは事実。
討伐戦に参加した以上、躊躇してはいられないし、万が一にも身内に危険が迫る可能性があるのなら捨て置けない。
「すまないな……俺には護るべき人たちがいるんだ。あんたらも一緒だろうけどな」
レクスが魔法を使うまでもなく敵を倒していると、ガイネルの叫びが聞こえてくる。
「貴様らは王国に臣従しておきながら叛逆した。その罪を償え!」
「はん! 罪だと!? 俺たちがただ単に逆らっただけだと思っているのか? 貴族共がどれだけ理不尽を民に強いているのか理解していないのか!?」
「理不尽だって? 貴様らが法に背いたのは事実ッ! そこに正義などないッ!」
「正義だと!? これが正義だとお前は言うのか!? これがお前たちの言う正義なのかッ!?」
「当然だッ! 1つ、王国に叛逆したこと! 1つ、セントリア湖の水運を力で掌握し民に被害を出したこと! 1つそれに歯向かった者を殺したこと! これが貴様たちの犯した罪! それを討つことが正義でないはずがない!」
「それが王国、ひいては貴族の横暴だと言っているッ! お前たちは自分たちを顧みていないッ!」
「貴族はその義務を果たしている! ならば貴様らも義務を果たさねばならない! それもできずに逆らうだけの貴様に正義などないッ! 貴族を語る資格などないッ!」
「何を言っても無駄なようだなッ! 最早、問答は無用だッ! 死ね王国の狗がッ!」
「馬脚を現したなッ! 死んであの世で償うがいいッ!」
「それはお前らの方だろうがッ!」
「何と言おうと貴様に正義はないッ!」
「ッ!?」
離れた場所で聞いていたレクスには何となく想像がついた。
世間を知らず、自らの正義のみを信じる、独善的な面を持つガイネルに相対した者はこう思ったろう。
話が通じない、と。
「(とは言え、相手がガイネルでなくともロイタール一家はすり潰されていただろうけどな……ただ現実が見えている貴族が指揮官だったのなら、まだロイタールの心は多少でも救われる余地はあっただろうさ)」
そしてこうも思う。
シグムントは今の会話を聞いてどう思ったのだろうか、と。
ガイネルとの関係はいずれ破綻すると思われるがいつになるのか。
ストーリー通りに進むのか気になるところだ。
周囲に飛び交っていた怒号や罵声は治まりつつあった。
剣や魔法の音も聞こえない。
戦闘はもう終わりだ。
何ともやるせない戦いだった。
ありがとうございました。
また読みにいらしてください。
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