第17話 王家継室の懐妊
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――聖グローリア暦1328年10月下旬
ゲラエキア王国・王都ゲランネリアに吉報がもたらされた。
カルナック王家のヘイヴォル国王の継室ファルサ・アウラ・カルナックの懐妊である。彼女は国王の正室(ローグ公の姉)の病死に伴い、継室として王家に入った女性であり、セレンティア北東部に領土を持つドレスデン連合王国の王女である。
ドレスデン連合王国は王都ドレスデンの盟主を中心とした独立色の強い貴族諸侯による連合国家だ。その中には12使徒の1人、ガリオン王家も含まれており、その名をジークハルト・ソル・ガリオンと言う。
ちなみに彼の下にはファドラ公爵家の第1公女が嫁いでいる。
「ふぉっふぉっふぉ……此度は真にめでたいことだ。また1人王家を支える者が誕生するのだからな。ロイナスよ、継室の子とは言え、お前の弟妹なのだ。大事にするのだぞ?」
国王たるヘイヴォルが喜びで緩みきった表情で愉快そうに笑っている。
御年72歳で既に老齢の域に達しており、体に震えがきているほどに衰えた彼であるが、まだまだ元気なようだ。
若い頃から体が弱く病気がちであったため晩婚となり、彼の子供は皆、若い。
父親のだらしないほどの表情を見て、王太子であるロイナスも嬉しそうに答えた。
「はい。父上。私も心強く思っております。我が弟たちはきっと私を支えてくれるものと信じております」
ロイナス王太子は現在33歳の英気溢れる後継者であり、黄金竜アウラナーガの血を色濃く受け継いでいる。
宝珠はまだ継承していないが、王国でも屈指の強さを誇り、頭も切れる。
まさに将来を嘱望されている存在であった。
不浄戦争敗北のため、ジーオニア王国の王女と政略結婚しているが子供には恵まれていない。
「ファルサもよくぞやってくれた。感謝するぞ。体を大事にするのだぞ?」
「勿体なきお言葉……必ずや強き御子を産みましょう」
ファルサは目を伏せながらも力強い口調でそう言った。
この部屋は王家の一族が集まる場所であり、今もヘイヴォルの王子や王女たちが顔を揃えている。
カルナック王家の系譜としては、ヘイヴォルの正室で病死したローグ公の姉、継室のファルサ、側室のヴェリタス・ド・カルナックがいる。
側室のヴェリタスはダイダロス公爵家の公女であり、現在、26歳になる第2王子のストルフォ・ド・カルナックと15歳の第3王女のリーゼ・ド・カルナックを産んでいる。一時期のカルナック王家とダイダロス公爵家の折り合いの悪さから彼女とその子息はアウラの号を名乗れなかった。
第2王子のストルフォは、不浄戦争敗北のため、キルギアの王女と政略結婚している。その血脈はカルナック王家とダイダロス公爵家に連なるがどちらの血も薄くしか受け継いでいない。
第3王女のリーゼはまだ若く、王家の血を色濃く受け継ぎ、ダイダロス公爵家の血は薄い。
正室の子は4人。
王太子のロイナスと23歳の第3王子フォロス、そして他国に嫁いだ第1王女と第2王女がいる。
第3王子フォロスは不浄戦争敗北のため、ヴァリス王国の王女と政略結婚している。古代竜への信仰心を持つ敬虔なアングレス教信者であり、王家のとローグ公爵家の血こそ薄いが、有能さを認められてロイナス王太子を補佐する立場に就いている。
第1王女は不浄戦争終結時にヴァリス王国へ嫁ぎ、第2王女はジオーニア王国へ嫁いでおり王国からは既に出ている。
「父上、おめでとうございます。このフォロスもカルナック王家の血に連なる者として兄上を……カルナック王家を支える存在になりましょう」
「うむ……よくぞ申した。今や盟主派はカルディア公爵家のみ……他の公爵家はどうにかして王家の力を削ごうとしてくるであろう。我が血脈は古代竜の盟主、アウラナーガ様だ。これからも盟主たるべく強くあり続ける必要があるのだ」
ヘイヴォルは相変わらず体を震わせながらも、何処にそんな力が残っているのかと言うのほどの覇気を纏い力強い言葉を吐いた。
その言葉を胸に焼き付けて、フォロスは王家のため、ひいては王国のために重大な責務を背負うべく、敢えて言葉にして心に誓う。
「はッ……全てはアルラナーガ様のために! 全てはカルナック王家のために!」
「民も喜んでおりましょう。一部の蜂起で王都の民の不安がっております。此度の知らせは多くの民に活力をもたらすに違いありませぬ!」
そう気楽な口調で言ったのは第2王子のストルフォであった。
王家にとっての喜びと幸せは民にも直結すると考えているのだ。
「ストルフォ……ちと民の心にも目を向けることじゃ……誰しもが歓喜抃舞する訳ではないからのう」
ヘイヴォルは何処か興ざめしたような態度になり、そう言い残すと家臣に支えられて部屋を後にした。
現在は執務のほとんどをロイナスが代行しているため問題はない。
自室に戻って休むのだろう。
「父上は何を言っておられるのだ? 我らは王家の血に連なる者。民は我がことのように喜ぶのは当然ではないか……」
未だヘイヴォルが言いたかったことを理解しきれないストルフォにロイナスは、少し困ったように笑むとストルフォの肩に手をやってジッと目を見つめて諭すように話す。
「違う……違うのだ、ストルフォ。民あっての国だと言うことを忘れるな。民心を無くした国に民は着いては来ない」
「し、しかし我らは古代竜の末裔であ――」
「兄上、お互いがお互いを必要としているのですよ。持ちつ持たれつ……補い合えば良いのです。我々はもっと民に寄り添う必要があるのです」
横からフォロスが口を挟んだが、ストルフォは未だ、あまりピンときていない様子だ。ロイナスはロイナスでヘイヴォルの言葉に対して、違う意味であまり納得がいっていなかった。
50年戦争や不浄戦争を始めとして国のために尽くしてくれている民を蔑ろにしてきたのは現国王であり、父親でもあるヘイヴォルなのだ。
民を見ていない者にそうしろと言われてもロイナスは困惑してしまう。
「(父上も年を召されたようだ……次代に向けて民がもっと希望を持てるような国にしていかねばならない)」
50年戦争、不浄戦争ときて来春にはジャグラート王国遠征が控えている。今回ばかりは国民の徴兵などはない予定だが、もうずっと戦争続きであるのは確か。今でも民が疲弊しているのは、過去の戦争のダメージから立ち直れていないからだろう。
「次の戦争が終わればもう戦う理由はありません。その時こそ国民たちに報いるべきでしょう」
ロイナスの考えを読んだかのようにフォロスが優しげな口調で語りかける。
そうだ。この頼もしい弟妹たちがいる。自分を支えてくれる限りやっていける。
その言葉に勇気づけられて、そんな考えに至ったロイナスは心に掛かった影を振り払い前を向いた。
「ああ、これからは私たちの時代だ」
正直なところ、ジャグラート王国への遠征軍の規模が大き過ぎるような気がするのだが、敵は使徒の1人である。
決して油断できないからこそ、全力で当たるべしとカルディア公を筆頭に皆が同意したのだろう。ならばこのような無益な戦争など速く終結させるべきなのだ。
ロイナスはジャグラート王国のオルドス王と親交があり、彼が人格者であると知っている。恐らく今回の自由都市サマサへの侵攻の発端は家臣による暴走ではないかと考えていた。
それが当たっているならば、ことを荒立てる必要はない。
終結させることは容易だろう。
「とにかく早期の講和になれば良いが……」
今日はせっかくの吉報が舞い込んだのである。
ロイナスは民のため、産まれてくる子のためにもこの王国を立て直し、皆を安んじるのだと心に誓うのであった。
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