第16話 クレイオス・ド・カルディアと言う男
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グラエキア王国の貴族街にあるカルディア公爵家の邸宅において密談が行われていた。
その部屋は昼間だと言うのにカーテンが閉められ薄暗く、少し埃っぽさもあった。
室内には3人の男がおり、2人が即席で用意された椅子に座っている。
もう1人は主たる人物の背後に控えていた。
「ククク……予定通りに事が運んだようですな」
漆黒の法衣を身に纏い頭からスッポリとフードを被っている男がいた。
部屋の暗さよりも昏きその姿はどう見ても漆黒なる大司教と言われる者であった。
「ああ、こちらは問題ない。私に意見するうような者はいないからね」
「それは大層な自信でございますな」
少し嘲るような、何処か煽りを含んだような言葉を吐くその男に主の背後に控える男――クロノス・クロスは不満げな表情になる。
とは言え室内の暗さのせいで誰もその様子に気付かない。
「まぁね。それよりそっちの方も上手くやったようだね。どうやって唆したのかは知らないけど」
漆黒の大司教はジャグラート王国が自由都市サマサに侵攻するように工作を仕掛けていた。
説得するのは何も国王である必要などないのだ。
地方の領主に利を説き、その野心を利用すれば良い。
「カルディア卿こそ流石と言わざるを得ませぬな。実に見事な手腕でございましょう」
「君がやっていることと同じだよ。己が野望を叶えられる状況を作り出してやる。それでメリットを提示してやれば必ず動く。デメリットはない。この国は変えられる。そう思わせれば勝ちだ」
「ククク……良くお分かりではございませぬか。流石は若くして王国を支える王佐の才を持つとまで言われたお方ですな」
「やめろ! 私をその名で呼ぶな! 君の素性は知っている。あまり踏み込み過ぎない方が良い。そのうち火傷を負うことになるぞ」
「そうでしたな……これは失礼を申し上げた。謝罪致しましょう」
少しも悪びれる様子もなく大司教が頭を下げるが、それが形だけなのは一目瞭然であった。
それも当然だったのかも知れない。
彼が人を喰ったような態度を取るのはいつもと変わらないことなのだが、今日は何故かいちいち癇に障る。
「まぁいいさ。それで例の宝珠は見つかったのかな?」
「残念ながら……しかし我々とって長年の悲願。諦められようはずもございません。総力を挙げて捜索しております故、必ず見つけられましょう」
カルディア公は、今のところ別に見つからなくても良いと考えている。
と言うより見つからない方が良いとさえ考えていた。
これには彼の僅かながらの心変わりが影響していた。
それは仄かに灯った希望とも言える。
そもそもカルディア公爵家は王家の守護者として長き刻を共に歩んできた家である。現当主クレイオス・ド・カルディアは18歳で家督を継ぎ15年前の不浄戦争で北方のジオーニア王国、キルギア連合軍を相手に一歩も退かず戦い抜いた強者であった。
職業は狂戦士で、戦場で聖剣ガラルティーンを振るうその戦い振りから多くの諸侯に畏怖され『カルディアの血狂い』と呼ばれたほどである。
現在は結婚して子供にも恵まれたせいか、性格も丸くなって落ち着いたと見られているが実はそうでもない。ただ政治の世界で揉まれたお陰で、大人しく見えているだけで現在でもその鋭い牙は健在だ。
ちなみに野心はない。
子供は第1公子のシリル・ド・カルディアとジオーニア王国に嫁いだ第1公女、第2公女のシルヴィ・ド・カルディアがおり、本人としても幸せであったのだが悲劇は突然やってくる。
公女のシルヴィが不治の病に倒れたのである。
彼女は聖騎士であり、その内に強大な神聖力を秘めていた。
本来ならばそれは大きなアドバンテージ。
悲嘆にくれる必要などない――はずであった。
彼女の身に災禍が振りかかったのは聖グローリア暦1328年4月――帝がレクスに転生した年。
突如としてその身に宿す神聖力が暴走を始めたのだ。
カルディア公は直ぐに薬師や錬金術士に当たり、駄目だと分かるとアングレス教会に協力を要請。更には修道僧の能力や結界士にも助力を頼んだ。
しかし誰もその暴走を止めることは出来ず、唯一結界士の能力のお陰で何とか抑え込めている状況。
そんな絶望に打ちひしがれていた彼の下に1つの情報がもたらされる。
それはカルナック王家の血脈を色濃く継ぐ者のみが行使できる『神気吸収』と言う能力の存在であった。
すぐさまカルディア公は国王ヘルヴォルに救いを求めるが、王家はこれを拒否。
理由はヘイヴォルが高齢のため術の行使に耐えられないとの判断から。
だが王家にはもう1人、血を強く継承している者が存在した。
もちろん第一王子のロイナスである。
当然、カルディア公は食い下がったが聖ガルディア市国(西方教会)とリーン聖教国(東方教会)の両者との対立が激しくなっていた中、切り札でもある『神気吸収』を王家としては温存しておきたいと言うのが本音であった。
この力は神聖系の職業に就く者の力――神聖力を吸い取ると言う黄金竜アウラナーガの特殊能力なのだが如何せんそのリキャストタイムが長かった。
それがカルナック王家が力の行使を躊躇った理由である。
実のところを言えば『神気吸収』を行使しても聖職者たちの神聖力を削ぎ落すことなどあまり期待できないのだが……。
それはレクスくらいしか知らないことだ。
とにかくそんなことがあったせいで唯一の盟主派だったカルディア公爵家はカルナック王家に恨みを持ち距離を取ることとなる。
こうして現在に至ると言う訳である。
「それにしてもだ。王家の世継ぎに色濃い血を宿す者がいたらどうするつもりなのかな?」
「ククク……それこそ愚問ですぞ……黄金竜アウラナーガの力を扱えるのは強く正統な血を継ぐ者のみ。他の王子たちは如何ですかな?」
「ふん。分かっておりながらぬけぬけと言うものだな。第二、第三王子共にその血は薄い。力は使えまいよ」
「まぁ先祖返りを起こす可能性を考慮すれば、忌々しきあの血脈を断絶させるのが最良の方策でしょう」
カルディア公は王家に隠し子がいるのではと考えていたのだが、態々教えてやる義理などない。
むしろ目の前の大司教が暴走した時の保険になると思っている。
そうでなくとも、もしもの時は自分が中心になり、世界中に散った使徒の力を結集して打ち倒せば良い。彼の考えはその程度のもので、娘の危機がその聡明なはずの目を曇らせていることに気付かない。
一方の漆黒の大司教はそのような思惑など簡単に見破っている。
「(ククク……若造風情が。古代竜の力を過信し過ぎなのが理解できぬのか)」
心の中で禍々しいまでの狂気の笑みをこぼすが決してそれを表に出すことはない。
宝珠は現在、国王であるヘルヴォルの体内にある。
つまり王太子であるロイナスはまだ継承していない状態であり、アウラナーガの力は使えない。ヘルヴォルが死んで宝珠が体内から現れ、ロイナスがそれを手にしてようやく力が継承されるのだ。
血が影響するのは継承し行使するための権利を授かることとステータスに古代竜の力が反映されること、伝説の武器などを使いこなせるようになることくらいである。
「(ロイナスに継承されてからでは殺せぬ可能性があるからな。何としても早期にジャグラート王国に攻め込ませる必要がある)」
そんな考えを見通したかのようにカルディア公は目の前の男に釘を刺すことを忘れない。
「言っておくが、私は別に王家の力を断絶させることが目的なのではない。君が望む宝珠を得て新たなる使徒を覚醒させるのは構わないが、王国を好き勝手できるとは思わぬことだ」
「ククク……それはもう理解しております。わしの望みは我らが崇拝せし古代竜の復活のみ。それに全ての使徒に敵対されて生き残れるなど考えてもおりませぬ……」
カルディア公はその不敵な笑みに何処か不気味さを感じるが、王家への恨みからそれに気付かない振りをする。
どうせ力を復活させたとしても大したことはないと高を括っている。
使徒派である5公爵家の目的はあくまでも王家を含む各公爵家の力の均衡を図ることであり王家の断絶ではない。もちろんそこに各公爵家が抱いている野望が絡んでいないとは断言できないのだが。
「(冷静になるべきなのだ……確かに恨みはある。シルヴィが死ねば恐らく俺は自制ができなくなってしまうだろう……しかし……しかしカルナック王家を滅亡させる選択肢は……いや、状況は変わった。微かな希望ができたのだ。今はそれに縋るしかない)」
とにかく時間との勝負であり、後は彼自身の覚悟の問題だ。
カルディア公爵と漆黒の大司教の思惑は交錯し運命の歯車は回り続ける。
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