第15話 ジャグラート王国挙兵
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――聖グローリア暦1328年10月
――ジャグラート王国。
それは使徒の1人が建国した国家の1つでグラエキア王国の西に位置する強者を尊ぶ風土を持っている。国王は古代竜ゲルオグヴァクスの血脈と魔剣メイデンヴァルクスを受け継ぐ。
そのジャグラート王国が突如として挙兵し、南にある自由都市サマサに侵攻した。このことはグラエキア王国内に瞬く間に知れ渡り、決して少なくない動揺をもたらした。
自由都市サマサは王国の友好都市であり交易も盛んである上、在留国民も多かったのだ。そして12使徒の1人が建国したジャグラート王国による侵略。
この機を逃さずして王国内で蜂起が相次いだ。
中でも元義勇兵たちが結社を組織し立ち上がったのも大きい。
王国は内憂外患の状況に陥り苦境に立たされることになる。
―――
――王都グランネリア・王宮・大会議場
グラエキア王国王都の王城内にある大会議場は内政・軍事など様々な案件を多くの貴族諸侯が話し合えるように設計されている。
赤い絨毯が敷かれ、王座を頂点に扇状に長机と座椅子が設置されている。
壁にはマロン派の絵画が飾られ、インテリアとして海外から輸入された陶磁器の壺や彫刻像が置かれており非常に豪奢だけでなく意匠を凝らした造りになっている部屋だ。
その大会議場には多くの貴族たちが集合していた。
王都の貴族街にはほとんどの貴族が邸宅を構えており、自領にいない場合はそこで暮らしているのが普通だ。特に要職に就いている者や内政に携わっている者は、何かあればおっとり刀で駆けつけられる。
「集まったようだね。では状況の説明を頼もうか」
そう切り出したのは6公爵家筆頭であり、王国近衛の立場にあるカルディア公爵家が当主――クレイオス・ド・カルディアであった。
カルナック王家からは国王のヘイヴォルと王太子のロイナスが出席しており、2人がクレイオスの言葉に頷くと進行役の文官が話し始めた。
「ジャグラート王国が挙兵してサマサへ侵攻したのはご存知だと思いますが、具体的には兵を動かしたのは王国南部のカメリア領主のみで兵力はおよそ三○○○と思われます。カメリア軍はサマサで人々を虐殺し略奪の限りを尽くしているようで、伝令から援軍の要請が来ている状況です」
普通なら根回しを終えた後に、当主たちが最終決定を行うのが通例であったが、今回は急な出来事だったために根回しなしの会議が行われることとなった。
「カメリア軍だけだと? となると先鋒なのだろうがシェールグラートから本隊は出ていないのか?」
それを聞いたローグ公が解せないと言った表情で文官へ問い返した。
彼はガチガチの武闘派であることからジャグラート王国が一気呵成に攻め込まない理由が分からなかった。それに攻め込めばグラエキア王国に援軍要請が行くのは確実だろうに。
山脈を挟むものの、ジャグラート王国から一番近い領地を持つのはローグ公爵家である。本来なら領土に戻って軍備を整えたいところだ。
もちろん世界屈指の実力と戦力を有する天龍騎士団が控えているため本人は左程心配はしていないが、動くに動けない理由も存在する。
聖ガルディア市国に属するナヴァール枢機卿の領地への抑えのためだ。
「それは不明です。自由都市リオネス、ダッカスからも援軍の要請が届いております」
「まぁ自由都市の連合体のようなものだからな……危機感を抱いたのだろう」
王国の西に点在する自由都市サマサ、リオネス、ダッカスが蓄えている財力は非常に大きい。それもこれも交易により莫大な利益を上げているからである。
「しかし何故、急に侵攻など……何か予兆はなかったのですかな?」
アドラン公は王家の影〈蜃気楼〉が収集すべき情報を得られなかったことを暗に批難しているのだ。
これに強張った表情で影の長たるウィリアム・キルシュが答える。
彼らの任務は国内外問わず情報を集め、それを精査して内務卿に伝えることだ。
「情報を掴めなかったのは不徳の致すところではありますが、軍を動かす気配すら見られませんでした」
「何? となると兵を分けたか?」
ダイダロス公は訝しげに考えを口にするが、それを知る術はない。
キルシュの言う通り、情報がないため現在は収拾に全力を上げていある状況である。
「ふむ……兵は集まりそうか?」
齢71になる老王が体を震わせながらキルシュに尋ねた。
別に恐怖で震えている訳ではなく、あくまで老齢からくるものである。
ヘイヴォルは既に公務のほとんどを王太子であるロイナスに任せていた。
それほどの体調の悪さであるが使徒派の勢いが強い今、より強い王家――盟主派を印象付けようとしているのだ。
「各地が不安定化しておりますので王家直属騎士団の派兵は必須かと。後は比較的安定している領から出させましょう。状況を鑑みると王都での民兵徴兵は無理かと思われます」
「私は近衛としてカルナック王家を守護する立場にある。王都周辺の守りは我が騎士団で固めよう」
カルディア公は常に国王の側にあり守護する立場を崩さない。
彼が外国に出兵することはほとんどない。
「すぐには動けぬ。しかし牽制するためにもサマサに近い貴族諸侯を自領に戻すべきだ。すぐにラヴァンド卿とダーシュ卿、エズメラルド卿は帰還し兵の準備を整えよ」
名指しされた貴族たちは敬礼すると直ぐに退室して行った。
会議は直ぐに再開される。
「国内の乱れもありますが、これから冬に差し掛かります。サマサは比較的温暖なので大丈夫でしょうがジャグラート地方は雪に覆われるかも知れません」
「なれば派兵するにしても年明けになるな」
「派兵と言っても援軍のみになるのではありませぬか? 冬が到来すればカメリア軍は孤立を恐れて一旦、自領へ戻るでしょうな」
「講和の仲介だけでも良いと思いますがね。国内事情を考えるとそうせざるを得ないのでは?」
グラエキア王国も冬がこれば、ほぼ全域が雪に覆われることになる。
カルディア公は瞑目してジッと会話に耳を傾けていたが、その場に立ち上がって強い言葉で告げた。普段からは考えられないほどに語気が荒い。
「援軍のみなど何をヌルいことを申しているのか? 講和? 有り得ぬよ。これは明らかに我が国に対する挑戦でしょう。事実、我が国の民が虐殺されているのだ! 徹底的な報復――懲罰戦争を行うべきかと考えるが如何か?」
「ですがカルディア卿、アングレス教会がが認めるとは思えませんがその点は如何か? それに動きはないのですか?」
武闘派であり懲罰戦争自体には反対でないバルバストル侯爵が伝えたかったのはアングレス教会の介入と言う懸念のみ。彼の心配は尤もであり、教会が使徒同士の戦争を認めるとは思えなかったからだ。
「動きは見られない。だが一応教会には圧力を掛ける。王都の民はサマサの惨状を知り激昂しているのだ。世論はこちらに味方する方向に動いている。となれば威信低下を避けたい教会は動くに動けぬだろう」
実際はカルディア公が裏で扇動しているのだが、それは誰も知らないことだ。
この場にいる残りの5公爵家当主たちは、目でお互いを牽制しつつも同時に瞳の奥に宿る意志を覗き込もうとする。
発言は慎重に、そして迂闊に言質を取られぬように。
「私は賛成だ。如何に使徒とは言え、奴らはやり過ぎた」
「ふむ。ならば私も賛同しようか」
「よろしい。ならば戦争だ」
ローグ公、ダイダロス公、イグニス公が相次いで同調する。
6公爵家の大半が賛成に回ったことで多くの貴族諸侯たちも賛成に回る。
古代竜の血に連なる者たちの強さは異常のひとことに尽きる。
「戦争は避けたいところですが、我が国の民を虐殺したのは事実……やるならば徹底的にすべきでしょう……私も賛成致そう」
アドラン公も尤もらしい理由を添えて賛成した。
貴族諸侯の視線は残るファドラ公に向けられる。
彼は使徒派の人間であったのでその視線は当然賛成だよなとそう語っている。
穏健派で知られるファドラ公であったが、王家を含めた6公爵家が賛成したとなるとどうすることもできないし、何より唯一の盟主派であるカルディア公がそうすべきだと主張しているのだ。
と言うことは強い王家としての武威を示したいのだろう。
彼はそう考えた。
「私も異論ござらぬ」
最後の1人であったファドラ公がそう言ったことで、最早否定する者などいなかった。
連綿と受け継がれてきた血脈が貴族諸侯を畏怖させる。
この国では使徒は絶対的な力を持っているのである。
「決まりだな。では全力を持って叩き潰すのみ。年明けを待って侵攻を開始する」
カルディア公は目を細めたままでそう言った。
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