第14話 暗躍する漆黒司祭
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――ロストス王国・王都ロストス
ここはゴブリンの王国。
グラエキア王国から北東へ向かった先の大秘境と呼ばれる場所の1部だ。
様々な場所に小規模な集落を作って生活し、人間を見れば襲ってくる魔物として有名である。しかし『セレンティア・サ・ガ』に置いて彼らは決して雑魚ではない。
よく出てくるはぐれのゴブリンは確かに弱い部類には入るものの、人間の手が及ばない秘境に建国されたロスタス王国に暮らす者たちは強兵であった。
そもそも知能からして大違いである。
建国したのは小鬼王ロストス。
彼は突然変異体の特殊個体で、生まれ落ちたその時からゴブリンの貧弱さを強烈なまでに認識していた。知能面から体力面、技術面まで――まるで人間に狩られるために生まれてきたのかと思わされるほどだ。
そんな彼は齢を経るにつれてどのゴブリンよりも巨躯を持ち、武技の腕を磨き続け、またあらゆる事態を想定して常に思考し続けてきた。
そんな訳で彼が集落の長になるのは然して時間を要しなかった。
魔物は実力が全てであり、ある意味自然の摂理と言える。
ゴブリンとして超越者とまでなったロストスであったが、流石に彼以外の同胞は依然として貧弱で人間やオーガなどの強力な魔物には勝てず、若い頃は敗退に敗退を重ねた。個としての力なら決して負けることはなかったが、集団になると彼の優れた統率力も同胞には理解できずうまく発揮されることが出来ずにいたのだ。
彼が誕生した地はグラエキア王国王都グランネリアから南西に位置する精霊の森。王国貴族、ヴィルヌーヴ侯爵領であった。
いくら堕ちた精霊と言われようとも、かつての精霊の末裔であることには変わりない。しかし精霊の森で生き抜くことの難しさを悟ったロストスは同胞を連れて一路東へと向かう。
生まれ故郷を捨てざるを得ない屈辱に苛まれることもあったが、小鬼族の種の存続と言う至上命題の前では些事にしか過ぎなかった。やがて東の秘境と呼ばれし領域に到達した時には、同胞はかなりの数まで減っていた。
ロストスは自分の種を雌にバラ撒くことで小鬼族と言う種を繁栄させる手段を取った。元々、繁殖力だけは高いゴブリンである。
たちまちその数を増やし、セレンティア東部で一大勢力を築くまでに成長することとなった。
そして建国。
ロストスは小鬼王となり、王国を率いる唯一無二の存在となる。
その超越した強さを引き継いだ個体も数多く生まれ、現在では亜人国家の中でも無視できない勢力にまで大きくなっている。
彼の齢は250歳を超え、治世は200年以上に渡る。
そんな彼の目の前に漆黒のローブを纏った人間が1人跪いていた。
さながら漆黒の司祭と言ったところか。
「ロストス王陛下……此度はお目通りが叶い恐悦至極でございます」
言葉は丁寧だが何処か不遜な態度が見え隠れしているがそれを咎める者はいない。今、謁見の間には2人きりだからだ。
「そんな前置きはいらん。お前が来るのももう何度目になるか。どうせいつもの話なのだろう?」
「そうですな……ご慧眼でございます……ふふふ……」
いつもの話だと言うことくらい馬鹿でも分かる。
それを慧眼とは馬鹿にしているのかと若干の腹立たしさを覚えるが、目の前の男は毎回掴みどころがない様子で何とも強く出られずにいた。
その力の根源が分からないと言う不気味さがあったためでもある。
「ふん。どうせグラエキアへ攻め込めと申すのだろう? いつものことだ」
「本日は吉報をお持ち致しました。是非、お耳を拝借したく存じます……ふふふ……」
「吉報だと……?」
男は不敵な笑みを浮かべるばかりで、感情がいまいち読み取れない。
相変わらず不気味な人間だとロストスは話すように促した。
「間もなくジャグラート王国が自由都市サマサへ侵攻致します……彼の国はグラエキア王国の友好都市。必ずや援軍を送りましょう……いや懲罰軍と言った方がよろしいでしょうか……」
「お前の言いたいことは理解した。その背後を我々に突けと言いたいのだな?」
「理解が速くて助かりまする……ふふふ……」
男の思惑は分かるのだが、果たして本当にそうなるのかロストスは懐疑的であった。
「例え軍を派遣しても国が空になる訳ではあるまい。我は我が種族の安寧を願っている。危険なことをする気などさらさらない」
「いえ、必ずやグラエキア王国は国の総力を挙げてジャグラート王国へ侵攻致します。何と言っても使徒が建国した王国ですからな……ふふふ……」
ロストスは謁見時にもかかわらずローブのフードすら取らない男をよくよく観察する。目を見れば何かが分かるかも知れない。
「信頼されたければ、まずそのフードを取ってみせよ」
ゴブリンとは言え、一大強国を作り上げた王である。
その命令は絶対である、はずであった。
「ふふふ……我らが漆黒教団は秘なる組織……この怪しさをコンセプト――自負としております……それ故、ご要望には応えられぬかと……」
怪しさを自負って何だ?とロストスは一瞬考えるが、目の前の男が理解不能の存在であることくらいは分かっている。
すぐに思考を放棄して好きなようにさせることにした。
「まぁ良い。王国は全力で当たると言う訳か。それで我に何を望む」
「手始めに一番近いロンメル男爵領に攻め入って頂きたい。後は空なった王国を蹂躙すればよいでしょう」
「しかし古代竜の力を持つ者がいれば我らとて苦戦は免れないだろう。それに見合うものがあるとでも言うのか?」
「心配はございません……領都に残るのは使徒の子女のみ、宝珠がなければ如何に古代竜の血を引く者たちとは言えど貴方様に勝てる者などおりますまい……」
ロストスは古代竜の血に連なる者の力でも倒すのが難しいレベルのゴブリンだ。
しかし人間が結託してロストス王国を滅ぼそうと本格的に力を入れた場合、滅亡は必至。逆に言えばまとまってさえいなければ、各個撃破していくことは可能とも言える。
「ふん。人間同士で争うなど愚かな行為だ。我には到底理解などできん」
「我々にも都合と言うものがあります故……ふふふ……」
「よかろう。だがすぐには兵は挙げん。様子を見させてもらうぞ」
「それが良いかと存じます。ですがあの国はいずれ崩壊致しますぞ。速く動かねば他国の草刈り場と化すでしょうな……」
言うだけ言って漆黒なる男は謁見の間を辞した。
後に残るはロストスのみ。
「裏で動いている奴が多過ぎる。世界変革の刻なのか……?」
小鬼族だけが世界の流れに乗り遅れることは出来ない。
時代の潮流を読み誤らないようにせねばならない。
そう強く認識させられたロストスは暮れなずむ夕日を傍目に自室へと戻っていった。
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