第12話 ローグ公の陰謀
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グラエキア王国の王都グランネリアにある貴族街。
そこに築かれたローグ公爵の大邸宅にて密かな計画が進められていた。
軍議部屋には3人の男がおり、何やら話し合っている。
言わずと知れたこの邸宅の主、ゲシュタン・ド・ローグ公爵。
そして彼の忠実なる配下であり、強大な力を持ち名高い名声を誇る天龍騎士団を率いる者――グレイテス・ド・イヴェール伯爵だ。
ローグ公の姉を娶っているため、彼の子息たち、つまりイヴェール伯爵家の者たちには大貴族たるローグ公爵家の血が流れている。
優秀な指揮官にして古今無双の武力をも兼ね備える武人であり、民に寄り添い、家族に対して深い愛情を持つ完璧超人であった。
更にローグ公の子息であり第2公子のマクシマムもいる。
歳は22、ローグ公に宿る古代竜の血を色濃く受け継いでおり、第1公子を差し置いて後継ぎと目されている存在だ。温厚そうな父に似ず野性的な雰囲気を漂わせており、女性からの受けが良く、多くの浮き名が流れている。
ローグ公が上座の椅子に座り、腹心であるグレイテスに尋ねた。
「グレイテスよ、例の計画はどうなっておる?」
「上手く潜り込むことができました。ご継室の近衛として登用されましたからな。後は彼女の行動次第ではありますが」
畏まってそう答えるグレイテスに対して、マクシマムは大仰な態度で鼻を鳴らした。自己肯定感が高く、自らに強いプライドがあるようで言動の節々に自信が垣間見える。
「父上よ、俺が動くのだ。当然の話よ。これまでは距離を近づけるべく動いてきた。抜かりはありませぬよ」
「うむ……期待している。まず親密になることを第1に考えよ。まぁ失敗しても他の駒を用意するがな。だが血が入るのと入らぬのとでは違うのだ。理解できるな?」
「……は!」
継室はカルナック王家のヘイヴォル王の正室が亡くなったため、新しく入ったドレスデン連合王国のファルサ王女である。
王家に嫁いだため、現在の名前はファルサ・アウラ・カルナックと言う。
ちなみにヘイヴォル王の正室はローグ公の姉であり、カルナック王家のロイナス王太子と第3王子を産んでいる。
つまりカルナック王家の正室の子であるロイナス王太子たちと、イヴェール伯爵家の子息たちは従兄弟同士と言うことになる。
「ローグ公爵閣下、全てはマクシマム様の御力故にございます。私はその手助けをしたに過ぎませぬ」
武門の家とは言え、貴族社会で生き抜いてきた男だ。
グレイテスもこれくらいのことは平然とやってのける。
しかしローグ公から掛けられた言葉は、あまり感情の籠っていない冷淡にも聞こえるものであった。
「マクシマム、そなただけの力ではない。天龍騎士団の100人隊長だと言う箔が付けたからこそ推薦が通ったのだ。そのことを忘れるな」
「……は」
マクシマムの表情が若干だが強張る。
誰にも気付かれない程度のほんの僅かなもの。
だが、それを目聡く見抜いたグレイテスは彼をフォローするために口を開いた。
「ローグ公爵閣下、マクシマム様は非常に優秀ですし、よくやっておられます。此度の計画も必ずや満足の行く結果となりましょう」
「そうだな……少し神経質になっていたようだ。許せ。マクシマム」
「滅相もございません」
マクシマムは恭しく頭を下げる。
今は我慢していれば良い。
雌伏の刻なのだと彼は自分に言い聞かせていた。
兄であるデニアエルはローグの血が薄く、とても嫡男になり得ない。
後は弟のアストルだが、継承順位と慣例から考えると順当にいけば後継者はマクシマムになるだろう。彼には兄にも弟にも負けていないと言う強烈な自負があった。
「それでもう1つの件はどうなっておるのだ?」
貴族たる者、謀略の1つや2つ、いやそれ以上を並行して進めるのが普通である。
それが王国で確固たる地位を築くことに繋がり、権力を握ることとなるのだ。
ローグ公は盟主派で6使徒筆頭を名乗るカルディア公が嫌いだった。
主導権を握るのは俺だと言う考えが頭の中にある。
「そちらも継続しておりますが、中々効果が現れませんな」
先程とは違い、渋面になり苦々しい口調で答えるグレイテス。
「毒見役を取り込んだのだろう? それでは上手く盛れぬのではないか?」
「それに加えて、専属の侍女も買収済みです。ですが遅行性の毒ですからな……いつ?と言われても正直なところ分からないとしか言えません」
毒見役に実行させることに不安を抱いたローグ公であったが、信頼する腹心の言葉を聞いて少しだけ心が楽になる。
気休め程度だが、それだけグレイテスの言葉は重いのだ。
信頼の証とも言える。
「遅行性の毒か……まぁ気長に待つしかないな……」
「待つことも必要かと」
「だが何とかカルディアの若造が謀っている策に便乗したいところだ。できれば同時期か、それより少し後になるのが1番良いだろうな」
「マクシマム様の件とも関わってきますので、後は運を天に任せる外ありません」
直接手を下す訳にも行かないのだ。
じっくりと腰を落ち着かせて我慢する時も必要である。
「焦りは禁物だ……このまま様子見だな。後は私に付く者を増やしていくのみよ」
ローグ公はそう言うと不敵な笑みを浮かべた。
◆ ◆ ◆
退出したマクシマムは自室に戻るべく豪華に装飾された通路を歩いていた。
いつも通り風を切って威風堂々と歩く姿はとても様になっている。
「兄上ではありませんか。王城におられるのかと思っておりました」
出会ったのはマクシマムの弟、アストルであった。
17歳にして早くも天賦の才を見せる神童であり、その上、品行方正。
「なんだ、アストル。俺には会いたくなかったと言うことか?」
「いえ、決してそのようなことは……兄上を拒む者など何処におりましょうか?」
慌てた様子でアストルが否定する。
頭はキレるが激しやすいマクシマムを刺激するのは愚の骨頂だと誰もが理解している。それにアストルは別に兄のことが嫌いな訳ではない。
「ふん……お前は息災なようだな。機嫌もいいようだし何か慶事でもあったのか?」
「はい! 兄上もお元気なようで何よりです。それにご継室の近衛にまで出世されたのです。これが慶事と言わずして何を慶事と呼ぶのです!」
「俺は俺でやっている。近衛程度で満足などしておらんよ」
マクシマムの野望は本物だ。
父である現当主、ゲシュタン・ド・ローグにも負けず劣らず大望を抱いている。
「分かっております。ローグ公爵家の正統な後継者として励んでおられるのでしょう」
アストルは例の計画には加担していない。
現在、ローグ公爵家内は第2公子であるマクシマム派と第3公子のアストル派に分かれて水面下で争っている。
肝心の本人たちは関わっていないので蚊帳の外なのだが、思うところはある。
「ああ、俺はもっと上に行く。お前も励め」
「はい! 兄上」
その気がなくとも周囲から比較されてしまえば、嫌でも意識してしまうもの。
マクシマムは秘密の計画に絡んでいない――否、絡ませてもらえないアストルに優越感を抱いていた。
家臣たちの派閥争いなど所詮はお遊びのようなもの。
「ではな、アストル」
「はい! 兄上もご無理をなさらぬよう!」
大丈夫だ。俺はリードしている。背後を気にする必要などない。
マクシマムは自分にそう言い聞かせながらアストルと別れ自室へと戻っていった。
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