第10話 レクス、探求者登録をする
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聖グローリア暦1328年9月下旬――
レクスはようやく誕生日を迎えた。
待ちに待った瞬間に柄にもなく嬉しさと期待で胸が一杯になってしまった。
やれることが増えるよ!
やったねレクスちゃん!
停学5か月を宣告され、落ち込むどころか時間ができて、子供のようにはしゃぐレクス。どうせ小等部では第3位階魔法までしか魔法陣を習えないし、授業も簡単なものなので出るだけ無駄なのだ。
ここは割り切って剣の修行や探求者活動、コネクション作り、イベント回収などに費やそうと思う。
今日はすぐに探求者ギルドへ向かい登録を行う予定だったのだが、学園が休みだったせいでミレアに捕まってしまった。
彼女の隣には先日紹介されたマールと言う少女も一緒にいる。
相変わらず眠たそうでゆるふわ可愛い系のままだ。
「レクス、今日がお休みで良かったね……誕生日は私たちがちゃんと祝ってあげるからね……」
「哀れなものを見るような目をするなッ! 俺は別に寂しくなんかないんだからなッ!!」
「マール……これがツンデレってヤツなんだよ」
「違ぇーよ!!」
レクスが教えた言葉をしっかりと覚えているようだ。
と言うか微妙に違っているような気がしないでもないが……。
その調子で授業内容も頑張って覚えて欲しいところである。
心なしかマールが彼を見る目がジト目になっている気がする。
「やっと12歳なのねぇ……」
「これで大人の仲間入りだな。何でもできるぜ」
「結婚はできないじゃない。確か15歳からでしょう?」
「そこはまだ興味がないからいいよ。んなことより――」
気が急いているレクスが探求者ギルドへ足を向けようとするが、その襟首をホーリィにむんずと掴まれる。
離して欲しいものだ。
今の俺の行く道を遮るならば例え神様でも許さん。
俺は急いでんだよ!と言う心の叫びが現実のものになろうとしたその時、ホーリィが戯言を吐いた。
「私はレクスに興味があるわよぉ…アナタと付き合うことはできないけどねぇ」
「はい? 付き合う? 誰と誰が?」
聞き捨てならない言葉に、意味が理解できずにいると彼女がからかうように言った。
「私とアナタがよぉ……」
「こんなロリババアと誰が付き合うんだよボソッ」
あまりに現実味に乏しい言葉にレクスは一笑に付す。
だが流石に怖いので小声でボソッと呟く程度に留めたレクスであったが、どうやら目の前の亜神は地獄耳を持っていたようだ。
「あらぁ……それ、どう言う意味かしらぁ……」
怖い。亜神怖い。
ドスの利いた声だがその顔は満面の笑みで彩られている。
「あーえっと小さな……幼い……でも年齢は上みたいな感じです」
「この私にぃ嘘なんて良い度胸してるじゃないぃ!!」
「何で意味知ってんだよ!」
「ミレアから聞いたのよぉ」
一体どんな経緯があれば、そんな言葉を教えることに繋がるのか気になるところだ。ホーリィをどうにかしようとしても無理なのは分かりきっているので、代わりにミレアを処そうとする。だが掴まれた襟がレクスの行動を阻害する。
「おいミレア! チクってんじゃねーよ!」
「自業自得だよね~!」
「おまッ……覚えてろよ!」
レクスが動けないのを良いことに増々調子に乗るミレア。
それを見て冷笑するマール。
だが今日のレクスは一味違った。
その探求者への渇望はプライドをも捨てさせたのだ。
「ごめんなさい。僕が間違ってました」
神妙な態度で誠意を見せるとホーリィとミレアが悪そうな笑みを浮かべる。
とことん付け入る気の目だ。
何か集られそうなのだが、今日はレクスの誕生日だと本当に理解しているのか。
しばらくワチャワチャとしていたのだが全て刻が解決してくれたようだ。
そんな訳でレクスはようやく念願の探求者ギルドを手に入れたぞ!
ではなく探求者ギルドにやってきた。
当然だが、以前訪れた時と全く変わっていない。
カウンターでは探求者たちが依頼状を持って受付嬢と話しているし、飲食スペースでは既に出来あがっている呑兵衛たちが多数存在しており喧騒が絶える気配はない。
取り敢えず、貯めていたお金で登録料を支払うとすぐに登録の流れに移る。
ちなみに大銅貨3枚――3000ゴルである。
受付嬢はベティと言う女性で懇切丁寧に規則や注意点、昇級についてなどを教えてくれた。暗黙のルールもあるらしく魔物を他の探求者が狩っている時に横から掻っ攫うのは駄目らしい。
要は横殴りするなと言うことだ。
この設定はレクスも知らなかったので驚いた。
開発陣は結構な細部まで作り込んでいるのかも知れない。
もしかするとSNSや雑誌の対談などで明かされた設定もあるのならそれも世界に反映されている可能性がある。できる限りの情報を追って来た自負は持っているが、それでも全てカバーしているとは思えないので注意が必要だ。
探求者のランクなどはゲームと同様に上からオリハルコン、アダマンタイト、ミスリル、プラチナ、ゴールド、シルバー、アイアン、ブロンズであった。
一応、ゲームに出てくる探求者もランクで強さが推し測れたので、この世界でも目安にはできるだろう。
しばらく依頼状の掲示板に張り出されているものを見て回ったが、こちらもサブイベントでこなした内容に酷似しているものは存在した。
だが初めて目にするようなものも多く、イベントギルド設立のための資金になりそうだ。とは言え、あまり遊んでばかりはいられないので世界情勢に関わってくる依頼も受けていく必要があるだろう。
期待しながら見ていたら目的の依頼状もあったので少し安心するレクス。
それは比較的容易に職業点を稼いで熟練度を上げられると言うものだ。
この世界ではゲームと違い、実際に鍛錬して強くなることが可能になっている。
不可視ながらステータスが絡んでくるのは間違いないが、事実、レクスは暗黒導士にしては無類の力強さと俊敏性を兼ね備えており、魔導士にして剣士と言える状態にある。
早速、お金になりそうな依頼状を選んで休憩スペースでミレアたちと話し合っていると、早速テンプレな出来事が起こる。
「おうおう、オメーら新人だな? 登録ほやほやで舞い上がっちゃってまぁ……ふはははは!」
「何だぁ? 先輩が色々と教えてやろうてぇのに無視か? そんな装備で大丈夫か!?」
「っておい! 登録したのは男のガキだけかよ。しかもその格好は魔導士か? まさかの1人かよ! 組む仲間もいねぇのかよ! がはははは!」
ホーリィはもちろんだが、ミレアはお金の持ち合わせがなくて登録しなかったのだ。
それもこれも日頃から食べ歩きをしているせいだ。
それはさて置き、無頼者をどうしたものかとレクスは考えたが、スルーすることにした。こう言う手合いは無視して、それでも絡んでくるようなら丁重な姿勢でお帰り頂くのが一番なのだ。
取り敢えず「大丈夫だ、問題ない」と答えたい欲求に駆られたが何とか踏みとどまる。
そして一言。
「あ、そう言うのいいんで」
「あああーーーん? 死んだぞテメー!」
「俺がシルバー級だと知っての態度か? 俺も舐められたモンだぜ……」
「ヒャッハー!! 悪い新人は消毒だぁぁぁ!!」
想像の遥か斜め上を軽く超えて来たな。
完全に悦に入っているし、テンプレ過ぎて笑いを堪えるので大変だ。
まさかのイベントキャラかと思うほどの衝撃である。
「(だ、駄目だ……まだ笑うな……堪えるんだ……し……しかし……)」
何とか自身を制御することに成功したレクスは次の行動に移ることにした。
丁重な態度でお帰り頂く作戦である。
ホーリィはともかく、この場にはミレアとマールもいる。
無益な争いはすべきではない。
「いやぁ、ご心配ありがとうございます。最初は1人で頑張ってみようと思うんで、次の機会にでもアドバイス頂ければと……」
「はははッ……このガキ、虚仮にされても悔しくねぇのかよ!」
「お前は本当に男なのか!? この玉無し野郎がッ!」
「探求者の風上にも置けねぇな!! お嬢ちゃんたち、俺らと遊ばなーい?」
こんな安い挑発に乗って暴れるのは子供のすることだ。
女子の前で格好をつけて暴力沙汰になっても引かれるだけだからね。
現実は喧嘩して相手をボコったところで良いことなんて何もないから勘違いしないように。
実際にミレアとマールは大男に絡まれて委縮してしまっている。
彼女たちはまだ12歳なのだ。
こいつらロリ野郎なのかな?
「新人のお願いです。取り敢えず絡むの止めてもらえますかね?」
正直、レクス自身が貶められようが、からかわれようがそれは別に構わない。
レクスが我慢しないとしたらそれは――
「お嬢ちゃん、こっちへ来な! 良いとこ連れてってやるからよぉ」
「そんな情けねぇ男はほっといて俺と遊ぼうや!」
「ほら、来いって言ってんだろ!」
探求者の1人がミレアの腕を強引に掴むと無理やり立ち上がらせる。
その他の男たちもレクスを無視してホーリィとマールにちょっかいを掛け始めた。ホーリィもそろそろ限界らしく超大剣を抜きかけている。
それはこう言う時――
レクスは立ち上がると男の背後から股間を思い切り蹴り上げる。
激痛でうずくまる男。
それを見て残る2人が臨戦態勢にはいるも、レクスはすぐに彼らの前に立ち塞がった。右手で右側の男の首元を、左手で左側の男の襟を取ると持ち上げる。
様子を窺っていた周囲の者たちがざわめいた。
せいぜい160センチほどの少年が凶悪な面構えの大柄な男たちの体を持ち上げているのだ。
それも片手一本で。
レクスによって吊り下げられた男たちの顔色がどんどん悪くなっていく。
口から泡が噴き出し始めると、お互いの頭を思い切りぶつける。
そして更に頭を掴み直すとそれをテーブルに叩きつけた。
かなりの大きな音を立ててテーブルは真っ二つに割れ、後には気絶してゴミと化したモノだけが残る。
周囲の視線がレクスに集中するが、そんなことはどうでも良い。
「おい、ミレア。大丈夫か?」
「あ、うん……」
何故かポカンと呆けたような顔をしてミレアはレクスを見つめている。
彼女の様子から問題ないと判断した彼は残る2人にも声を掛けた。
「ホーリィ聖下とマールも大丈夫か?」
「私は大丈夫よぉ。もう少しアナタの攻撃が遅かったら私がやってたわぁ……」
「大丈夫です。ありがとうございます」
ホーリィは相変わらずだし、マールは少々驚いた様子だ。
今まで無表情しか見たことがなかったので、レクスはこんな表情もするのかと意外に思った。
さてどうしようかと考えているところに、ギルドマスターと受付嬢が慌ててやってきた。レクスは正直遅すぎだろと思いつつ、色々聞かれるのも面倒だなと考えていると、全てを目撃していた探求者たちがフォローに駆け付けて色々と証言をしてくれた。
お陰ですぐに解放されたのだが、何故か探求者たちは皆、友好的だったしギルド職員たちも気にしないようにと言ってきた。むしろ止められなかったことを謝罪されて、今後も頑張れと励まされたくらいである。
周囲で見ていた者たちは、単にレクスから発せられる雰囲気に圧倒されて動けなかっただけなのだが、それを知る由もない。
その後、レクスたちは家路についたのだが、ほろ苦い探求者デビューとなった1日であった。
また読みにいらしてください。
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