第7話 裏取引(脅迫)
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「じゃあ、こっちの話からしよっか。すぐに終わるからねー」
ヒナノの口調からすると思っていたより重要な話ではない?
すぐに終わる?
などと思ったレクスであったが予想はすぐに裏切られた。
「えっと……キミが春頃に懲らしめちゃった貴族がいたと思うんだけどね。なんか親に泣きついたらしいのよ。それで問題になってるってワケ。OK?」
「あッはい」
つい脊椎反射で返事をしてしまった。
泣きついた?
貴族が?
レクスの頭の中に疑問の渦が巻き起こる。
「えっと誰でしたでしょうか……?」
「ハハッ……ウケる。貴族は貴族だよー。名前はえーっとバウアー・ド・オドランくんとリチャード・ド・ネスフェタスくんだね。中等部の子」
一体何が面白いのかヒナノは満面の笑顔で言い放つ。
それを聞いてようやく思い出したレクスであったが、貴族の癖に親に泣きつくとは……と情けなさと呆れが先にくる。
「ああ……そう言えば……」
「オドラン伯爵家とネフェリタス子爵家からキミを罰しろってさ。あーしとしては子供の喧嘩だろと思うんだけどねー」
ヒナノの気楽な雰囲気に騙されていたが、これはマズいのでは?
とレクスの頭はようやく正常に回り始める。
貴族は平民の命など家畜以下にしか見ていない。
代わりはいくらでもいると考えている節がある。
下手をすると虫ケラ以下の可能性すら考えられる。
「まさか、首斬られるとか……?」
「あははは! 有り得ないよー。たかが喧嘩だから穏便に済ませたいと思ってる。でもねーあっちにも面子ってものがあるからね。何たって貴族だし」
「そうなんだよ。私としても後ろ盾になるって約束しちゃったこともあるし、何とかしたいと思ってるんだ。でも宥めるのも結構難しいんだよ」
一笑に付すヒナノと苦笑いのテレジア。
「そこでレクス君にちょっとばかり話を教えてもらえればなぁって思っててね」
「そーそー。なる! 何とか!」
テレジアの意味ありげな言葉から何となく察するレクス。
要は以前にした話をもっと詳しく教えろと言うことだ。
「ちなみに応じなかったらどうなるんですかね?」
「あーしは悲しいよ……」
「深淵を知る機会が失われようとしている……」
2人は共に沈痛な面持ちに変わる。
その息はぴったりだ。
ああそう……。
レクスの心は凪いでいた。
「はぁ……分かりました。分かりましたよ……」
ガックリと肩を落としつつレクスはどこまでどんな話を聞かれるのか、語るべきは何なのか思考をフル回転させる。いい歳した大人が子供相手に見っともないとは思ったが、よくよく考えると自分の方が上だと気付く。
「OK! 交渉成立だねー! 悲劇は起こらなかったんだね!」
「ふふふ……私は全てを知る者……」
「(はは……こいつら仲良いなぁ……流石は相弟子だよ!)」
レクスが項垂れているにもかかわらず容赦なくテレジアは聞いてくる。
「じゃあ、教えてもらおうかな? 君は何者なんだい?」
「私はガルヴィッシュ家が長男――」
「あーそう言うのはいいからさー。ねッ?」
いきなり喰い気味に割り込まれる言葉。
最初から飛ばしてるぜ。
「実は私の精霊獣に君を見張ってもらってたんだよね。だから最近のことは全部分かるよ」
「ぜ、全部とは……?」
「そのままの意味だよ。スターナ村襲撃から堕ちた聖者ジャンヌとの戦闘、そして竜神裁判。王都へ。全部ね」
「ええ……」
流石のこれにはドン引きするレクス。
こいつら黒過ぎやろ……。
もう乾いた笑いしか出てこない。
「見てたんなら竜神裁判で証言してくださいよ……どうなるかまだ分からないんですから」
「うんうん。大変だったみたいだね?」
「大変だったみたいだね?じゃねぇぇぇぇ!!」
レクスの心の叫びは最早、心の叫びではなくなっていた。
「おーいいねーその調子で本性見せたらいいよ。大人しくしてるのも大変だったんじゃない? だから急に変わったんでしょ?」
「いや、多分振りじゃなくて本当に中身が代わったんだってば」
「そうだっけ? そうだとしたらとんでもないことだよね? これは歴史に名を残す大事件だよー?」
2人のボルテージが段々と上がっていくのがよく分かる。
確かに信じられないだろうなと思うが、それはレクス本人が一番そう感じていることだ。
好奇心に満ちた視線が彼を射抜く。
速く言え!吐いて楽になれ!と言われているようだ。
だがそのお気楽そうな物言いには苛立ちさえ覚える。
とは言え、テレジアに見抜かれた上、このヒナノはかなりの使い手だ。
もう覚悟せざるを得ない。そう自分を納得させる。
「チッ……しゃーないか。俺はスターナ村の暗黒導士、レクス。父親はテッド、母親はリリアナ、妹はリリス。これは動かしようのない厳然たる事実」
「あのね、レクス君――」
「いいんだよ。それが彼の中では確かなんだろうから」
滅多なことでは舌打ちなどしないレクスが覚悟して吐いた言葉は重い。
それに気付いたヒナノがテレジアを止めたのだ。
「俺が今から話すことはある意味異端だ。秘密の共有はあんたらだけに留めて欲しい。そいつが確約されないなら俺は何も話す気はない」
有無を言わせぬ強い言葉に初めて2人は怯んだような様子を見せたが、お互いに目をやって頷き合う。
「分かったわ。あーしは古代神の名に賭けて誓う」
「ふう……私も誓おう。精霊神の名に賭けて」
テレジアは約束を破ってヒナノに相談した。
だが彼女の立場上仕方がなかったのかも知れない。
葛藤はある。ないと言えば嘘になる。
ほぼ初対面に等しい2人がどう出るかは設定からしか判断できないのだ。
下手をすれば捕らわれの身となり、いいように使われるだけの駒となるだろう。
特にヒナノは好奇心の塊であり天下が認める鬼才。
設定資料は頭に入っていても行動が読める訳ではないし、絶対と言うものなどない。
それに問題もある。
この流れで話すことになるのは不本意だがヒナノの兄がレア職業の預言者なのだ。しかも過度のシスコンだと言う設定がある。
レクスの身に起きた異変を察知できるだけの能力を持つテレジアに疑惑を持たれた時点で詰んでいた。先程の時点で誓いを立てさせなければ彼女から情報が洩れ、ヒナノ以外にもレクスが異世界人だとバレる可能性が高かった。
『セレンティア・サ・ガ』の世界では誓約は特別な意味を持つ。
迂闊に自身の信仰する神の名において誓約してしまえば、最悪呪いを受けて死んでしまう可能性すらあるのだ。
故に誓わせた。これでレクスや家族――身内に危険が及ぶ可能性は低くなる。
それでも迷ってしまう。
決して短くない刻が流れる。
レクスはバラすつもりなど毛頭なかったし、バレるとしてもまだまだ先のことだと考えていた。
考えは堂々巡りで時間の感覚が麻痺している。
背中を緊張性の汗が伝う。
しかし――選択肢はない。
レクスは無限にも思える刻を経て重い口を開いた。
覚悟を持って。
「俺はとある世界からの転生者だ」
「は……?」
「転……生者……?」
2人は思考が追いつかなかったらしく、すぐに言葉が出てこない。
やっと口からついて出たそれには驚愕……と言うより困惑の色が交じっていた。
「それが本当なら……君は新しい使徒なのかも知れないな」
「だとしたらキミに与えられた使命はなんなんだろーね」
「そんなことは俺にも分からないですよ」
即答するレクスにテレジアが問う。
「私は精霊神様より神託を得て、いずれ世界に振りかかる災厄の存在を知った。君は以前言ったとことを覚えているかな? 君はお告げを受けたと口にしたけどその後が問題。絶対神ガトゥと言う存在など私もヒナっちも知らない。と言うことは恐らく誰も知らないと言っても過言ではない。そういうことなのさ」
レクスは以前のテレジアとの会話で絶対神ガトゥからお告げを受けたと言ったことを忘れていた。と言うより言ったつもりもなかった。
何故ならこの世界のことを誰よりも知る彼の中では最上位の神はガトゥであり、その時は無意識の内に口にしていたからだ。
「ふむ。この世界を創造した絶対の存在はガトゥで間違いなく、職業制度や技能を創造し世界の理を定めたのもそうだ。無意識に言っていたみたいだからそれは教えておこうか」
「それを知っていると言うことは君が異世界転生者であるからなのかな?」
「その通りだ」
「じゃあ、古代神様の存在はどうなるの? あーしとしてはそこが気になるんだけど?」
「古代神は絶対神が創造した神の1柱に過ぎない」
馬鹿正直に全ての真実を話す必要はない。
古代神を信仰するヒナノにはこの程度の回答でも良いだろうと判断するレクス。
「古代竜の存在はどうなのかな?」
「古代竜たちは所詮、虚界と言う別世界から呼び出された存在で神格化されてはいるが、別に神と言う訳ではない。古代から悠久の刻を生きる竜であるとしか言えないな」
アングレス教会が聞いたらブチぎれそうなことをレクスは平然と言ってのける。
テレジアは確かにこれを言えば異端とされることを理解したのか、何度も頷きながら何かを考えている。
「古代神様の存在はどうなの? 絶対神がガトゥと言うなら古代神様は何に当たるのさー?」
「……古代神は絶対神を弑した存在。成り代わったもの。そもそも力の根源が違う」
流石に先程の言葉では納得してくれなかったようでヒナノには真実を更にひとつまみ。これで彼女の信仰が揺らぐのかは読めない。
「疑問は尽きないだろうが、大事なのはそこじゃない。このまま行けば死ぬぞ。あんたらは」
レクスは延々と質問に答え続けるつもりなどなかったので爆弾を投下した。
彼女たちは別の神の使徒の手に掛かり死ぬ可能性が高い。
特にテレジアが。
『ッ……!?』
2人は予想外のことに絶句する。
自分たちがストーリーで踊る役者の一部だとは気付いていなかったのだ。
世界の行く末を案じているようで、心の何処かではあくまで他人事だと考えていたのだろう。
「それを回避する手段はあるの? あーしたちはまだまだ死ぬ気なんてないんだけど?」
「心配はない。まぁそこは追々考えていきましょうか。それより貴族からの圧力からは護ってもらえるのか?」
「それよりとは随分な言い様だね……分かったよ。その件は尽力させてもらう。恐らく君は停学程度の扱いで済むはずだよ」
「キミは中等部に進むつもりなんでしょ? と言うかそうした方がいいし、是非そうしてもらいたいねー。世界のためにコネクションを作って欲しいからねー。ま、今の成績から見ても異世界人である観点からもキミなら楽勝でしょ?」
得よりも損の方が大きいが止むを得なかったと割り切るしかない。
いくら知識があっても圧倒的な武力を持たない今は権力には屈する他ない。
何より家族を身内を、そして自分すら護れないから。
「分かりましたよ。それじゃあお願いしますね。では今日のところはこれにて失礼します」
一転してにこやかな笑みを浮かべるレクス。
面倒なことになったと言う思いしかない。
必要があれば干渉する気ではいたが、まさか看破されるとは思いもよらなかった。
もう自分はストーリー本編に巻き込まれている。
モブだとは考えない方がいいし、最早、家族や幼馴染、そしてセリア――身内を護ってさえいられれば良いと言う訳にもいかなくなるだろう。
となれば、世界の方をどうにかするしかない。
大切な者たちを護る延長上で世界をも護る。
レクスの覚悟は決まった。
レクスはそう言い残すと、まだ何か言いたげな2人を置いて足早に部屋を辞した。
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