第6話 呼び出し
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本日は12時の1回更新です。
休学後にそのまま突入していた夏休みを終えレクスは久しぶりの教室に足を踏み入れていた。
教室に入るなりレクスが来ているのを見て何やらひそひそと話し始める生徒。
相変わらず良い印象は持たれていないようだが、彼から言わせればそっちの方が感じが悪い。悪印象はなかな払拭するのが難しいので少なくとも小等部に在学中は無理だろう。
いっそ中等部デビューするのも悪くないとレクスは独りニヤける。
それを見たクラスメイトが再びひそひそと話し出すのもご愛嬌。
やがて学園の始業の鐘が聞こえてくる。
それに合わせて担任のローランが引き戸を開けて入ってきた。
いつも通りに挨拶と朝礼が終わる……と思いきや彼から伝達事項があるようだ。
「あーっとレクスは放課後に学園長室まで来るように」
「え? 呼び出し……? コルノート魔導科長の部屋に行けばいいですか?」
以前、レクスを呼び出した魔導科の科長、テレジア・コルノートのことである。
「いや、だから学園長室だ。プロキオン学園長からお前に呼び出しがかかった。何したんだ? お前」
こっちが聞きたい。
学園長と言えば王立学園の小等部と中等部で一番偉い人である。
名前はヒナノ・プロキオン。
若くして宮廷魔導士の筆頭を務め、魔法剣士団を率いる権限まで持つ鬼才だ。
記憶によればかなり若かったはずで、やっかみも受けることも多いだろう。
敵と味方がはっきり分かれるタイプの人間であるらしい。
「何もしてませんよ。ちょっと厄介事に巻き込まれて竜神裁判に関わったくらいですかね」
「十分にやってんじゃねぇか」
ローランの容赦のないツッコミが入った。
うーん。心当たりが無さすぎる。
そうレクスは思いつつ、こないだの件がヒナノ・プロキオンに伝わったのかな?と推測した。
こないだ件とはテレジアの部屋に呼び出された時のことだ。
確かお互い師匠が同じだったはずである。
――大賢者マルフィーザ・クレージュ
世界を放浪しながら魔法や歴史の研究をしており深淵を知る者の二つ名を持つが、匂わせや思わせぶりな言動が多くプレイした人たちから真性構ってちゃんと不名誉な名前で親しまれていた。著書も多く残していて太古の言語を始め、魔法、古代史と神々など様々な分野に精通しているとされている。
「無自覚でやらかしたんじゃないのか? お前は考えてるくせに考えなしなところがあるからな」
「そんなことはないですよ」
右手を上げて「またまたご冗談を」と言った感じで否定するレクス。
そんな彼をローランはジト目で見つめるのであった。
何だか視線がチクチク痛い気がするのだが気のせいだろうか。
―――
授業も終わりようやく放課後になると、レクスはすぐに席を立った。
面倒だが行かねばならない。
こう言うものはとっとと終わらせるのが吉である。
そこへミレアが1人の少女を連れて近づいてくるのが目に入る。
「レクス~。昨日話してた娘だよ~」
あまりにも長かったため、その大半を聞き流していた少女の話か。
レクスが彼女へと目を向けると、そこには淡い桃色の髪をして白いローブを纏った小柄な少女が存在していた。長くて緩くカールがかかっている髪、眠たげな瞳に長い睫毛が美しさよりも可愛さを引き立たせている。眉毛もきちんと整えられており、派手さはないがちゃんと身なりに気を遣っている感じがした。
「えーと……よろしく。レクスです」
「私はマール……よろしくお願いします」
戸惑いながらも自己紹介したレクスだが、何故今頃になって初めて名乗らねばならんのだとやるせない気持ちになる。
一方の彼女は体を90度に曲げペコリと頭を下げて丁寧過ぎる挨拶。
ぎこちない紹介にも全く動じない……と言うか表情が読めない少女であった。
「ま、まぁミレアと仲良くしてやって欲しい。よろしくな。じゃあ俺は呼び出し受けてるんで……」
「行ってらっしゃ~い!」
「いってら」
悪い人物ではなさそうで安心したが、普段人と絡まないせいか怪しい人物のようになってしまった。前世ではそんなことはなかったのだが、これからはもっと同年代の連中と絡んで行こうとレクスは意気込むのであった。
久々に背中に変な汗かいたわ。
学園長の部屋は小等部棟と中等部棟の間にある3階建ての邸宅の最上階にあり、両棟から行き来し易い場所にある。
邸宅は2階部分で繋がっている少し変わった形状になっている。
ちなみに2階は書庫にもなっており、学園長の蔵書が大量に保管されているらしい。普段、彼女が何をしているかは知らないが、もしかしたら何かを研究しているのかも知れない。設定でも好奇心の塊だと書いてあったのをレクスは覚えていた。
部屋の前まで来ると少し緊張感が高まるのを感じり、手汗をかいていることに気付く。
偉い人が自分のような生徒に何の用だよ。
そう言えばテレジアにも何者か聞かれたよな。
レクスの頭にはそんなことが浮かんでくる。
どうしてもそのことが気になる。
となれば最悪を想定しておかなければならないだろう。
もしもの時には誓約で縛るしかない。
意を決してドアをノックするとすぐに返事があったので恐る恐るドアノブを捻る。
「失礼します。レクス・ガルヴィッシュです」
視線を動かさずに部屋全体を見る。
流石に身分の高い者だけあって置かれている家具などは高級品だと一目で分かる代物だ。最奥には執務用のデスクがあり、その前には応接室のようにソファがテーブルを挟んで対面に置かれている。構造自体はテレジアの部屋と同じ感じである。
「あー来た来た。いやー悪いねーレクスくん」
軽いノリで話し掛けてきたのは灰色に近い長髪の、まだうら若き女性であった。
その煌めくような虹色の瞳は、まるで人々を吸い寄せるかのように魅了する力強さが見て取れる。隻眼なのか左目には紋章の入った眼帯をしており、中々様になっていた。
違う。
この人物には圧倒的なナニカを感じる。
「い、いえ。私に何かご用でしょうか?」
「いやーテレジアっちに聞いたけどお堅い感じだねー。あーしはもっと気楽に話したいかなー。あ、ヒナノって呼んでよね」
思わず魅入っていたレクスがようやく口を開くとヒナノ――ヒナノ・プロキオンが砕けた口調で気楽そうに言った。
彼女の弾けるような笑顔を見れば誰もが破顔するだろう。
部屋にはもう1人腕組んで壁に寄しかかって立っている者がいた。
テレジア・コルノート小等部魔導科科長である。
頭の上には小さな虎がちょこんと乗っかっている。
レクスはテレジアにそんなおかしな趣味が……と見て見ぬ振りをしようかと思ったが、どうやら違うようだ。
動いたのだ。小さな虎が。
となると考えられるのは1つ。
彼女の使役する精霊獣だろうことは想像に難くない。
「ごめんよ。レクス君。私も話す必要性を感じちゃってね……それにプロキオン学園長がどうしてもって……」
「もーテレジアっち! いつもみたくヒナっちでいいってばー。もっと気楽に行こうぜ!」
ヒナノはそう言ってソファに飛び乗るとテレジアとレクスにも座るように促す。
あまり長居をするつもりもなかったが、断る訳にもいかず対面に腰掛けた。
テレジアも彼女の隣へ向かう。
すると準備していたのか、あれよあれよと言う内に侍女が入って来て紅茶とお菓子を用意して出て行ってしまった。手際が良過ぎて呆気に取られるほどだ。
「よし! じゃあお茶の準備もできたことだし話を聞こっかー! それとこっちからも話があるしね!」
嫌な予感しかしないレクスの尋問が始まった。
ありがとうございました。
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明日も12時の1回更新です。




