第2話 竜神裁判 ②
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第二章――物語本編(最序盤)が開始しております。
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今日は12時の1回更新です。
「静粛に! 問わねばならぬことがある! これは重要事項である! 今すぐ静聴せよ!」
教皇が取った行動を見て興味が湧いたのか、じょじょに混乱は収まっていった。
十分に注目を集めたと感じたルヒスは内心で動揺する中、できる限りの虚勢を張って問うた。
「ならば問おう! 異端者ジャンヌは古代神の聖遺物――神の想い出を保有していたはずである。その行方を教えてもらおう」
異端者云々はさて置き、古代神の聖遺物の下りは誰もが理解の範疇になかったようで皆一様に首を傾げている。
ひそひそと小声で会話している者も多い。
それほど神の想い出の存在を知る者は少ない。
ましてやその効力たるをや。
「それに関してはスターナ村駐在騎士、ガルヴィッシュ家が嫡男レクスからお伝えさせて頂きたい」
「ふむ。それではガルヴィッシュ家が嫡男レクスよ。前へ出て説明せよ」
レクスは返事をして証言台に立つとペコリと頭を下げた後、冷静に説明を始めた。
聖遺物、神の想い出に関する全てを、だ。
神話に1滴の嘘を零して。
「神の想い出は古代神の聖遺物です。遥かなる過去、悠遠なる昔、古代神ロギアジークと漆黒神マーテルディアは争い、古代神はその体を12つに引き裂かれたとされています。その際に世界中に散逸した物こそが、この聖遺物です。これを取り込むと神聖力が打ち消され、如何に膨大な神聖力を持とうともその力は抑制されてしまうでしょう。最悪、古代神の一部に精神を乗っ取られる恐れがあり危険な代物と言えます」
誰もが息を呑んで身じろぎさえしない。
特にアングレス教会の上層部からは動揺の色が見え隠れしており震撼している様子だ。大きく取り乱さない辺りは大したものなのかも知れない。
「抑制されるだと……? そんな馬鹿な。むしろ神聖力は跳ね上がるはずだ……な、何故そのようなことまで知っている……?」
ルヒスでさえも驚愕しその声は何処か震えている。
と言うかその実、教皇を筆頭にアングレス教会の面々は皆、固まって動けずにいた。一方で質問されたレクスからすればそんなことを聞かれても設定だから、とか徹底解説ガイドに書いてあったからとしか答えようがない。
故に平然と嘘を吐いた。
「お告げがありました。古代神から」
またもや周囲がどよめいた。
もう何度目の動転であろうか。
「そなたは古代神を信仰する者か?」
「いえ、是と言えば是。否と言えば否」
レクスは立場を明確にはしない。
古代竜の奇跡を得た者たちの末裔によって為る国家――グラエキア王国。
こんな国で迂闊な発言などできようはずもない。
ましてや古代神信仰の聖ガルディア市国――西方教会と、古代竜信仰のメッカ――アングレス教会は犬猿の仲。
認めども信じず。
日本人の宗教観舐めんな。
付喪神に異世界転生させられた現実を突きつけられても尚、レクスは絶対的な神など信じない。
信じるとすれば、身近に存在せしもの、超自然的な存在。
「ではそなたが信じる神は何であるか?」
「何も。敢えて言えば八百万の神」
「その神は何者なのだ?」
「何処にでもいるもの、あらゆる万物」
ここには宗教談義をしにきた訳ではないし異端者認定される訳にもいかない。
レクスは切り上げ刻かと判断する。
「もちろん古代竜も含まれる」
ルヒスはその答えに押し黙る。
その淡々とした問答に飽きたのかは不明だが、見届け人の1人が挙手をする。
見届け人はあくまで見届ける者。
しかし発言が禁止されている訳ではない。
ましてや6大公爵家に連なる者の意見など、如何にアングレス教会と言えども封殺できようはずもない。
「クロノス・クロス殿、その場にてご発言を」
「感謝致します。レクス殿に問いたい。今語ったことは真実なのでしょうか?」
「無論」
「承知致しました。ありがとうございます」
クロノスはそれだけ聞くと納得したのか大人しく着席し瞑目する。
それ以上、意見は出ないと思われたのだが――
ケルミナス伯爵がルヒスに対して発言を求めた。
「ケルミナス卿、異議がるのかね?」
「はい。申し上げたき儀がございます」
焦っている様子は見られないが、何を考えているかも窺い知ることはできない。
ルヒスが無言で頷くとケルミナス伯爵が口を開いた。
「聖遺物と言ったか。その神の想い出なる物は果たして本物なのでしょうか? そもそも聖遺物であることすら怪しいと私は考えている。いや……百歩譲って本物であり古代神の力を持っているとしてもどうやってそれを証明すると言うのか?」
古代神の力の根源は神星力だ。
この世界でその力を行使できる職業は存在しない。
何故なら職業制度を創造したのは真の絶対神ガトゥであり、古代神ロギアジークは干渉しようと試みたが改変することができなかった。
何らかの力が働いていることは理解できてもそれ以上は不可能である。
あくまで神星力は神聖力を模倣した力であり似て非なるもの――絶対神の創り出したこの世界で古代神が星々の力を根源にして生み出した力の1つに過ぎないのだ。それでも尚、証明しようとするならば、実際に神聖力を持つ者が取り込んでみるしかない。
「それにジャンヌなる者が聖遺物を持っていたとしてそれがどうしたと言うのです? 私はその者のことなど知らない。よもや私が依頼してセリア嬢らを誘拐させたは言うまいな? それこそ冤罪であり嫌疑を掛けられること自体、遺憾である」
ここに至ってロードス子爵家の面々は唇を噛んだ。
得体の知れない物を取り込んでも良いと考える者がいるはずがないし、ケルミナス伯爵がジャンヌと繋がっていたことを証明するには捜査してもらうしか手立てがない。
彼が証拠を残すような真似をする間抜けには見えない。
それが彼の自信に繋がっているのだとレクスも感じていた。
「異議があります! ケルミナス卿は以前からレクス殿に執着しており、何度も士官の勧誘を行っております。強引な手に訴えてもおかしくはありません」
「確かに勧誘した。それは事実。だが攫ってまで欲しいとは思っておらぬ」
領主代行のアネットが異議を申し立てるもケルミナス伯爵は心外だと言う態度でそれを否定する。ルヒスに対して彼女は必死に訴えかける。
「ですが状況証拠にはなるはずでございます! 確かにレクス殿は将来有望な少年です。しかし固執する理由が分からない。 何卒、ケルミナス卿の邸宅を捜査して頂きたい!」
「もちろん捜査は行う。十分に検討した上でだがな」
裁判長たるルヒスがそう言うのだ。
最早、その言葉を信じる他ない。
本来であれば、無理やりにでも伯の邸宅に押し入って自らの手で調査を行いたいが、そんな無法がまかり通るはずもなく。
ケルミナス伯爵が敢えて竜神裁判を選んだこと、そしてその自信溢れる態度から考えてもアングレス教会に手を回している可能性があるだけにガックリと項垂れるディオンとアネット。
「ルヒス殿、1つよろしいでしょうか?」
「クロノス・クロス殿、発言を許可する」
再び、見届け人のクロノスが挙手すると周囲の注目が集まった。
2度も意見を行うのは前例がない。
それだけカルディア公爵家の力が大きいのとアングレス教会の威信が低下していると言うことだ。
「ありがとうございます。聖遺物の効果を確かめる必要がある。それは間違いございませんね?」
「そうであるが難しいであろうな。試すとしたら誰かが人身御供になってしまおう。何より古代神の聖遺物など危険極まりない物を使用するなど許可できまい」
「我が主には神の想い出を取り込み、効果を試す用意があります」
「何ッ!? 正気であられるか? クロス殿?」
クロノスははっきりと大きく首肯した。
ざわめきが大きくなり鯨波のように押し寄せてくる。
彼は言い切る。
「ロードス卿は聡明で良識のあるお方だと聞き及んでおります。心配などしておりません」
これに驚いたのはロードス子爵夫妻とセリア、レクスである。
まさに寝耳に水だが、6大公爵家に連なる者の言は大きい。
ただ交流などない大貴族だからこその不気味さも漂っている。
見届け人や傍聴者がどよめく中、意外なことにケルミナス伯爵も動揺している。
レクスにはそれが気になった。
「それではこれより聖堂騎士団《テンプル騎士団》による捜査を行い、証言・証拠を精査して再度、竜神裁判にて結審、判決を下すものとする!」
アングレス教会の神殿騎士団と双璧を為す聖堂騎士団は対外戦力であるだけでなく竜神裁判の捜査も担当している。
これから長い時間を掛けて捜査が行われていく。
果たして竜神が微笑むのはロードス子爵家か、それともケルミナス伯爵家か。
ありがとうございました。
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明日も12時時の1回更新です。




