第1話 竜神裁判 ①
いつもお読み頂きありがとうございます。
本日から第二章――物語本編(最序盤)開始です。
これからも本作をよろしくお願い致します。
波 七海
今日は12時の1回更新です。
聖地リベラには原告であるケルミナス伯爵と被告であるロードス子爵を始め錚々たる顔触れが集まっていた。
刻は聖グローリア暦1328年8月15日。
◆アングレス教会
教皇パパス・グリンジャ(グリンジャⅦ世)
◆アングレス教会・竜神裁判長
総大司教パトリア・ルヒス
◆アングレス教会・審問官7名
◆カルナック王家・見届け人
ロイナス・アウラ・カルナック王太子
◆6公爵家・見届け人
戦闘執事:クロノス・クロス(カルディア公爵家)
将軍:コルネウス・ド・イヴェール伯爵子息(ローグ公爵家)
内務卿:ブリス・ド・ニュワンヌ子爵(ダイダロス公爵家)
将軍:セザール・ド・ジュリオ子爵(アドラン公爵家)
家令:アルフレッド・ジェルマン(イグニス公爵家)
家令:エドモン・ダルトゥ(ファドラ公爵家)
総大司教と審問官以外の面々は見届け人であり、裁判内容に口を出すことはほとんどない。
「ではこれより竜神裁判を執り行う。開廷の前に古代竜アウラナーガ様に祈りを」
聖地リベラに存在するアングレス大聖堂の大法廷、裁判長席ではアングレス教会総大司教、パトリア・ルヒスが厳かに開廷を宣言した。
その姿は荘厳を言うより典雅と言った感じで紫色の法衣に金色のボタンや装飾が散りばめられている。言ってしまえば少々成金趣味的な趣向で威厳はあまり感じられない。
対して教皇のグリンジャⅦ世は白い法衣に蒼いマント羽織った容姿をしており、厳格な威容が感じられる服装をしている。
両者の法衣1つ取っても違いがあるのは一重に彼らのアングレス教会に対する姿勢が表れているからだと言えよう。
竜神裁判では一切の虚言は禁じられているが、それを証明するものはない。
嘘を見破る魔法も魔導具も存在しない。
できるとしても魔法感知で精神の乱れなどの状態を察知できる程度だろう。
「それでは原告、ケルミナス伯爵は前へ」
白いシャツに紋章が刺繍されたダブルブレストを着込み、茶色のスラックスに革のブーツを履いている人物がコツコツと音を立てて証言台へ進み出た。
貴族然とした感じではなくどちらかと言えば探求者らしい風貌。
茶髪を撫でつけ襟足が上向いており眼帯までしている。
あれがケルミナス伯爵かと初めて彼を目にしたレクスは思った。
イメージしていたよりもずっと無骨である。
提訴した内容を問われたケルミナス伯爵は特に緊張した様子もなく淡々と内容を口にしていく。それを裁判長が確認のために復唱していく。
「1つ、ロードス子爵家の不始末によりケルミナス伯爵領へ魔物や盗賊が流入しており領内に被害が出ている。これは領地経営の致命的なミスであり、王家から領地を預かる者として怠慢な行為である。1つ、ロードス子爵家令嬢セリアがケルミナス伯爵領へ不法に侵入した。1つ、ロードス子爵家との領境の関所に置いてセリアがケルミナス伯爵家の騎士に対して剣を抜き彼らを負傷させた。以上、相違ないな?」
「相違ありませぬ」
その言葉にセリアの表情が強張る。
分かっていても一方的な主張を聞くだけで不愉快になるものだ。
同様にロードス子爵夫妻も苦々しい顔付きになっている。
レクスの名前は上がっていないので、いなかったことにされたのかも知れない。
ケルミナス伯爵はまだレクスのことを諦めていないと言うことだろう。
次にロードス子爵当主ディオンが呼び出された。
一応この場には顔を出しているものの、体調は万全ではない彼に変わって領主代行のアネットが証言台へ立つ。
「ケルミナス伯爵の主張に対して何か異議はあるか?」
「もちろん、ございますわ」
「では申してみよ」
「はい……まずは魔物と盗賊の流入についてですが、そのようなことは一切ありません。そもそも証拠がないのです。我が領からと断定するからにはそれを証明して頂きたく存じますわ。次に我が娘セリアの不法侵入に関してはわざと入った訳ではないと言わせて頂きます。アングレス教会の元聖女であったジャンヌによって拉致、誘拐されケルミナス伯爵領へ連れ去られたと言うのが真相であり、関所へ現れたのは彼女から逃げ出した結果に他なりません。そして何故か関所にいた伯の正騎士たちが話に耳を傾けることもなく捕らえようとしてきたため止む無く娘は剣を抜いたのです。それはあくまで自衛行為であると主張します」
突如として挙がった聖女ジャンヌの名にアングレス教会の面々からどよめきが起きる。
当然、彼女が堕ちた聖者と呼ばれていたことも知っているはずだ。
見届け人や傍聴人の中にも驚きを隠せない者もいる。
「ふむ。あくまで全面的に反対すると言うことだな?」
「その通りです。むしろ私が言いたいのは別のこと。ケルミナス卿は我が領内にあるスターナ村に盗賊とそれに紛れた騎士を送り込み夜襲をかけてきました。そして娘セリアとスターナ村のガルヴィッシュ家の子息レクスを誘拐しようと画策し、伯の領内へと連れ去ったのです。私は竜神に誓って申し上げます。ロードス子爵家はケルミナス卿に対してその行動を批難し、法の裁きを受けて頂くため提訴することをここに宣言致します!」
ロードス子爵家は古代神信仰だが、ここで竜神裁判を拒否して王国裁判所に提訴すれば、痛くもない腹を探られるだけだろう。アングレス教会だけでなく、この国の者はほとんどが古代竜の信奉者であり敢えて竜神の名に誓えば印象は良い。
そんな打算的な考えがロードス子爵家にはあった。
「スターナ村を襲った者がケルミナス卿の正騎士であると言う証拠はあるか?」
「王国のグラン警備隊が正騎士の身柄を拘束し調査して頂けるなら証明は可能です」
「どうのように証明するのだ?」
「村を襲撃した際に娘セリアが『暗黒剣』の能力により呪いを掛けておりますので、一目見れば特定は容易かと存じます。ただ隠蔽される前に拘束して頂きたい! まずはケルミナス卿がこの地に連れてきている正騎士たちからです!」
「ッ……!?」
ジッと静かに耳を傾けていたケルミナス伯爵がビクッと反応する。
正騎士からの報告を受けていなかったのかも知れない。
それとも証拠など残していないと言う自信があったからか。
「では堕ちた聖者ジャンヌが卿の令嬢と少年を拉致、誘拐したと言う証拠はあるか?」
「ございます。2人が彼女を倒すことに成功しており、その遺体は既に回収済みです」
場が再び荒れる。
騒然となり、静粛であった大聖堂は喧騒に包まれた。
「何ぃ!?」
「た、た、倒しただとッ! あの女は殺しても死ぬようなタマではないぞ!?」
「馬鹿な……あれほどの神聖魔法の使い手を倒しただって……信じられん……」
「静粛に! 静粛に!」
努めて冷静であったルヒス竜神裁判長が何とか場を収めようとするが騒ぎは大きくなるばかり。
この場にいる大勢と同じく彼自身も信じられなかった。
少年少女と言える年齢の2人があの聖女を倒せるなど現実味がないし耳を疑うのも当然の話であった。
いくら収拾を図ろうとしても無駄だと悟ったのかルヒスが黙る。
すると教皇グリンジャⅦ世から伝言を受けた神官が彼にひそひそと耳打ちをする。
普通なら見られない光景に何事がと彼らに注目が集まった。
はてさてその内容は如何に?
ありがとうございました。
また読みにいらしてください。
明日も12時時の1回更新です。




