第45話 逃亡 ②
もうじき本編突入なのでお楽しみに!
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「あのガキ共……あたしを出し抜いたと思うなよッ!」
捕獲対象にまんまと逃げられてしまったジャンヌは怒りのあまり憤怒の表情で吠えた。
すぐに馬車に繋がれていたもう1頭の馬に飛び乗ると、レクスたちの後を追う。
目的地まで後1日足らずと言うところで逃げられるとは詰めが甘い。
ジャンヌの奥歯がギリッと音を立てる。
眉間には皺がよりその表情は厳しい。
心中は異端者などにしてやられたと言う口惜しさで満たされていた。
「そうだッ! あのガキの前で女を殺してやろう。異端者は殺してやるッ!」
依頼主にはレクスを攫えと言われただけで、セリアを殺すなとは言われていない。それどころかロードス子爵家を憎んでいる節さえあるとジャンヌは感じ取っていた。
何度か途中の村に寄っては馬に乗った子供を見なかったか確認するが、今のところ目撃情報はない。スターナ村まで5日ほど掛かるが、それまで何も飲食せずに耐えられるかは疑問だ。
食料はともかく水は体が欲する。
馬にも同じことが言える。
体力面は魔法で何とかなるにしても食糧や水は無補給で領内を出ることは無理なはずだ。
「いや、あいつらが回復魔法を使えるはずがないか……頭に血が上っていたな」
このゲームでは複数の職業になって能力を習得すれば、職業を変えても2つまで違う職業の能力を使うことができる。
例えば暗黒導士と光魔導士になることができる状態で光魔導士の『光魔法』、【治癒】を習得した場合、暗黒導士でも回復魔法が使えるようになると言うことだ。
ちなみにレクスはこの理から外れているようで、習得した全ての能力を扱うことができる。
これも転移者としての特典なのだろうか?
それは誰にも分からない。
この世界の住人たちにそんな知識はない。
条件を満たした者のみが天から啓示を受けると言う形で知ることができるだけ。
聖女以外の職業になったことのないジャンヌには与り知らぬこと。
―――
村に立ち寄ることもせずレクスたちはひたすら先を急いでいた。
馬には時々回復魔法をかけて体力を回復させているが2人は無補給のため疲労はかなり溜まっている。
「後4日くらいでしょうか?」
「そうね……スターナ村まではそのくらいだけど領内まではもう少し速くたどり着けると思うわ」
領境には関所が設けられている場合が多い。
となればそこにロードス子爵家の騎士がいると言うことだ。
ジャンヌも大っぴらには動けないはずと言う目算が2人にはあった。
既にレクスはジャンヌの情報をセリアに伝えてある。
秘密の共有者となった2人の間に隠し事は必要ない。
それに馬鹿正直に全て話す必要もない。
レクスはそう考えたのだ。
情報を知ることで優位に立てる場合は多いが、逆に知り過ぎることで危険に巻き込まれることもある。
「あ……」
「どうかしましたか?」
「何で今まで気付かなかったのかしら……あれは、あの山はグランニオン山脈だわ」
その名前はレクスにも聞き覚えがあった。
もちろんテッドから聞いたのだが、スターナ村に知らない者などいないし、統治者であるロードス子爵家の者たちも当然の如く知っている。
「となると……ここはケルミナス伯爵領と言うことですね?」
「ええ。そう言うことになるわね」
レクスの推測は正しかった訳だ。
となるとジャンヌの雇い主はケルミナス伯爵だと言うこと。
彼がレクスを士官させようと画策していたことからも明らかだ。
勧誘ではレクスは靡かないと判断したため強引に拉致と言う手法を取ってきたのだろう。
「とにかく領境まで逃げきればケルミナス伯爵も手の出しようがないと思うわ。最悪、裁判沙汰になっちゃう」
「へぇ……どんな裁判が行われるんですか?」
レクスとしても気になるところだ。
異端審問官が存在したことは知っているが裁判の設定など記憶にない。
「もう……もっと砕けた話し方でいいって言ったじゃない」
「そう言う訳にもいかないのでは……?」
「強情ね。本人が許可を出してるって言うのにさ」
「呼び捨てで妥協してください。まぁそれも危うい気がするんですが……」
セリアとしては既に同い年の友人だと認識している。
今まで歳が近い者との交流がなかったため嬉しくて言っているのだが、レクスはそこまで気が回っていない。
目上の者は敬う対象なのは前世から変わっていない。
余程の愚者でもなければの話だが。
「ううッ……」
「まだ痛みますか……(何度も回復魔法をかけているけど効いてないのかな? もっと高位の魔法じゃないと駄目なのか?)」
「大丈夫、何とか我慢できる……ううん、我慢するわ!」
セリアの額には脂汗が滲んでいた。
顔色も悪いが今は為す術がない状況だ。
レクスは強烈な無力感に苛まれていた。
―――
スターナ村では負傷者たちの懸命な治療が続けられていた。
最寄の村からは薬が届き始めているが、量も質も足りていない。
領都ロドスには伝令は到着すらしていないだろう。
利き手を欠損した者、足を切断した者など戦えなくなってしまった者も多く治療体制が万全だったなら助かった者も多いはずだ。
ドミニクは神聖魔法の直撃を受けたものの、負傷した訳ではなかったため何とか回復していた。流石に聖女の熟練度10のジャンヌからの強烈な神聖攻撃を受けただけあって未だ本調子とはいかないが指揮を取るのに差し支えはない。
薬や騎士をスターナ村へ投入することや、全ての領境の関所に騎士を増派するように伝令は出した。
「あれほどの神聖魔法の使い手を送り込んでくるのだ。それなりの立場の者――恐らくケルミナス伯爵家の手の者に違いなかろう。そちらの関所には私が赴く! 無事な者は私に続け!」
どれだけ怪しいんだよと言うレベルで疑われているケルミナス伯爵。
余程、日頃の行いが悪いのだろう。
とは言え実際に両家は度々諍いを起こしているのは事実。
「団長閣下! 兵を分散させ過ぎるのも危険ではありませんか? 敵の狙いは本当にレクス殿なのでしょうか? スターナ村が、ガルヴィッシュ家が狙いと言うことも有り得るのでは?」
「確かに有り得ぬ話ではない。しかしケルミナス伯爵からの度重なる接触。明らかに不自然だ。やはり私が向かう。場合によっては伯爵領へ乗り込まねばなるまい」
味方とは言え、他領に何の断わりもなく軍を進めるのは禁止されている。
ドミニクは自らの進退を賭けてまでその直感に従うことに決め、騎士団を動かす。
「お嬢様とレクス殿は必ず取り戻す!」
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