第44話 逃亡 ①
もうじき本編突入なのでお楽しみに!
いつもお読み頂きありがとうございます。
本日は12時の1回更新です。
レクスは聖女ジャンヌの魔力波の分析に2日も掛かってしまった。
とは言え攫われてからの正確な日数は覚えていない。
不覚にも寝落ちしてしまったせいだ。
一応、食事は与えられたので殺すつもりはないとレクスは確信する。
これまでの経緯から殺されることはないだろうと考えていたが、それはあくまでも推測。もしかしたらただの楽観かも知れないが、確証が得られたのは大きい。
そうレクスは考えた。
「聞きたいことがある」
「……何かしら?」
「あんたは何故、俺たちを攫う?」
「必要なのは貴様のみ。そっちのお嬢様に用はない」
「(推測は当たってた)俺をどこに連れて行くつもりだ?」
「答える必要性を感じないね」
「誰に頼まれた? ケルミナス伯爵か?」
これまで動じなかった感情が動くのをレクスは敏感に嗅ぎ取った。
と言ってもこの程度の推測なら誰にでもできるだろうが。
「まぁ、あたしとしては2人とも殺してやりたいんだけどね。異端者共」
「異端者? お前がやってるのは神への冒涜だろ? 理解してやっているのか? それともただの快楽殺人者なのかな? 異端者はお前だよ」
ジャンヌの身から怖気が走るほどの殺気が放出される。
圧倒的なまでの神聖力。
圧倒的なまでの圧力。
「異端者だとッ! あたしは魔を払う者ッ! そして打ち消し滅ぼす者だッ!」
「お前が信じる神は一体何者なんだよ」
レクスの安い挑発を受けて激昂するジャンヌ。
それを聞いて吠えるもレクスは身じろぎ1つせず全く動じる気配はない。
「決まっているだろう! 偉大なる黄金竜アウラナーガ様だッ! あたしはその忠実な僕に過ぎない」
「何だ。まだ棄教してなかったのか? 堕ちた聖者ジャンヌさんよ」
「ッ!? あたしをその名前で呼ぶなッ!」
再びレクスに殺意の波動が向けられるが、先程とは違い別の感情も交じっていた。
それは困惑。
ジャンヌの言動からレクスは理解した。
彼女はこの世界の理を正確に理解していない。
「貴様……何故あたしの名を……一体どこまで知っているッ!?」
レクスは何も答えずに口を閉ざすと口角を上げて意味ありげに笑って見せる。
それが彼女を更に苛立たせる。
不愉快そうに顔を歪ませるが何もすることはできない。
「(まぁセリア様に手を出されたら俺も何もできないんだけど……。でも彼女を殺すと俺が意固地になって従わないと思うのが自然だ。実際、セリア様が殺された場合、俺は死んでもコイツを殺すがな!)」
「チッ……まぁいいわ。暗黒導士如きに後れを取るあたしじゃない。せいぜい今の内に粋がっておくことね」
冷静さを取り戻したジャンヌはそう言い捨てて荷台から離れると御者台の方へ向かった。すぐに馬車が動き出す。
「(行動パターンは分かった。後は奴が眠るのを待つだけだ)」
魔導波の分析も済んだし後は【神聖縛鎖】に逆位相の魔力波を当てて分解することで束縛から逃れる。
後は逃げられるかが問題だ。
激昂しやすく御しやすそうとは言え、ゲームのボスの1人である。
しかも根っからの暗黒系職業キラーであり、恐らく依頼を受けている以上再び相まみえる可能性は高い。
できることなら倒してしまって後顧の憂いをなくしておきたいところだ。
付きまとわれ続けるなど遠慮願いたいとレクスは心の底からそう思う。
―――
もう何度目の夜を迎えただろうか。
馬車は停止しており、御者台に気配もない。
レクスは潮時と見て囁くような小声でセリアを起こす。
少しうなされていた様子の彼女は体をもぞもぞと動かしているように見えたが周囲は暗闇。【神聖縛鎖】が淡く光っているだけなので表情までは分からない。
「セリア様、起きれますか?」
「……ええ、だ、大丈夫……」
セリアの声は辛そうだ。
神聖化攻撃がまだ効いているのだろう。
彼女が起きたところでレクスは【神聖縛鎖】を分解して破壊した。
パキリと澄んだ音がして光の鎖が消滅すると胞子状になって儚く消える。
同じ様にセリアを縛める神聖魔法を破壊すると、少しは圧迫感から解放されたのかホウッと溜め息が漏れ聞こえた。
「セリア様、縛めるものはなくなりました。とっとと逃げましょう」
「そ、そうね……ここは何処なのかしら……」
「分かりません。多分ですがスターナ村から5日ほどは掛かっているようでしたが……」
【神聖縛鎖】で縛ってあるため、ジャンヌも油断したのか武器はレクスたちと同じ荷台に置かれている。
レクスはそれを手にするとそっと荷台から降りて周囲の気配を探る。
魔力を抑えながら御者台を覗き見たが誰もいないようだ。
「誰もいないみたいだ。今の内です。せっかくなんで馬をパクッていきましょう」
「パク? え、ええ分かったわ」
剣の抜きハーネスを斬って馬を解放するとそれが分かったのか嘶いた。
「ブルルゥ!」
「しーーー!!」
レクスは思わず馬に向かって話し掛けつつその口を塞いだ。
「セリア様、全くもって情けない話なんですが――」
「馬に乗れないんでしょ? 私の後ろに乗って」
セリアは言いたいことにすぐに思い当たったらしい。
ここは颯爽と馬を駆ってセリアを乗せて逃げるべきところだろう。
レクスは恥ずかしくなって少し赤くなる。
「方向は分かればいいのだけど……」
「馬車がこっち向きなので反対方向に逃げれば良いのでは?」
「そっか! そうしましょう」
馬は2人を乗せて爆走を始めた。
セリアは見事な手綱捌きで上手に乗りこなしており馬も暴れ出すこともなく街道を走る。ジャンヌが気付くまでにどれだけ距離を稼げるかがポイントになりそうだ。
「(倒せるなら倒しておいた方がいいんだけど……きついか)」
暗闇の中、街灯もない街道を行く。
目標物はないが真っ直ぐ走っていると信じて飛ばすだけだ。
とセリアに掴まっているだけのレクスは思うのだが何とも恰好がつかないのが悲しい。助けに来た騎士と助けられた魔導士のようで情けない限りである。
「セリア様、神聖攻撃を喰らった場所の具合はどうですか?」
「全然痛みが引かないわ……あれが神聖化なのね。脅威だわ」
「俺たちには特効ですからね……ってあ、そうだ」
「どしたの?」
ダメージが残っていて痛いのなら回復魔法をかければいいじゃん。
そんな短絡的な思考でレクスは光魔導士の能力を使うことに決める。
「1stマジック【治癒】」
途端、暗闇の中に眩い光が発生する。
それはセリアを癒す光の魔法だ。
「具合はどうですか?」
「少し痛みが引いたわ! ……って貴方、何で光魔法が使えるの?」
や ら か し た。
素で。
レクスは数日間に渡る完徹で思考力が大幅に低下していた。
「えーと……あのですね……何と言うかやらかしたと言うか……」
「ふふふ……貴方って案外可愛いところもあるのね」
言い訳にもならない言い訳をしているレクスにセリアは思うところがあったようだ。零れた笑い声から彼女が楽しげに微笑んでいる様子が想像できる。
「レクスの秘密見ーつけた!」
「ちょッ……セリア様……」
「もう私たちは秘密の共有者よ? 私のこともセリアって呼んでね?」
先程の楽しげなものとは違い、セリアの表情にはどこか悪戯っ子のような笑みが浮かんでいた。
「セリア様……」
「セーリーア! 呼ばないと承知しないから!」
「分かりました……分かりましたよ……」
レクスはセリアの背中にもたれ掛りながら項垂れる。
このお嬢様にはどうにも敵わないらしい。
「帰ったら何しようかしら」
「セリアさ……セリアならもう決まってると思いましたけど?」
「そうね! 私も決まっていたわ。せーのッで言い合いましょ?」
『せーのッ!』
『剣の手合せ!!』
答えはやはり同じだったようでそれぞれの表情が緩み少しだけ緊張が解ける。
厳しい状況の中、2人は一時だけだが間違いなく楽しんでいた。
暗闇の中、心が通い合った気がした。
馬は街道をひたすら走り続ける。
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明日も12時の1回更新です。




