第43話 拉致
クライマックス!
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ガラガラと言う不快な音と整備が遅れているせいで凹凸のある石畳の街道を通る衝撃でレクスは目を覚ました。
恐らくレクスとセリアは拉致された。
レクスは自分が馬車の荷台に寝かされていることを確認し周囲を見回す。
焦りはあったがすぐに解消されたことに安堵していた。
セリアも同じく隣に寝かされていたからだ。
【神聖縛鎖】で縛られているのは同じで暗黒騎士であるセリアでは絶対に抜け出せないだろう。
相手はかなり高位の聖女だと思われる。
白いローブを着ており顔をフードで隠されていたので見えなかったが女であることは間違いなさそうに思えた。
レクスは必死に思い出そうとしていた。
左手首には金色のブレスレット。
白いローブに目深に被っていたフードから覗いていた短い銀髪。
「(あれは――聖者ジャンヌ。堕ちた聖者ジャンヌか!)」
聖者ジャンヌ――通称、堕ちた聖者。
生まれついての膨大な神聖力を背景に各地の魔物を次々と葬り去る。
稀代の聖女としてアングレス教会に入る。
暗黒系の職業を授かった者は躊躇いなく殺害する狂気の聖女。
不浄戦争で不浄の大森林を浄化させようとするも失敗し、教皇の座を追われることを危惧したグリンジャⅦ世によって責任を押し付けられて失脚させられた挙句に追放される。
神聖力を抑制する金色のブレスレットをつけられている。
古代神ロギアジークの片割れ――神の想い出の力を借りてアングレス教会に復讐しようとするが主人公によって殺される。
敵が誰かを把握したレクスはもう1度状況を確認する。
武器である剣は取り上げられており丸腰。
2人共【神聖縛鎖】で縛られている。
セリアの漆黒の鎧が凹んでおり、その表情はダメージからか歪んでおり苦しげだ。
「(神聖化の一撃をまともに喰らったからな……かなり効いてるだろう)」
荷台には幌が被せられているため外の様子は全く見ることができず、現在地がどこなのかすら不明である。
尤もレクスはスターナ村と王都間の街道しか知らないので外の様子が分かっても場所の特定は難しいだろう。
となるとセリアなのだが。
ジャンヌの神聖魔法は強力だ。
何しろ第10位階の魔法を使って見せたのである。
もしかしたら聖女の職業熟練の可能性もある。
聖女に暗黒導士では分が悪すぎるが、暗黒魔法を封じられるとなると剣で戦わざるを得ない。
レクスの最大火力は第6位階の【重弾丸】だ。
学園では第3位階までしか習っていないため、効果のありそうな魔法はない。
改造してオリジナル魔法を作ろうとしていたが、完成していないので戦力にはならないだろう。そもそも猿轡がされてない以上、ジャンヌはレクスの魔法など脅威とは考えていないのだ。
となると残る選択肢は騎士だけ。
その『騎士剣技』を持って速やかに葬り去るしかない。
一応、騎士に職業変更しても暗黒導士の能力は使えるので魔法も使えると言えば使える。ただ魔力の補正が下がるため魔法の威力は落ちる。
しかし他に方法はないと思われた。
推測になるが、そもそも暗黒導士のままでは【神聖縛鎖】を破れない。
まずは騎士になって魔力分析でジャンヌの魔力波を解析し、逆位相の魔力による魔力分解で効力を無効化する。
セリアにも同じことをして自由になることが第1目標だ。
セリアの荒い息遣いがレクスの耳に届く。
どれだけのダメージを負っているのか分からない以上、急がなくてはならない。
心の内に焦りがどんどんと募っていき集中ができないが、逸る心を何とか抑え付ける。
レクスの長い日が始まる――
―――
スターナ村では必死の消火活動によって何とか延焼を食い止めることに成功していた。これが麦類の収穫季節だったら畑にまで放火されて大損害を被っていただろう。
犠牲者は村人が11名死亡し28名が負傷。
騎士からは17名が死亡、負傷者に至っては半数に当たる50名近くにも上った。
全ては敵が放ってきた神聖魔法のせいである。
第6位階の神聖魔法をまともに喰らったドミニクは意識不明の重体に陥っている。
無事だった村人たちによって必死の介抱が行われているものの、まともな薬や回復アイテムもない上、回復魔法を使える者もいないのだ。やれるのは村にいる薬師ノエルが持っていた岩壁草や出血を止める薬草くらいのものである。
領都ロドスを始め、近隣の村にも早馬が出されているが薬がある可能性は低いし、あっても量が足りないだろう。1番期待できるであろう領都は遠く街道が整備されているとは言え早くても6日は要する。
患者たちは村の大講堂に集められ容体を注視されている。
リリアナとリリスも一緒に手伝いをしているがやれることは少ない。
「クソッ……こんな時に何で動けないんだッ! 俺が村を護らなければならなかったのに!」
ベッド脇の壁をやるせなさで握り拳で何度も叩く。
彼の拳には血が滲んでいた。
テッドを1人にする訳にもいかず家にはカインが詰めている。
荒ぶる彼に何と声を掛けたら良いのかも分からず無力感に苛まれるカイン。
「テッドさんのせいじゃありません……」
呟くようにテッドを励ましてみるが、カインの言葉は届かない。
「レクス……無事でいてくれ……」
テッドの祈りはレクスの無事のみ。
それを察してカインは複雑な感情を抱いてしまう。
どす黒い負の感情。
ただ子供故にそれが何なのか理解できずにいた。
カインには家族がいないが原因は人間の奴隷商人が雇っている人身売買組織だ。
豹族の小さな村は組織が差し向けた大人数の人間に襲撃を受け、多くが奴隷となったのだがカインの両親は反抗して殺され弟の行方は知れない。
両親の手引きで何とか逃れたカインが森の中で動けなくなっているところを助けたのがテッドだ。
「(レクスは心配してくれる家族がいる……この内から湧いてくる感情は何だ? 分からない。これは嫉妬なのか? 家族がいない俺だったら誰か心配してくれるのだろうか……)」
今の余裕がないテッドにはカインの憂患に気付けるはずもなく、それを取り除いてやることもできない。
ここにリリアナでもいればまた違ったのだが、残念ながら今は2人だけ。
それがカインを悪い方向へと導いていく。
それは人間族と亜人族の違いと言う厳然たる現実がもたらす隔意。
以後、カインの心はそれに蝕まれていく。
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