第41話 再・ガルヴィッシュ家への使者
もうじき本編突入なのでお楽しみに!
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本日は12時の1回更新です。
最近は何かとおかしなことがよく起こる。
こう言う時には世界が動き出す前兆。
テッドは目の前のケルミナス伯爵家の侍従長、ケプラーと話しながら考えていた。
「それにしてもまさかテッド殿が大怪我を負って生死の境を彷徨っていたとは……知らなかったとは言えこのような時の来訪、謝罪しよう……だが快方に向かっているようで何よりである」
「とんでもない。このような姿で誠に恐縮の限りです」
「ほほほ……楽にしていなされ。今日ここに来たのはレクス殿の件である」
もちろんテッドはそうだろうと予想できていた。
レクスを従僕として召し抱えたいと言うのが前回ケルミナス伯爵が出した要望だった。
「レクス殿が王都から戻られたと聞いた故、また足を運ばせてもらったのよ。是非本人に会わせて頂きたいものだ」
「……分かりました。今、お呼び致しますのでお待ちください」
リリアナにレクスを呼びに行かせるがテッドは嫌な予感しかしなかった。
騎士爵位を持つとは言え、所詮は平民であるガルヴィッシュ家が伯爵家の申し出を拒否するのは難しい。相手の面子を潰すことで激昂させる可能性が高いだけでなく最悪、家が取り潰しされかねない。
「(セリア様の【直感】はこのことを言っていたのか? マズいな。今は本人がいる。自分の意志を殺して従僕になる道を選びかねない。あいつはそう言う奴だ)」
「ほほほ。会うのが楽しみだの」
ケプラーの機嫌はすこぶる良いようだが、逆にテッドの気持ちは沈んで行く。
家のために犠牲になって欲しくはないと思っているのだ。
「(なんでこんな時に来るんだ……せめてセリア様がいらっしゃれば! いやセリア様のせいではない)」
やがてテッドの部屋の扉がノックされ、レクスが麻でできた平民服を着て入室すると綺麗な所作でケプラーに礼を述べる。
あまりに堂に入った態度にテッドも驚くほどだ。
「初めまして。ケプラー閣下。お初にお目に掛かりますレクス・ガルヴィッシュと申します。態々このような小さな村へ足を運んで頂くなど望外の幸せかと存じます」
「おお! おおう! そなたがレクス殿か! 私もようやく会うことができて嬉しく思っておる。ケルミナス伯爵閣下もお喜びになろう」
閣下と呼ばれたことに明らかに機嫌をよくしたケプラーが饒舌にケルミナス伯爵伯爵家の武勇伝を話し始めた。テッドはレクスに目を向けてその様子を窺っていたが、彼の反応は平常通りである。
「(はぁ……? 父さんが怪我して俺が村に戻ったのを知ってやってきたって? 明らかに日数が合わないだろ。伯爵ならもっと考えろよ)」
レクスはそんなことを考えつつ、速めに本題に移ろうと話を切り出した。
笑顔の仮面をかぶったままで。
「ところで御用件を伺っておりませんでした。本日は何用で参られたのでしょうか?」
「ふむ。テッド殿が大変だったからの。聞いておらぬのも無理はない。今日参ったのは他でもない。貴殿をケルミナス伯爵家の従僕として召し抱えたいと我が主が仰せである。これは貴殿にとって素晴らしいことであるぞ!」
「はぁ……しかし私は下賤の身たる平民でございます。逆に伯爵閣下の御名を穢してしまうことを恐れております」
「そのようなことを気にしておったのか……。心配することなどない。閣下が貴殿を軽んじることはないと断言しよう。それに我が主の傘下に加わればレクス殿のみならずガルヴィッシュ家の栄達も夢ではないぞ!」
しかし何が目的なのか。
レクスが何かを為したとか、名声を得たとか言う話はない。
名の知れた者を召し抱えれば貴族の格も上がろうと言うものだが、ケルミナス伯爵はレクスの剣や魔法の腕すらも知らないだろう。
日数のこともあるし、これには必ず何か裏がある。
田舎の騎士の息子如きに執着する時点で違和感しかないのだが。
セリアが言っていた【直感】のこともあるし嫌な予感しかしない。
裏が無ければ不本意だが貴族の顔を立ててやるのも仕方がない。
それが家族や村のためなのだからと納得もできる。
しかし――
レクスはそう考えていた。
「(待てよ? 俺は言わばこの世界の部外者だ。それは誰も知らないこと。だが……もしかして伯爵は俺が転生者だと知っている? それなら士官の話を受けても皆に害が及ぶ可能性があるな)」
勢い込んで唾を飛ばしながら話していたケプラーが訝しげな顔をする。
それを察したレクスは自分の沈黙が長すぎた――考え事に没頭しすぎていたと反省してすぐに言い訳を口にした。
「非常に有り難い申し出なのですが、ガルヴィッシュ家は代々ロードス子爵家のご厄介になっておりますし、禄を食んでおります。まずはそちらに話を通して頂かない訳には参りません」
「これはレクス殿個人の問題だ。ロードス子爵家の入り込む余地などない」
やんわりと拒絶を示したレクスだったがケプラーも一切引く気はないようだ。
少し口調が強くなっていることからロードス子爵家とは何か確執があるのだろう。
「しかし筋を通すのも貴族様の論理ではありませんか?」
「ロードスの者に頭など下げられぬわ!」
急に声を荒らげるケプラーを見てレクスは確信する。
やはり両家には確執が存在している。
後でテッドに確認しようと思いつつ断りを入れることに決める。
「それでは申し訳なく存じますが、話はなかったことにさせて頂ければと――」
「こ、断ると言うのか!? ええい父親が父親なら子も子だと言う訳か! 大人しく従っておれば良いものを!」
馬脚を現すとはこのことか。
士官したら苦労するだろうなとレクスも思わず苦笑いになってしまう。
「(下手をすればさらわれかねんな。家族を、身内を護ると誓ったとは言え理不尽なのは勘弁だ。もし不安が現実になったら『殺られる前に殺る』しかない)」
レクスの覚悟が一段階引き上げられたことを知らずケプラーは怒鳴り散らすのを止めない。速く帰れよとレクスが思っているとテッドが何とか宥めようと間に入る。
「ケプラー殿、申し訳ないが納得して頂きたい。必要があれば私が伯爵閣下に謝罪を直接申し上げたいと思うのですが……」
「いらぬわ! 不愉快だ。せいぜい後悔なさらぬようにな!」
捨てゼリフを残して立ち上がると座っていた椅子を蹴り飛ばして出て行ってしまった。
テッドやリリアナが慌てて謝罪する中、レクスは場違いなことを考えていた。
テッドには借りばかりできる。
何とか親孝行の1つもしなければなと。
―――
ケプラー一行が村から去った後、レクスはテッドに聞いてみることにした。
「ロードス子爵家とケルミナス伯爵家の間に何か確執があるの?」
「んーまぁな。スターナ村の南――ロイタス地方が係争地になっている。それと後は信仰の問題だろうな」
どうせそんなことだろうと思っていたレクスは溜め息をついた。
こればかりはどこの世界も変わらないのだろう。
「ロードス子爵家は古代神信仰だからな。それがケルミナス伯爵は気に喰わないんだろうよ」
「世知辛い世の中だねぇ……」
「お前はおっさんか」
テッドとレクスが笑い合う。
そこへリリアナとリリスが部屋に入ってきた。
リリアナは疲れた表情をしているし、リリスは何があったか興味津々と言った感じだ。
「でも良かったのか……その、士官の話は……」
「ああ、問題ないよ。俺にその気はないから。でも逆に家や村に迷惑が掛かるかも知れないのは申し訳ないなと思ってるよ」
「ふッ……それこそ子供が気にすることじゃない。後は大人が何とかするさ」
「レクスは今まで通り生きていきなさい」
テッドもリリアナもレクスの意見を尊重しようとしてくれている。
それが理解できるだけに辛い。
嫌な予感はまだ続いているしレクスは相槌を打ちながら、今後の展開として有り得そうな可能性について考える。
「お兄、せっかくの良い話断っちゃったんだって? せっかく仕事がもらえそうだったのに何で? ニートはきついよ?」
「お前にニートの何が分かるんだよ……ってかもう遅いぞ。お子ちゃまはさっさと寝ろ」
「ひどーい! お兄が虐めるー!」
リリスが生意気なのは平常運転なので気にするまでもないことだ。
彼女の我がままは今に始まったことでもないし所詮は7歳。
護るべき相手であることには間違いないが普段は適当にあしらっておけば良い。
リリアナに泣きついているが、その嘘泣きはバレている。
「でも何で俺に拘るのかな? 別に凄い人間でもないのに」
「俺にも分からんがケルミナス伯爵は探求者から成りあがったとされているらしいからな。お前に何かを感じたのかもな(ま、俺も不思議に思っているんだが)」
武勇伝を話していたし貴族の誇りと共に武闘派の誇りもあるんだろう。
卑屈になり過ぎるのも駄目だがプライドが高過ぎるのも良くないものだ。
「寝るかな。父さんと母さんも疲れたでしょ。セリア様たちの出迎えは騎士の人たちに任せてさっさと寝よう」
レクスはそう言って皆を促した。
自身は気を緩めるつもりはないし油断はしない。
長い夜にならなければと考えつつレクスは自室に戻った。
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