第40話 討伐の裏で
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明朝、セリアとドミニクは騎士団の大半を率いて予定通り森林地帯へと向かった。
「父さん、セリア様たちは森の奥まで行くってさ。遅くなるかもって話」
「そうだな。明るい内は出てこないかも知れん。それに浅い場所では見つからんだろう」
「てか、そもそも何で森の奥なんて行ったんだ?」
「あーちょっと夢中になり過ぎた。魔物を狩るのにな」
悪びれる様子もなく子供のような無邪気さでテッドが笑う。
レクスは呆れるが先祖には探求者だった者もいたそうなので、もしかしたらそう言う系譜なのかも知れない。
漠然とだがそう感じた。
「大人しくしてなよ。もう年なんだから」
「アホ言え! まだまだこれからよ!」
レクスが憎まれ口を叩くがテッドも負けじと言い返す。
体調は順調に回復しているようで何よりだ。
「お待たー。朝ごはんだよー」
扉を勢いよく開けて入ってきたのはリリスであった。
最近、ずっとベッドにいるテッドに食事を持って行くのが彼女の仕事の1つになっているようだ。
「おいおい、まーたオートミールかよ。流石に飽きたぞ。俺は肉が喰いたいんだ。肉が」
「はいはい。寝言は寝て言いなさい。まだ起きれないんだから無理しちゃ駄目よ? 後からノエルも見に来るし。後、リリス! 物は大事に扱いなさい」
部屋にやって来たリリアナがリリスの行動とテッドの文句に苦言を呈すが受け取り方は違っていた。怖い物知らずの娘と逆らえない父親。
「まぁ確かにまだ怠いからな……我慢するか」
「えーなんで? めんどくさいじゃん」
「リリス、長いこと使った物には神様が宿るんだよ。だから大事にするんだ。それにお前は聖騎士だろ? 例えば剣の扱いはどうする? 自分の剣も大切にできないようじゃ騎士失格だぞ?」
リリスはぶーたれながらも納得した様子で不承不承ながら頷いた。
教育するのは親のみに非ず。
家族全員で行うもの。
年長者は幼き者を導き道を示し、未熟な者は年長者を敬い学ぶ。
「(前世では老害とかって言葉もあったけど俺は大事なことだと思うんだよ。ガチガチの儒教思想は嫌いだけどさ)」
レクスは気付いていないがリリスを嗜めたのを見てテッドとリリアナは嬉しそうに目を細めていた。彼が変わったのも意識の変化、心の持ち様から来るものなんだろうと2人は我が子の成長を喜ぶのであった。
「さーて私たちも朝食にしましょうか。今日は奮発して白パンよッ!」
「やったぜ! 俺、腹減ったよ」
「うぇ~い!」
「畜生!」
リリアナが元気よく告げると3人で土間へ向かい共に朝食を摂った。
テッドはまだ起き上がれないので1人寂しく部屋で食べた。
「せっかく一緒にいる時に食べれたのにな。ははッ」
だから皆がいる時に大人しく食べておけばいいのにとレクスは微笑む。
―――
「ほらほらッ! 足下がお留守になってるぞ!」
「痛ッ……ちょっとは手加減してよ。お兄!」
「これ以上手加減したら勝負にならんわ!」
午前中はレクスとリリスが木剣を使って実戦形式の稽古をした。
元々剣に興味を持っていた彼女は聖騎士にを授かったこともあり殊更に稽古をやりたがるようになったとのこと。それでもまだまだ覚悟は甘いらしく彼女が泣き言ばかり言ってくるのを聞いて、テッドの苦労を察したレクスは心の中で「いつもお疲れ様です」と合掌しておいた。
負けん気だけは強いリリスは怒りに任せて大ジャンプすると大上段から斬りつける。
それを軽く受けると力を流して小手に一発。
膂力はないに等しいが考えてみれば当たり前である。
まだ7歳なのだから。
「いだだだだだ」
「いきなり大技に頼るなよ。俺の目を見ろ。次に何を仕掛けてくるか先を読め」
一方的に注意されるばかりで腹を立てながらもコンパクトな攻撃に切り替えて連続攻撃を仕掛けてくる。
だがまだまだ甘い。
甘過ぎて脳破壊されるレベルだ。
攻撃する方向と逆の方へと視線を向けて攻撃するもあっさりとレクスに見破られる。
「工夫は認めるけどもうちょい上手くやるんだな」
そう言うが速いかリリスの剣を跳ね上げて懐に入ると脇腹を狙って払い撃つ。
彼女も反応して剣を体とレクスの剣との間に差し入れるも、レクスは足の位置を変えて体の重心を移動すると逆向きに薙ぎ払った。
「はい。死んだ」
「うわーん。お兄が虐めるぅ!」
「お前なぁ……毎回泣いてんのか?」
「そんなことないもん!」
レクスは自分が7歳だった頃はどんな奴だったんだろうと想像してみるが、全くもって想像できない。変わったと言うことらしいので軟弱だったのかも知れない。
しかしレクスは学校の授業を難しいと思ったことも着いていけないと思ったこともない。
魔力練成、魔力操作、魔力検知、魔力展開、魔力集中、魔力強化、魔力抑制、魔力隠行、魔法陣描写など苦戦したことがない。
それを考えると転生する前までのNPC時代のレクスは授業や鍛練を真面目にこなし、それらの実力をつけたのだと考えられる。現在など更に魔力波の解析や魔力分解なども試行錯誤しながら独力で行っているのだ。
未だ、この世界での役割は不明だが、転生先の人物決定には付喪神が大きく関わっているのかも知れない。
それともレクスと言う人物自体に何か意味があるのか。
レクスはそう思う。
「リリス、お前位階はいくつなんだ?」
「え? 位階2だけど?」
「んじゃ聖騎士の熟練度は?」
「まだ1」
リリスが剣の稽古を始めて2カ月とちょっと。
常識的に考えれば強くなれるはずがない。
だが懸念点はある。
本当に幼いから弱いと言う構図が当てはまるのかと言うことだ。
このゲーム世界に前世の常識が通用するのかまだ分からない。
例えゲームが日本で作られた作品だとしても、だ。
「そろそろ昼食の時間よー!」
麗らかな風に乗ってリリアナの優しい声が辺りに響く。
そう言えばお腹がすいてきた頃だと感じた2人は顔を見合わせた。
「んじゃ、続きは午後な」
「はーい」
今日もスターナ村は平和である。
―――
午後になるとカインがガルヴィッシュ邸にやってきた。
突然の訪問と久しぶりの再会にレクスとカインは喜び合う。
帰郷を知らなかったのだから驚いていたのは当然の話なのだが、テッドのことが話題に上ると彼は神妙な顔になって強い憂慮を示す。今日はお見舞いに来たらしいのだが、レクスが回復アイテムを持ってきたお陰で回復に向かっている様子を見て安心したようだ。
「あの様子じゃ心配ないみたいだな。剣の稽古が再開されるのはいつになるだろうか」
「まだ半月はかかるんじゃないか? 稽古は順調なのか?」
「ああ、鍛えてもらっている。お陰で強くなったと実感しているところだ」
3人はリリアナが持ってきた果実ジュースを飲みながら世間話に興じていた。
リリスはカインのことが怖いらしく話し掛けてこないため実質2人のようなものだが。見た目もそうだが、何でも抑揚のない低い声に恐怖を感じるらしくレクスの隣にちょこんと座ってちびちびやっている。
「それは良かったけど自分の職業が何か分かったの?」
「いや、全然分からない。やはり授かっていないのでは」
聞く限りでは授かっていない訳ではない。
恐らく職業制度は絶対神ガトゥ由来の力が働いている。
就職の儀では鑑定されるだけで、人間である神官が何かをする訳ではない。神官は儀式を仕切っているだけであり7歳になると自動的に職業を授かるのは間違いない。
レクスはそう考えている。
「それはないだろ。職業の項目には見たことのない文字が書かれてるんだろ?」
「ああ、読めない文字だな」
世界を創造したとされているのは古代神だが真実は絶対神のはずなので、自身の力で上位の力に干渉しようとしたが失敗して中途半端に終わったせいで上手く表示されなくなった。
元々は裏設定で絶対神が創った言語が存在しており、干渉失敗のせいで日本語に変換されなかったのではないだろうか。と言うか裏データとしては存在するが実装されずに残っていたため、という可能性すらある。そもそも日本語だから読めないとか。
技能もそうだが、レクスが気になるのだから当人であるカインがそうでないはずがないだろう。
「ま、それは追々分かるだろ。鑑定してもらう日もくる。きっとくる」
「そう願いたいところだな」
「んじゃ、久しぶりに戦ってみるか?」
「そうさせてもらおう。まさかレクスが帰って来ていたなんて知らなかったからな。腕がなるぜ」
戦闘のことになると声色が変わるのはいつものことだ。
力強い言葉遣いになり高揚しているのが伝わってくる。
どちからとなく立ち上がるとお互いに対峙する。
カインはテッドから稽古を受けているだけあって構え方もそっくりだ。
もちろんレクスもできるが、やはり久遠流で戦うべきだろう。
覚悟を決めたカインが駆ける。
「はッ!」
気合一閃、横薙ぎに払われた剣がレクスの剣とぶつかり合い火花を散らした。
そして馬鹿正直に正面からの斬撃を繰り返す。
レベルが低い割には膂力があるようで、その猛撃は一向に収まるところを見せない。流石の獣人――豹族と言ったところか
「おいおい。正面からばかりじゃ抜けないぞ?」
「分かっているさ!」
軽くいなし続けていたレクスはその猛撃にさらされても一歩も退かない。
理解していても付け入る隙が見当たらずカインが焦れる。
しかし斬り込まなければジリ貧になるのは間違いない。
意を決してレクスの懐に飛び込むと鍔迫り合いに持ち込もうとするカイン。
「チッ……ビクともしねぇか」
「負けるかよッ!」
カインの斬撃がレクスの左脇腹へ向かう。
2人思惑が交差する。
「取った!」
カインが1本入ると確信した瞬間、レクスが密着していた状況から更に踏み込み、足を使って彼の上体を軽く押した。
気が付くとカインは大地に転がされていた。
そして顔の前にはレクスの剣先が。
レクスの右手が差し出される。
何が起こったのか理解できずに不思議そうな顔をしたまま、その手を掴むとカインは立ち上がる。
「お前なぁ、父さんから習ってんだから足使うのだって想定できただろ? 何も打ち合いだけが剣術じゃない」
「……そうだな。簡単なことを忘れていた」
指摘されて何処か神妙な顔付きを見せるカインに向けてレクスはモチベーションを上げるための一言を放つ。
「焦ることはないんじゃないか? 後少しで俺たちは探求者にもなれるし一緒に世界を回るのもいい。その場合は父さんにもうしばらく頑張ってもらわないといけないけどな」
「探求者か……それもいいか」
「ああ、豹族の村に行ってみるのもいい」
小さなスターナ村で過ごし朽ち果てていくだけの人生はまっぴら御免だとカインは思っていた。カインは自覚こそしていないが、心の底では人間に対する怒りのようなものが燻っている状態だ。
幼少期のトラウマなど簡単に消えるものではない。
村には愛着を持っているし助けてくれたテッド、優しく接してくれる村人たちには感謝しているがそれはそれ。
「探求者か……」
再びカインが呟く。
誰にも聞こえないその言葉は風に乗り消えた。
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