第38話 レクスの帰郷
土曜日から更新を1日1回に変更させて頂きます。
もうじき本編突入なのでお楽しみに!
いつもお読み頂きありがとうございます。
本日は12時、18時の2回更新です。
初めてロードス子爵家令嬢のセリアから手紙をもらってから、レクスは律儀にも毎回返事を書いて送っていた。筆まめな方ではなかったが、1通送るのも2通送るのも変わらないと考えたレクスはスターナ村の実家にも手紙を書くようになった。
そしてたった今、レクスは実家からの手紙を読んでいるところだ。
レクスはその内容に愕然とさせられる。
あの万年健康親父のテッドが魔物との戦闘で大怪我を負った挙句、感染症を引き起こして寝込んでいると言う。思わず身を固くしたレクスはすぐに帰郷することを決意した。
するべきことは多い。
まず学園に向かい、担任のローランに理由を添えて休学願いを提出した。
学園の規則はそれほどきついものではなく、理由にもよるがある程度は柔軟に対応してもらえる。ましてや親が危篤であれば認められないはずがない。
怪我に加えて感染症も併発しているらしいので薬が必要だが抗生剤を買うにはハードルが高過ぎる。収入がなく仕送りで生活しているレクスが高価な薬やアイテムなど買えるはずもないのだが、1人心当たりがあった彼はすぐに寮を飛び出した。
言うまでもなく向かった先は錬金術士クレールの店である。
テッドの怪我がどの程度かは分からないが、スターナ村周辺で採れる薬草で精製した薬では軽い傷しか治せない。森林地帯の奥深くまで足を運べばミドルポーションの材料であるルシオ草が採取できるのだがレクスはそれを知らなかった。それに知っていたにしても村の薬師程度ではルシオ草を扱うことは難しかっただろう。
レクスの頼みにクレールは喜んで承諾。
ミドルポーションと抗生剤を無料で譲ってくれることとなりレクスはこの恩は出世払いで必ず返すと約束した。
「期待して待ってるよ」
そう言って送り出してくれたクレールに何度も頭を下げてスターナ村経由のロドス行きの馬車へと飛び乗った。
ミレアは心配して着いて行くと言ったのだが、レクスは何とか彼女を説得して王都に留まらせる。
涙目になるほど心配してくれる彼女にレクスの心が温かくなる。
そっと抱き寄せて宥めるミレアの瞳からは大粒の涙が零れ落ち、床に染みを作った。
スターナ村へ向かう馬車は3台。
魔物や盗賊からの護衛に当たる探求者が10名。
王都周辺には魔物が少ないから探求者の中でも初心者から少し経験を積んだ者向けの任務であるらしい。とは言え、春休み終わりに王都付近でメラルガンドに襲撃を受けたことはレクスはもちろん忘れていない。
不安も少しあるがレクスも強くなっていると言う自負がある。
以前のようにはならないとの自信を持っていた。
思いの外、旅は順調で盗賊の襲撃はなかったし魔物もEランクが数体現れただけであった。その際、探究者たちの戦いぶりを見ていたがレクスが抱いた感想は『自分なら圧倒できる』と言うものであった。
スターナ村へは予定通り8日程度で到着しレクスはお金を払ってさっさと自宅への道を走る。やがて懐かしい自宅が見えてくるがレクスを出迎える者はいない。
手紙を返していないのだから当然である。
「ただいまッ! 父さんの容体はどう!?」
勢いよく玄関の扉を開けるとその音に驚いて目を見開き固まっているリリアナがいた。
「レクス? あなた、どうしてここに……?」
「いやいや、父さんが大怪我して感染症になったって手紙を見て飛んで来たに決まってるだろ?」
「いえ、決まってはいないでしょ……」
リリアナの突っ込みに力がない。
それどころか、その表情から見てとれるのは不安と危惧。
心配のあまり眠れてもいないのか、ひどい顔をしている。
「とにかく父さんの様子を見せてよ」
「今、薬師のノエルさんが見てるから静かにね……」
言われた通りにテッドが寝ている部屋の扉を静かに開けて中へ足を踏み入れる。
丁度治療中だったようで、横たわる父の傷口にノエルが薬草をつけているところであった。
「奥様、治療中だと言ったはずですが……」
闖入者の2人に目を向けて厳しい口調でノエルが窘める。
見た感じではかなりの大怪我で使っているのは恐らく岩壁草だ。
文字通り切り立った岩壁に繁茂することからこの名が付いた薬草であり最も一般的なものだ。
「王都からミドルポーションと抗生剤を持ってきました。これを使って欲しいんです」
レクスの言葉にノエルだけでなくリリアナも驚いたようで目を白黒させる。
未だ硬直している彼女よりも一足速く脱したリリアナが思わず大声を上げた。
「そんな高価な物、一体どうしたの!?」
「知り合いの錬金術士に譲ってもらったんだよ」
「譲ってもらったですって? レクス……あなたまさかぼったくられたんじゃ……」
自分が上げた大声に我に返ったのか小声になったリリアナが心配げに聞いてくる。
「大丈夫。ちゃんとした人だしお金は俺が何とかするから」
「でも――」
「奥様、言い争っている場合ではありませんよ? せっかく薬があるのでしたら使うべきでしょう。岩壁草では焼け石に水です」
レクスはノエルにアイテムを手渡すと、彼女はすぐにテッドの口にミドルポーションを含ませる。傷ついた体が緑色に光り輝いたかと思うとみるみるうちに重症だった傷が癒えていった。
ただ、失われた左肘から先は元には戻らない。
それを治す唯一の方法はファイナルポーションを使うことくらいのものだ。
このアイテムは欠損すらも再生する超回復薬なのである。
奇跡の光景を目の当たりにして、いつも気丈なリリアナの目から涙が止め処なく溢れ出し止まる様子はない。レクスがバタバタと家で騒いだことに気が付いたのか、リリスも部屋に入ってきた。
「何ッ!? どうしたの!? 父さん死んじゃうの?」
「リリス、父さんは大丈夫だ」
「えッ……どうして……ってお兄!?」
いるはずのないレクスの存在にようやく気付いたリリスは状況がよく飲み込めない。頭の中は絶賛大混乱中である。
「それは置いといて、次は感染症ですね。内服用しかないんですが大丈夫でしょうか?」
「ここに点滴をするような道具はないわ……。内服させるしか方法はないしそれで良かったと思いましょう」
この世界にも注射針などの医療器具は存在するらしい。
実際に治療院を見た訳ではないが、レクスはクレールに聞いたことがあった。
「毎日、私が様子を見に参りますので心配せず奥様もちゃんと休んでください」
「え、ええ。大丈夫なのね? 分かったわ。お願いねノエル」
「えっと何がどーなってんの?」
リリスは未だ事態を把握できていないが面白いので放置しておく。
後で説明するけどね。
取り敢えずは何とかなりそうでレクスは心底安堵する。
そして再認識できたことに感謝する。
魔導具士、薬師、錬金術士の職業の重要性はかなり高いと言える。
それにしても左肘から先を失ったことを知ったテッドはどう思うのだろうか。
戦えない訳ではない。
しかし長年、村を護ってきた騎士としてショックは大きいだろう。
それにしてもテッドが倒せなかった魔物とは何なのかがレクスには気になってしょうがない。意識が戻ってもしばらくは経過観察で動けないだろう。
恐らくこのまま夏休みに突入しそうなので、ここは親孝行に励むとしよう。
そう思うレクスであった。
一方――
「何がどうなってんのー! 誰か教えてよぉーーー!」
訳の分からないリリスの心からの叫びが家の中に響き渡った。
ありがとうございました!
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明日から12時の1回更新です。




