第37話 バルバストス侯爵家・後日談
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レクスとミレア、更にはホーリィまでも招いて行われたお茶会の後、バルバストス侯爵――サリオン・ド・バルバストルは部屋に子供たちを呼びつけていた。
一体何事かと不安になったセラリスが姉のローラヴィズの部屋を訪ね、せっかくだからと兄のフォルサームも一緒にサリオンの執務室へ向かうことにしたのだ。
困惑したのはセラリスだけではなく、他の2人も同様であったが年上として不安にさせないように振る舞っていた。
執務室のドアをノックすると中からすぐに返事があった。
「入りなさい」
「失礼します。父上。フォルサーム参りました。ローラヴィズとセラリスも一緒です」
3人が部屋に入るとサリオンは普段はあまり嗜まない酒を呑んでいた。
隣には侍従と侍女が控えており、早速3人のために果実水をグラスに注ぎ入れる。
「すまんな。お前たちは席を外してくれ」
サリオンは応接用のソファに座ると子供たちにもそうする様に促した。
対面に腰掛ける子供たちの顔は何やら不安げだ。
3人揃って呼び出されることはそうあることではない。
「それで話と言うのは一体……?」
フォルサームが話を切り出すとサリオンが逆に問い質す。
「うむ。お前たちはレクス殿たちについてどう思った? 率直で良いので申してみよ」
「中々、利発そうな子でしたね。言葉遣いも所作も平民とは思えないところもありましたし。聞いている噂とは随分違うと感じました」
噂と言えば1つしかない。
例の悪い風評は貴族士官学院にまで及んでいた。
恐るべしNPCレクス。
「噂ですか……? それは一体」
ローラヴィズは疑問に思ったようですぐに兄へ質問した。
レクスと今後、絡む機会が増えるだろうと考えていた彼女としては気になるところであった。
「ああ、ローラももうすぐ中等部へ行くからね。一応耳に入れておくが、要は彼には凄く悪い風聞があるんだよ。覇気がないとか、瞳に光がないとか、死んだ魚の目をしているとか、魂が抜けているようだとか言い出したらきりがない」
「全くそんな感じはしなかったのだけれど……そうよね?」
「はい、お姉さま。わたくしも感じませんでしたわ。むしろとても気力がみなぎっているご様子でしたし……」
「やっぱりそうよね。私も理知的で言っていることも尤もだと思ったわ」
3人共に両親に似て聡明なバルバストス侯爵家の子供たちである。
やはりレクスの非凡な一面を見抜いていたようだ。
それが直感的なものであったとしても。
「そうだな。お前たちの言う通りだ。まぁ私は噂に関しては知らんが、フォルサームと同じ見解だ。更に言えば錬金術に対する理解。何故、未知の病気の治癒薬の知識を持っていたのか……そもそも戦神ホーリィ・エカルラートと誼を通じていること自体がおかしいのだ。しかもあの年齢でだ。それにな? 彼は現在の王国の状況を的確に理解しているぞ? 私も必ず王国全土が荒れると見ている。天候不順や災害で穀物類も不作になると言っていたが、今はまだ6月……そんなことが分かろうはずもない。確かに50年戦争と不浄戦争で国民は疲弊しているし、各地で重税が課されているのも確かだが蜂起が起こるのを確信していた様子であった……」
「蜂起など起こるのでしょうか? 本当に?」
ローラヴィズは懐疑的な様子だが、レクスの言も否定しきれないと感じていた。
「凶作になれば必ず起こる。断言できるだろう。それに――」
サリオンが何かを言い掛けて言葉を止める。
そんな態度を取られれば気になってしまうのが人間と言うもの。
フォルサームが先を促す。
下の2人も気になったようで、そわそわが態度に現れている。
「それに? 父上、何がおっしゃりたいのです……まさかッ!」
「……お前も気付いていたか? レクス殿はな。戦争が起こると言い掛けたのだ」
「何ですとッ!」
「戦……争……?」
驚きと困惑で2人が固まる。
まさか想像の遥か上を上回ってくるとは予想だにしていなかったのだ。
セラリスに至っては状況がよく飲み込めていないようだ。
「何だ。フォルサームは気付いていなかったのか。まぁ私も信じられぬと思ったが……考え直したのだよ。もしも凶作、飢饉、民衆の蜂起が起これば好機とばかりに攻め込んでくる国が出てくる可能性は否定できぬ。しかも私が気になったのは彼が事もなげに話していたことだ。アレは予感などではない。然も当然であるかのように……普通の会話のように平然と話をしていた」
サリオンが真剣であればあるほど、子供たちの中にそんなまさかと言う思いが芽生える。深読みし過ぎではないか?と思っているのだ。
「彼には確信があると?」
「それこそホーリィ聖下にお聞きしたのではありませんか?」
「いや如何に古代神の従属神たるホーリィ聖下と言えども将来のことなど分からない。何より彼女は考えるより戦いに身を置く存在だからな……失礼かも知れぬが。とにかく騎士爵家の息子とは言え平民が知り得る知識でもなければ、考え得ることでもない。レクス殿は普通の平民ではない」
「ならば彼は何者であると……?」
フォルサームの生唾を飲み込む音が聞こえたような気がした。
しかし高まりに高まった緊張感が解かれる。
サリオンは何処かおどけた様子で両手を上げた。
お手上げだ、と言う意味を込めて。
「分からぬよ。それが分かれば苦労はせんさ」
だが話はそこで終わらなかった。
サリオンが再び熱っぽく先を続ける。
「それにな……それを前提にして考えると奇妙な点もあるのだ」
「まだ何かあるのですか……聞かせてもらえるんでしょうね? 父上」
「もちろんだ。それはな。彼が漆黒神の名が出た時に何の反応もしなかったことだ」
「漆黒神のことを知らない……訳はないわよね……」
流石にここまでのことを考慮すれば知らないと思う方がおかしい。
ローラヴィズは自嘲気味に自分で言った言葉を否定した。
「私はあの時ずっと彼を観察していた。まぁ彼はリラックスしてくれていたようだったがね。だからこその失言めいた言葉だったのだろうが……。それで漆黒神の話だったが気になったのはその余裕だ。ホーリィ聖下の推測を何処か聞き流しているように思えるのだよ」
「と言うことは別に何か思い当たる原因があったと言うことでしょうか?」
「恐らくそうではないかと考えている。もしかしたら何かが裏で動き出しているのかも知れん。貴族と言ってもその立ち場に胡坐をかいているようではいずれ没落するは必定。独自に調査することに決めた」
「独自でですか!? 王家の影ではなく?」
「ああ、何が信じるに足るもので、何がそうでないか見極める必要がある」
「王家をお疑いになると言うことですか、父上!」
思わず声が上ずってしまい、慌てて口に手を当てるフォルサーム。
例え侯爵家の邸宅とは言え迂闊なことは言えない。
ここは王都の貴族街の中にあるのだ。
「取り乱すな。付け込まれるだけだぞ。もちろん我が侯爵家は王家に忠誠を誓っている。それは揺るぎない事実だ。何も心配することはない」
「はい……申し訳ございません……」
「理解したか? 特にローラ。お前は中等部で彼と同級生となる。しっかり友誼を結んでおくと良い」
「分かりましたわ」
ローラヴィズとしてもレクスは興味の対象であった。
言われるまでもなく仲良くさせてもらうつもりだ。
お茶会の時から気になっていた彼女の中に更なる期待感が芽生え、学園生活のことを考えると胸が熱くなる。
「セラリスはローラから話を聞いておきなさい」
「はい。父上」
セラリスは11歳でまだ家庭教師をつけている状況だしレクスとは年代が被らない。ローラヴィズがレクスと絡めむことが増えれば会う可能性も高まると言うもの。
サリオンは子供たちがレクスと言う異常体を認識したと確信し、彼らを下がらせた。
「時代が動くのか……?」
1人になった執務室でグラスに酒を注ぐと一気に呑みほした。
その場合、如何にして生き抜くか。
サリオンは生存戦略について考え続けた。
もうすぐストーリー本編だーーーー!!
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