第36話 バルバストル侯爵からの謝礼
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本日は12時、18時の2回更新です。
レクスは何故か、現在貴族街にいた。
ありのまま、今起こったことを話すぜ。
仲良くなった錬金術士クレール・アドリアがもうしばらくして王都を去り、バルバストル侯爵領へ引っ越す予定なのだそうだが、何故かクレールからではなくバルバストス卿から手紙が送られてきた。
何を言っているのか分からないと思うが俺も何をされたのか分からなかった。
頭がどうにかなりそうだった。
貴族……もっとも恐ろしいものの片鱗を味わったぜ。
と、レクスがネタで遊んでいたのだが、手紙が送られてきて驚いたと言うのは紛れもない事実であった。一応クレールからの添え状もついていたので、そこまで混乱はしなかったのだが。
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「ふむふむ。あーやっぱりこうなるかー。クレールさんの顔を潰す訳にもいかないしなぁ……」
しばらく前に彼がバルバストス侯爵からの依頼で侯爵子息の病気を治したことで、更にその信頼度が上がったらしい。
レクスはコネクション作りの一環として、そして少しばかりの善意からクレールに治療薬のレシピを教えたのだが、彼はバルバストス卿に馬鹿正直に話してしまったのだろう。
「こっちも下心があったんだから別にお礼なんていらないんだけど……まぁ貴族にコネができるのもいいことなのか……?」
正直、貴族なんて面倒そうな者と関わり合いになりたいとは思えない。
腹芸ばかりで面従腹背、面従後言 、二枚舌。
そんなイメージしか湧かない。
ただの固定概念かも知れないでもないが。
「ご子息が無事快方に向かい、既にいつもの調子を取り戻したと……子息は17歳か結構上だな。おお、職業は天騎士なのか。確か主人公ガイネルの父ちゃんもそうだったな。強いのかな? 何々……妹2人も会いたがっていると」
少しだけ戦ってみたいと言う気持ちが湧きあがるレクス。
どうやら貴族街にある邸宅の庭園でお茶をするだけのようだ。
平民のレクスとしては貴族がどんな話を好み、どんな風に振る舞っているのかなど分かろうはずもなく。
肩肘張ったお茶会ではないとは書いてあるのだが、それでも不安だ。
更に読み進めていくと気が引けるなら、友人を連れてきて構わないと書いてある。
「うーん。やっぱり断るとクレールさんに悪いし貴族に反感持たれるのも嫌だし……しゃーない行くか。ミレアも連れてこう。最近構ってないし。あ、ホーリィにも声掛けるか。誘わなかったら後が怖そうだ」
ちなみにすぐに返事をして欲しいらしく侯爵家の従僕が寮の前で待機している。
これ以上待たせるのも悪いので承諾の返事をした。
それから数日後に日取りが決まり、馬車による迎えが来て今に至ると言う訳だ。
初めて入る貴族街にミレアだけでなくレクスも興奮していた。
平民街と建物の造りが全然違う。
石造りなのは同じだが建築様式が違っているし、使用されている石材自体も高品質なものなのだろう。
あちこちに装飾が施されており、精緻に彫刻された石柱なども見られる。
それに広い。広大だ。
邸宅の前には侯爵家の面々がレクスたちを出迎えるべく待機していた。
玄関のホールに入ると侯爵本人とその子女たちすらも出迎えてくれたのだ。
何と言う高待遇。貴族に抱いていた先入観が少しだけ解消された気がした。
「これはレクス殿! ようこそ我が屋敷へ! 貴殿とクレールのお陰でこの通り我が息子は完全に回復した。感謝致す!」
そう言いながら握手を求めてきたのは、顎鬚を生やした紫がかった髪と瞳を持つ男――バルバストス侯爵であった。
まずはその巨躯に驚かされる。
引き締まった体は幾度となく死線を掻い潜ってきた証なのだろう。
無骨さはあるが、表情はとても柔和で言葉遣いも丁寧だ。
「いえ、私の知識がお役に立てたようで何よりです。それに錬金術士のクレールさんがいなければ私など何もできませんでした」
「謙遜されることはない。知識や技術は身を助ける。よく学ばれているのだな」
レクスがまたまた謙遜するが、このままでは時間のみが過ぎていくだけだと思い、ミレアとホーリィを紹介する。
ホーリィの素性については黙っておいたが、気付かれたかどうかは分からない。
ただ相変わらず背中に超大剣を背負っているので、武闘派で名高いバルバストス侯爵にはバレている可能性はあるだろう。
「レクス殿! 私はバルバストス侯爵家が第一子、フォルサームと言う。命の恩人に会えて嬉しいばかりだ! 本当に感謝の念に堪えない。今日は是非ともゆっくりしていってもらいたい!」
元気だが礼儀正しい人だなと言うのが第一印象。
その後もバルバストス侯爵の娘2人が紹介された。
ローラヴィズとセラリスと言うらしい。
皆、侯爵と同じように紫色のタンザナイトの宝石の如き髪と瞳を持っている。
「ローラヴィズは貴殿と同い年だ。中等部に入学させるつもりなのでな。その時はよろしく頼む! 貴殿も中等部へ行かれるのだろう?」
「え、ええ……そのつもりですが……」
レクスが侯爵の前のめりな姿勢に押されて怯まされていると、長髪の方の少女がそっと近づき優しい声で囁くように告げた。
「ローラヴィズと申します。これからも良しなに」
ニコリと微笑む姿はどこか儚さを感じさせる。
今でも十分に綺麗なのだが、将来は相当な美人になるだろう。
「わたくしはセラリスと申しますわ。職業は騎士です! お姉さまとは1つ違いですわ。よろしくお願い致します!」
セラリスは活発そうだが、同時に利発そうな印象を受ける。
バルバストス侯爵家は後継者に恵まれているみたいだ。
どの子供たちも表情が豊かで溌剌としているし、仕えている者たちも活力に溢れており忠誠心を感じる。
「皆様、ご丁寧にありがとうございます。私はレクス・ガルヴィッシュ。スターナ村出身のしがない魔導士です。よろしくお願い致します」
ミレアたちを紹介しておいて自己紹介を忘れていたレクスが慌てて取り繕う。
慌てっぷりがおかしかったのか、周囲がホンワカした空気に包まれる。
広い庭園に案内されるとテーブルと椅子が準備されており、レクスたちの後からティーセットや軽食、お菓子などを持った侍女がついて来る。
早速、紅茶が用意され軽食類がテーブルへと並べれていく。
マナーがよく分からないレクスであったが、取り敢えず皆の真似をすることにする。目の前に見本がいるのだから問題はない。
「あら……美味しいわねぇ。ゴルケーヌ地方の茶葉かしらぁ……?」
「お目が高いですな。それはダイダロス公爵領から取り寄せた一品です。あそこは有名どころから玄人好みまで揃っておりますからな」
「おお、確かに美味い……」
「ふぉぉぉぉ~」
レクスも試してみるがフルーティーな香りと少しの甘味を感じる。
紅茶があまり得意ではない彼でも美味しく頂けるものだ。
ミレアもよく分からない唸り声を上げているが、彼女なりの喜びの表現なのだろう。
「でも私なんかがお邪魔して良かったのかしらぁ……?」
「貴方様を妨げる者などおりませんよ。ホーリィ・エカルラート聖下」
ホーリィに対して侯爵が軍隊式の敬礼をする。
それに驚いたのは彼女だけでなく侯爵家の面々もそうだった。
「あら? 知ってたのねぇ?」
「もちろんでございます。戦いに身を置く者なれば……」
何故か侯爵はドヤ顔でそう言った。
確かに不浄の大森林から王国を護る盾だからな。
「父上、ホーリィ聖下と言えばあの戦神と呼ばれるあの御方でしょうか?」
「ああ、この御方こそ戦神谷でオーク1000人斬りをした聖下その人だ」
戦神谷はオークの国であるレギオン王国と聖ガルディア市国との間にある大峡谷だ。以前は別の名前だったらしいがホーリィがやらかしたせいで別名の方が有名になってしまったらしい。
「あの頃は若かったわぁ……」
何故か頬を赤く染めて恥らっているホーリィ。
もじもじするのは止めて欲しい。
セレンティアの世界にはグラエキア王国の北西にオークのレギオン王国が、南東にゴブリンのロストス王国が存在する。
ハイエルフやダークエルフ、ドワーフの国家もありその地へ行くことも可能だ。
ちなみにこの世界のゴブリンやオークは舐めてはならないほど強い個体がいる。
ただの雑魚として戦いに臨めば下手をすれば全滅もあり得るほどだ。
そのせいで幾人ものゲームプレイヤーを涙目にさせたと言われている。
「あの……ホーリィ聖下、最近は魔物の動きが活性化しているようですが何か不吉なことの前触れなのでしょうか?」
「漆黒神の影響力が及んでいるのかもねぇ……」
「し、漆黒神!?」
ローラヴィズの質問にホーリィが事もなげに答えるとセラリスが怯えたような声を上げる。侯爵とフォルサームもその名を聞いてまさかと意表を突かれた様子だ。
漆黒神については知識があるようだが、レクスは1人動じることもなくティーカップを片手に内心で突っ込んでいた。
あくまで優雅に(当社比)。
「(ホーリィさん、違うんだよなぁ……魔物の活性化や強力化は漆黒神じゃなくて魔王の影響なんだよ。職業の魔王ね)」
『魔王』と言う職業があり、その能力に『魔物強化』や『魔物暴走』を持つ。
つまり何処かで魔王と言うレア職業に就いた者が現れ、能力を使ったことを意味する。亜神であってもこの世界の理を完全に理解している訳ではないと言うことだ。ましてや人間をや。
「王国はどうなってしまうのかしらね……」
「戦争の影響と重税で国民は疲弊している。何かきっかけがあれば国内は大混乱に陥るだろうな」
「そんな……お兄様……」
こんな深刻な内容の会話になってもお構いなしにお菓子を食べ続けている存在がいる。
もちろんミレアだ。驚きなどない。
ちょっとは気にしろよと思いつつレクスが口を出す。
「残念ながら今年は厄年になりそうですよ。恐らく天候不順や災害で穀物類も不作になるでしょう。侯爵閣下は領内の統制に尽力されるべきかと。各地で蜂起も起こるでしょうし、戦――」
レクスは言い終わってようやく「しまった言い過ぎた」と慌てて口を噤む。
礼を尽くしてくれたお礼にささやかなアドバイスを、と思っただけなのだが、明らかに言い過ぎだし平民が貴族に偉そうな口を叩くなどあって良いはずがない。
「(やべ……大チョンボやんけ)」
「ほう……それがレクス殿の見解か……中々の慧眼であるな」
「レクス殿は平民なのに物事を良く見ておられるな! それとも平民故の目線なのだろうか?」
侯爵とフォルサームはしきりに感心しており、ローラヴィズはレクスを見る目が変わっている。あの目は警戒なのか、驚愕なのか、何かを見透かすような感じがする。
「へぇ……レクス様は剣の腕が凄いと聞き及んでおりましたが、内政にも通じておられるのですね!」
セラリスは単純に驚いているだけのようだが、剣の腕が凄いとは……?
そう疑問に思っていると、ここぞとばかりにミレアが横から口を出した。
「そうなのよ! セラリスちゃん! レクスは何でも凄いんだよ~!」
普通にタメ口を利いているその度胸に痺れる憧れる!
ついでに言えば、彼女はレクスのことを自分のことのように自慢する節がある。
「そうなんだ……ミレアさん、彼は凄いのね」
「その通り~! ローラヴィズさんもよろしくね~! 中等部で一緒になれば良く分かると思うよ~!」
「まぁこの歳にしてはよくやっているわねぇ……」
ホーリィもミレアを援護射撃し始める。
と言うか情報源はどこだと問いたい。
「そうだな。レクス殿の様な文武両道の方こそ貴族になるべきなのやも知れんな」
侯爵までそんなことを言い出した。
生憎、俺は自分と家族、その周辺だけで手一杯だよと思うレクスであった。
ローラヴィズが王立学園中等部に通うようなら縁も残ることだし、きっとそれは良いことなのだろう。レクスは彼女とは仲良くしようと心に決めた。
こうしてお茶会は無事に終了し、帰り際にはお土産まで持たされてしまった。
なんでも謝礼と言うことらしいが…。
バルバストス侯爵家にとっても亜神であるホーリィを招いたと言う栄誉が得られた訳だし、レクスとしても良い顔つなぎができたと考えている。
後はご縁を壊さないように注意するだけだ。
ありがとうございました!
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明日も12時、18時の2回更新です。




