第35話 接触する者
もうすぐストーリーの本編(第二章)が始まります。
お楽しみに(`・ω・´)ノシ
いつもお読み頂きありがとうございます。
本日は12時、18時の2回更新です。
王立学園魔導科の科長、テレジア・コルノートは魔導科長室にレクスを呼び出していた。
テレジアの目の前には然して緊張した様子を見せることもなく平然とソファに座っているレクスの姿があった。
レクスはレクスで突然のお偉いさんからの呼び出しに多少は戸惑っていたが、それを表に出すようなことはない。
「(何だこれ。俺何かやらかしたか? こんなに模範的な生徒なのに……解せぬ)」
実際には悪目立ちしており、以前より周囲の人間から注目を浴びていたのだがレクスに自覚などない。
更に言えば現在もそれは継続している。
逆の意味でだが。
給仕の男性がお茶を入れてカップをテレジアとレクスの前へそっと差し出した。
そのまま部屋から退室するかと思われたが、テレジアの背後に控えると姿勢を正して微動だにしなくなる。
「どうだい? これは都市国家連合のバルバラから手に入れた緑茶だよ。珍しいから飲んでみてよ」
「はぁ……ありがとうございます。頂きます」
この世界にも緑茶があったのかと少し嬉しく思いながらレクスは遠慮なくカップに口を付けた。前世でも緑茶が大好きだったので有り難く頂く訳だが、どうしても納得できないことがある。
何故、器が紅茶などを入れるティーカップなのか、と。
緑茶を入れるなら湯呑み茶碗でも用意しろ、と。
ついでに甘い和菓子も持って来い、と。
「やっぱり美味しいです。こんな飲み物が世界にあったんですね」
「(やっぱり?)気に入ってくれたなら何よりだよ」
テレジアはニコニコしながら飲んでいるだけで一向に話を切り出そうとしない。
沈黙が部屋を支配し、どことなく気まずい雰囲気をレクスは感じ始めるが彼女はリラックスして単純にお茶を楽しんでいた。
「それで俺に……僕に何かご用でしょうか?」
「ん? ちょっと話をしたくってね」
「話ですか? 一体どんな……?(ヤバ……貴族をボコった件か?)」
レクスは心の中で頭を抱えてあの時の自分を殴ってやりたいと後悔しているとテレジアが意味深なことを言葉にした。
それまでの笑顔が消え、一瞬だけ鋭い視線を向けられた気がしたがハッとして彼女の顔を見ると元の笑顔に戻っている。
「例えば……君が何者なのか……とか」
「(……!?)意図がよく分かりませんが……僕は小さな村の騎士爵位を持つ家に生まれた長男に過ぎませんよ」
「まぁそれは確かなんだろうけどさ。それだけじゃないよね?」
「一体何を言わせたいんですか? 僕はそれ以上でもそれ以下でもありませんが」
明らかに何かの根拠に基づいて話を進めている感じだ。
テレジアは終始その笑顔を絶やすことはないが、レクスはどこか詰問を受けているような感覚を味わっていた。
「君は自分を客観的に見れていないようだ。自覚してないのかな? 今年の4月までの君と現在の君には明らかに大きな変化が見られる」
「春休みを境に本気を出しただけです」
「え? 別に春休み前から成績自体は悪くなかったじゃないか。それどころか優秀な部類だよ」
「(そうなんか!? 成績表とか見てないから全然知らんかったぞ! それに昼行燈とかって蔑称で呼ばれてたらしいやん)」
沈黙して何か考え始めたレクスを見てテレジアは、やはり目の前の男子には何かあると確信していた。
実際はただただ混乱していただけなのだが……。
「はぁ……もしかして本当に分かってない? これを機にもっと自己分析を正確にしてみるべきだと思うな。それに君は春休み後から明らかに別人になった。これは間違いないことなんだよ」
「えっと……別人になるなんてことが有り得るんですか? 僕はそんなオカルト染みたことなんて信じていませんがね」
魔法が存在する世界でオカルトも何もないのだが、余裕の態度を見せようとして変なことを口走ってしまったことにレクスは気付かない。
一方、それを聞いたテレジアはさも愉快そうに腹を押さえて笑い出す。
「オカルトぉ? ははは! 君はいちいち面白いことを言う。まぁいいさ。君は変わった。それは事実。何故なら私にはそれが分かる技能があるから」
「技能? そんな技能があるんですか?(マジで覚えてないぞ。レアものか?)」
「あるよ。あるある……。ま、普通は技能なんて他人に明かさないからね。切り札になり得るんだからさ」
テレジアが言っていることはごくごく普通のことである。
貴族や宗教勢力が一般国民に知識や技術を与えないように、他人に手の内を見せてアドバンテージを捨てる者などいるはずがない。
「君にだけ教えておこう。私は精霊術士。その技能は【位相感知】と言うものさ。個々の魔力なんかの波動には個性が出る。それを識別することなんて造作もないことなんだよ。そしてそれに引っ掛かったのが君だ。そんな時に精霊神様から伝えられたのがこの世界の危機……」
「なるほど。そんな技能があったなんて知りませんでした。それに精霊神様からお告げがあったんですね。いやぁ世界は広いなぁ」
「まだ惚ける気かい?」
テレジアの追及は終わりそうもない。
特に焦れた様子は見せないが、彼女は精霊神の言葉を信じておりそれにレクスが絡んでいると信じていた。
信じたいと言うべきか……。
「まだあるよ。君は休みの日など暇を見つけては色んな人と接触したり王都を見て回ってるみたいだね。それも何か関係があるのかな?」
「(特に明確な目的があった訳じゃないんだけど……ただ身内のためにならないかと思ってただけなんだが)はぁ……そこまで知ってるんですか……」
「お、やっと認めたね。それで君は何者なのかな?」
「(精霊術士ってことは『精霊神の神託』の能力か?)分かりましたよ……言います。言いますよ。でも内密にお願いしますできますか? あッそうだ。ついでに僕の後ろ盾にもなってくださいよ」
取り敢えず適当にでっち上げておけば納得してくれるだろうと言う算段はあった。そもそも真実を話した場合の方が余計信じてもらえなさそうだ。
「後ろ盾……それが必要になるようなことが起こるんだね? ……約束するよ。君に何かあったら一大事だからね(ま、場合によっては誰かに話す必要はあるけどね。何しろ国家、もしかしたら世界レベルの厄災なんだろうし)」
「春休みに一時的に記憶をなくしたんです。その時にお告げを受けたんですよ。世界に混乱が起こると。だから見聞を広めよと言われたんです」
「ふぅん……どの神からお告げを受けたのかな?」
テレジアの表情が一変しその声色も真剣みを帯びる。
彼女としては未だ懐疑的だが聞く耳は持っている。
レクスが正直に話すかは分からないが、レクスの心の内が分からない以上そうしてもらいたいと期待はしていた。
「絶対神ガトゥですね」
「(……!? ガトゥ? 絶対神? 何を言っているんだ、この少年は!?)」
この世界で絶対神の存在を知る者などほとんどいないし、歴史書や神話にも残されていないのだ。
テレジアが知らないのは無理もないことであった。
ただレクスが失念していただけ。
迂闊にも絶対神の名を出してしまっただけ。
「君は何者なのかな?」
「え、僕は普通の人間ですけど……?」
「……もしかしたら君は世界に選ばれた新たなる使徒なのかも知れないね」
レクスが黙り込むと付喪神のことを考える。
一方のテレジアはその沈黙を肯定と受け取った。
だが古代竜の使徒が権力を握る世界で別の神から新たなる使徒が生まれたなどと言えるはずがない。彼が嘘を言っているようには思えなかったが裏取りは必要だろう。
「(これは約束を守れないかも知れないな……相談する人には十分気を付けないと)」
テレジアの中のレクスに対する重要度は一気に跳ね上がった。
今後、彼女は王立図書館の禁書区で膨大な歴史書や神話を調べることになる。
そしてそれが徒労に終わることは誰も知らない。
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明日も12時、18時の2回更新です。




