第32話 スラム街を往く
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休日になりレクスは今日も街へと繰り出す。
昨夜は遅くまで新魔法の開発に勤しんでいたため非常に眠たい。
起きるのが遅くなったがまだ眠たい。
とは言っても貴重な休日を寝て過ごすのは勿体ないと思えた。
寮から出てどこへ行こうかとぶらついているとニナの姿を見つけた。
何やらショーウィンドウに張り付いて何かを物欲しげに見ている様子だ。
しばらく経っても見ているので声を掛けようかと近づいたのだが、実行に移す前に彼女は慌ててその場を離れてしまった。
今日もバイトなのかも知れない。
何を見ていたのか気になってレクスも飾られている商品を確認してみることにした。
そこには様々なアクセサリが展示されている。
ピアスやネックレス、ペンダント、指輪などだがアクセサリは魔導具であることも多く何か特殊な効果が付与されている物が数多に存在する。
何気なく展示物を眺めていると急に怖気に襲われて身の毛がよだった。
感じたのは漆黒なるナニカ。
恐らく深淵たる闇を覗く魔なる物。
レクスは注意深く集中してマギアを視る。
その視線は煌びやかなアンティーク調のペンダントで止まった。
「(確かニナさんは古いペンダントが欲しいと言っていたな……これのことか? だとすると危険なもの? これは加工されているみたいだけど元は何だったんだろうな。宝石? うーん……)」
値段を見ると50万ゴルと書かれている。
どんな効果や加護などが付与されているかは不明だが、グラン大銀貨5枚ともなるとたかがアクセサリなどに一般的な国民が大金を出すことはないだろう。
ニナが半ば諦めたような顔をしていたはずだ。
ちなみに大銀貨1枚で10万ゴル、小銀貨1枚で1万ゴル、大銅貨1枚で千ゴル、銅貨1枚で百ゴルと言ったところだ。
自由にできるお金など持つはずもないレクスは、こんな高い品を扱うくらいだから店内を見るまでもないだろうと判断してその場からそそくさと離れた。
そもそも今日、レクスが足を運ぼうと考えていたのはスラム街である。
王都は広く駅馬車も運行しているが、こんなことにお金を使う気はさらさらないので面倒だが徒歩で向かう。
スラム街は南東地区を中心に広がっており今や東地区の農奴地区を浸蝕しそうな勢いでその領域を伸ばしていると言う話。付近には憲兵詰所があるようだが、レクスは危険が迫る可能性を考慮して帯剣している。
かなりの時間を要して南東地区へとたどり着くがスラム街と言っても明確な境界線などない。
ただ何となく空気感や雰囲気が変わったことで判断はできる。
たどり着いたは良いがレクスの予想に反して結構賑わっているようだ。
貧民なりにヒエラルキーが存在し商売が成り立っているのである。
何やら肉を扱っている店があるがとても買う気など起こらないし、ましてや食べるはずがない。どれだけ腹が減っていてもだ。
「(それにしても意外と活気があるな……スラムに偏見を持っていたらしい。まぁ道端で呑んだくれて寝ているおっさんとかトリップしている奴がいるのは想像と変わらないな)」
子供たちの姿も見えるのだが、こそこそと何かから隠れるように目立たないように振る舞っている節があり堂々と往来の真ん中を歩くようなことはしていない。
何にせよこんな表層だけを見ても理解などできないのでレクスは奥へ奥へと踏み込んで行く。やはり奥――地区の中心部へ行くほど活気があるようで行き交う人の数も増えている。
となると起こる可能性は高い。
そんなことを考えていると不意に子供にぶつかられた。
そのまま何も言わずに走り去ろうとするのを襟首を掴んで捕まえる。
もちろん想定内。
むしろ罠。
「な、なにすんだ! 離せよおい!」
「何すんだはこっちのセリフだろ。取ったモン返せよ」
「!?」
分かり易い反応に思わず少し笑ってしまいそうになるが、何とか堪えて剣を抜くフリをする。
それを見た子供の表情が劇的に変化し、体は強張り負の感情が発せられる。
もちろん、それは恐怖。
一歩間違えれば簡単に死ぬ。
そう言う世界なのだろうとレクスは理解を深める。
「分かった! 悪かった! 返すから勘弁してよ! 頼むからぁ!」
「静かにしろ。許してやるからさっさと返せ。後、話を聞かせてくれ」
「あ? は? 話って? 話せることなんてねーよ!」
「まぁ落ち着けよ。この辺りがどう言う状況なのか知りたいだけだ」
聞けば彼は戦災孤児らしく、15年前の不浄戦争で父親を亡くし相次いで母親も病死したらしい。頼るべき人間もおらず生き残るために今はギャングの手駒として日々必死に得たお金を上納していると言う。
失敗すればボコボコになるまで殴られるのはまだいい方で最悪殺される。
上役の機嫌が悪いと言う理由だけで。
成功しても得る物はほとんどない。
食わせてもらえるだけ感謝しろと言うこと。
一生抜け出すことも叶わぬ煉獄。
「孤児院があるはずだけど、頼りにならないのか?」
「なるはずないだろ! 最初からいたヤツは良いかも知れないけどギャング団から抜けて入っても殺されるだけだ……」
家族を亡くすのはつらかっただろう。
幼い頃に親の愛情を受けられずに育った者は何処かに歪みが生じる。
「前に孤児院に逃げ込んだ仲間がいた。だけどすぐ死んだよ。ボロ屑みたいになった死体も見た」
「他にお前らを助けてくれるようなところはないのか?」
「……分からない。一応教会があるのは知ってるけど……」
教会――恐らくアングレス教会だ。
威信が低下して影響力が弱まっているらしいがどうかな。
レクスには「一応、スラム街のことも考えていますよ」と言うアピールに見える。
何とかしてやりたい衝動に駆られるがここで動くのは愚策中の愚策だ。
と言うか策とも言えない。
レクス自身がずっと張り付いて護ってやることなど当然できないし、後ろ盾を作ってやる権力も伝手もない。だが1度関わりを持った者はなるべくなら力になってやりたいと思っている。
「そうか……辛いことを聞いたな。すまん。お前はこのまま何とか死なないように立ち振る舞え。そのうち機が訪れることもあるだろう」
「……俺を憲兵に突き出さないのか?」
「んなことしねーよ。やっていることは悪事だが綺麗事で飯は食えない。お前が一生懸命足掻いているのは理解できたからな」
いつかきっと。
自分が正しいと思うことを為すには自力で、もしくは自力で築いた権力や伝手を使って行わなければならない。
他力本願などもっての外。
レクスは自分の力で足掻く者こそ、積極的に手を差し伸べるべきだと考えている。とは言え、力ある者が力なき者を助けるのは当然……とは思わないが、出来る限り助けるべきだとも考える。どう足掻いても負の連鎖から逃れられない者、自分の意志ではどうにもできない者は必ず存在するからだ。
「じゃーな。ありがとな。踏ん張れよ」
頑張れとは言えなかった。
日々を全力で生きている者に。
「こっちこそな! じゃあな」
「ああ、またな」
一期一会。
そうなるかとも思ったが彼は意外にもレクスに胸襟を開いてくれたようだ。
「兄ちゃん、名前は何て言うんだ?」
「レクスだ。レクス・ガルヴィッシュ。せいぜい覚えとけ」
「俺はヤン。じゃあまた」
ヤンはニカッと笑うと手を多く振って人ごみの中へと消えて行った。
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