第29話 お抱えの錬金術士
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ようやくレクス本来の目的地である錬金術士のお店へとたどり着いた。
思えば長い道のりであった……。
亜神様と幼馴染に馬鹿にされレクスは傷心気味だ。
「こんにちはー」
挨拶しがてらドアを開けるとプーンと薬物臭が店内まで漂っており自然としかめっ面になってしまう。
この匂いはエクスポーションのものだ。
何度も嗅いでいるので分かるのだが、これは錬金術を習得するのに苦労する部類に入る物である。何しろ必要な職業点がバカ高い。
恐らく錬金可能になるまでそれなりの歳月を要したに違いない。その苦労が実ったお陰で貴族お抱えの錬金術士にまで出世できたのだから尊敬に値する。
「こんにちはー! レクスです」
返事がないので先程よりも少し大きな声で呼びかける。
するとようやく奥の部屋から返事が返ってきた。
確か奥は錬金部屋だと聞いているので、現在も錬金術を行使しているのだろう。
「おーレクス君じゃないか。久しぶり……でもないな」
「そうですよ。毎週来てますしね」
このどこか軟弱そうな体つきの男性こそがレア職業の錬金術士、クレール・アドリアだ。ローブを纏っていても分かる線の細さは健康面の心配をしてしまうレベルである。どこかやつれたような顔付きで顔色も悪いので、世間一般が想像するザ・魔導士と言った感じの人物なのだが……。
以前より一層やつれたような印象。
初めて出会った時はもっと精悍でやる気に満ち溢れていた気がする。
髪色が強い意志を感じさせる赤色なのだが、これがまた似合っていない。
「何だかやつれたご様子ですが……どうかしましたか?」
「ああ、それがね……バルバストル侯爵からの依頼なんだけど……」
そう言葉を濁したのはクレール。
何か訳ありだが。
ちなみにバルバストス侯爵家は不浄の大森林の近くに領土を持つ武闘派の貴族で、クレールの才能を買ってお抱え錬金術士に抜擢したらしい。その際、アドリア姓まで下賜したと言うのだから彼に寄せる期待は大きいと言える。
しばらくしたらバルバストス侯爵家領へ移るようだ。
彼の目が見なれない2人に向けられていた。
初対面なので取り敢えず紹介だけでもしておこうとミレアたちを呼び寄せる。
「クレールさん、こちらは幼馴染のミレア。それとこちらが亜神のホーリィ・エカルラート聖下です。お邪魔はしませんので放置でもしといてください」
「なぬ!? レクス! 放置するなんてひどいよ~!」
「失礼な子ねぇ……」
レクスのおざなりな紹介に彼女は口々に文句を言いたてる。
紹介しただけ有り難いと思って欲しい。
クレールはホーリィの名前を聞いたことがないのか、それとも実感がないだけなのか茫然とした顔をしている。引きこもりがちの魔導士タイプは世相に疎い印象があるから単に興味がないだけかも知れない。
「それでどんな依頼がきたんです?」
「それがね……侯爵閣下のご子息が病気を患ったらしいんだ。それも不治の病をね。侯爵閣下はその治療薬を錬金して欲しいと……」
薬にも種類がある。
普通の体力回復ポーションなどは傷や体力の回復は可能だが、病気自体を治すことはできない。病気用の薬はまた別に習得して錬金する必要があり、そのためには職業点が必要だ。
それは魔法や剣技なども同様で、職業ごとに覚えられる物は異なる。
例えば魔法なら火魔法第1位階の火炎障壁や第2位階の火炎球弾などそれぞれ習得に必要な職業点が決まっており使用できるようになるにはそれを消費して1つ1つ習得しなければならない。
「それで職業点の大きな物を覚えようと考えているんだけど、せっかく溜めたのにもしそれで治すことができないとなったら取り返しがつかない。踏ん切りがつかなくてね……」
「病名が何か伺っても?」
「魔力流出病さ」
それを聞いたレクスの反応は薄いものであった。
何故ならその病気の特効薬が何か知っているから。
「(魔力流出病か。なるほどね。でもこれって確か、本編で治療薬が判明するはずだったよな……それなら教えてもいいのかな? どうせ遅いか速いかの違いだろうし。だいたい盲点なんだよなぁ。不治の病だから職業点の高い錬金術を取らなきゃならないと思っちゃうんだけど、『聖浄なる月』でいけるはずなんだよな。これ、必要な職業点低いしあまり使われない素材が絡んでるから。教えてもいいけどタダでって訳にはいかないよな。怪しまれそうだし)」
急に黙考を始めたレクスにクレールは訝しげな目を向けるが、集中している彼はそれに気付かない。
最初は何か知っているのかとも思ったが、考えてみればレクスはまだ子供に過ぎず錬金の知識など持つはずがないと期待を振り払う。
やはり無理かとクレールは俯いて溜め息を漏らす。
だが次に聞いたのは彼を驚かせる言葉であった。
「俺、知ってますよ。魔力流出病の治療薬。教えましょうか?」
「はぁ? ほ、本当かい!? 不治の病なんだよ?」
「(適当な嘘で誤魔化すか)本当ですよ。教えます。だけど条件があります」
「な、何かな?」
レクスが不穏なことを言い出したせいでクレールは初めこそ間の抜けた声を上げたがすぐに警戒心を高めたようで声色が変わった。
目つきが鋭さを増し、どこか重たい雰囲気を醸し出す。
「面白いものが錬金できたら俺に下さい。魔技亜暴走とかいいかもなぁ」
魔技亜暴走とは服用することで体に宿るマギアの威力を活性化させ、限界以上まで出力を上げることのできる薬である。
教える理由の1つは、ここで出し惜しみしなければ、良質な薬が手に入るし良い人脈作りにもなるだろうと言う思惑からだ。
とは言え、教える理由はそれだけではないのだが。
敢えて条件を出したのは、何の対価も要求せずにタダで教えるのは相手に不信感と警戒感など悪印象を与えることになりかねないから。
痛くもない腹を探られたくはない。
「分かった。しかし職業点が足りればいいんだけど……」
「習得には大して消費しませんよ。安心してください」
「そうなのかい? ならやってみる価値はありそうだね」
「必要なのは『聖浄なる月』です。素材は月華草、星霜樹の雫、神星水、エテル。意外でしょ?」
さらっと重要なことを躊躇わずに口にしたためレクスの予想通りクレールは目を剥いて驚いた。
誰もこんな薬が効くとは思わない。
錬金術習得に必要な職業点も低いし、素材も入手はかなりし易い部類に入る。
「そ、それで効くのか……これは分からないよ。でもどうして君がそれを知っているんだい?」
「昔、村にいた錬金術士の老人から聞いたんです。世俗から離れていたみたいで知識を広めなかったと言ってました。自分の寿命が尽きる前に託したいと俺に教えてくれたんです」
こんな子供が未知の知識を持っているのを知ればかなり異質な存在に映るのは間違いない。警戒心と猜疑心を抱くのは当然のこと。
「そんなことが……世界は広いのだな」
「縁は異なものと言いますからね。確か『聖浄なる月』は職業点200ポイントほどで習得できたような」
「うん。早速試してみるよ。これでご子息の命が助かるかも知れない。レクス君、恩に着るよ」
「はは。期待してます」
どうやら信用してくれたようで何より。
家族が、血の繋がった者が死ぬのは何よりも悲しいこと。
それが我が子であれば尚更だろう。
これもまたクレールに協力した理由。
レクスはこれが正しい選択だと自信を持って言えると確信している。
「いや、信じたいだけなのかも知れないな」
誰にも聞こえない声でボソリと呟く。
ミレアとホーリィは錬金術で生み出された見慣れない品物を見て回っているし、クレールは外出の準備をしている。
前世の知識のお陰で救われた命がある。
それでいい。
今後、自分の身に艱難辛苦が振りかかろうとも後悔することはないだろう。
レクスはそう思いながら2人に「そろそろ帰ろう」と声を掛けた。
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