第24話 セリアとガルヴィッシュ家
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「改めてお世話になるわ。突然の訪問になってしまって本当にごめんなさい」
セリアが部屋に入るなり神妙な面持ちで頭を下げる。
確かに領主が手紙を先に寄越しておいてくれていればこんなに慌てることはなかったなとテッドは思う。
先触れがあったとは言え1時間前だし何より心の準備ができないのはきつい。
「いえいえ。顔を上げてください。ご当主のディオン子爵閣下がご病気だと伺っております。大変なのでしょう?」
「ええ。父は臥せってはいますが大事はありません。代わりに母が領主代行として領内のことを取り仕切ってはいますが人手が足りておりませんね」
ロードス子爵家はディオンの代になって農地を開拓してリラ麦、ラタ麦の生産量を大幅に上げ、税負担を軽くすることで暮らしは豊かになり人口も増加の一途を辿っていた。更に産業を興してロドス焼きと言う工芸品を生み出し、従来から練成・生産しているガルド鋼と共に貴重な資金源となっている。
成長の勢いは凄まじく、領内が急激に大きくなったせいで特に文官の数が足りていない。その領地経営の手腕を買われて男爵から子爵へと陞爵したのも彼の代になってからだ。
「だから私も村々を回るくらいのことはしているのです」
「『回るくらい』とは聞きづてなりませんな。積極的に回っているの間違いでしょう。お嬢様の場合は趣味と実益を兼ねておられますからな」
ドミニクが愉快そうに大きな肩を揺らして笑う。
立ち話もなんなのでテッドが居室の大きなテーブルへと2人を誘う。
丁度、リリアナが土間から戻ってきて5人分のほうじ茶を入れたコップを置いていく。
「ありがとう。頂くわ」
それを合図に皆がコップを傾けると自然にホウッと溜め息のような安堵感のようなナニカが漏れる。
温かいお茶っていいわよね。
「ところで趣味と実益と言うのは?」
「お嬢様は剣が何よりも大好きでしてな。各村に駐在している騎士と手合せするのを楽しみにしておられるのです」
「なによ! それじゃあ私が狂戦士みたいじゃない!」
「事実を申し上げたまでですぞ」
セリアが頬を膨らませてプンスカ怒るがドミニクも手慣れたもので動じることなく切り返す。言葉遣いは礼儀正しいがこんなところには子供らしい一面が垣間見られる。
「そう言えばドミニクからもう1人、ご子息がいらっしゃると聞いたんだけれど今どちらへ?」
「あ、ああ……レクスのことをご存知でしたか。息子は王立学園小等部の魔導科へ通っているのでいませんよ」
テッドから残酷な事実が聞かされるとセリナの表情が明らかに沈み肩を落とした。それがあまりにも分かり易い変化だったためテッドは苦笑いを浮かべ、何となく分かる答えを敢えて聞いた。
「息子が何かありました?」
「はっはっは! 残念でしたな、お嬢様。ここは素直にお答えになることですな。レクス殿にも伝えて頂けるでしょう」
「もう……」
もじもじしながらもセリアが仕方ないとばかりに口を開く。
狂戦士扱いされたことに真実味が増すなぁと思いつつ。
「レクス殿とは以前から手合せしてみたいと思っていたんです。ドミニクから話を聞いたので……」
「確か、暗黒導士と聞いておりますがテッド殿が剣をつけているならお強いでしょう。しかし何故、暗黒導士の彼に剣を?」
「私の腕などまだまだですよ。稽古は最初は私が無理やりつき合わせていたんです。剣を学んでおいて損はないからと。ですが最近ではやる気が出たのか何なのか自分から真剣に取り組んでいるので私が驚いてるくらいですよ」
テッドは謙遜するが彼の腕は一般の騎士の中でも高い方で、ロードス子爵家の白嶺騎士団に在籍していても決しておかしいことではないし騎士団内で考えても強い部類に入る。
ガルヴィッシュ家は騎士の系譜を持つ剣士の家なのだ。
「もう貴方ったら……貴方が騎士だからでしょ? 昔酔って言ってたわよね? 騎士爵位を取らせたいって」
「覚えてねぇよ!」
夫婦仲は円満らしい。
呆れた様子で突っ込むリリアナに対してテッドは豪快に笑い飛ばした。
彼は豪胆であまり細かいことにこだわる性質ではないらしい。
「次に帰ってくるのは夏休みかしら?」
「そうですね。長期の休暇は春休み、夏休み、冬休みでしょうかね。となると7月後半か……」
「そうなのね。会いたかったんだけれど――」
「セリア様! お兄じゃなくても、わたしがお相手しますので落ち込まないでください!」
今まで黙って聞いていたリリスがいきなり立ち上がり、セリアの手を握り締める。子供なりに気を遣っての行動なのは間違いない。
セリアの相手を務まるような――満ち足りた充足感が得られる相手は領内にはほとんどいないのが現状だ。
他領や王都へ行けば化物染みた強者共が跋扈しているのだが彼女が学園に入学するとしたら中等部からになる。リリスは幼いながらにそんなどこか寂しげな様子からセリアの気持ちに気付いたのだ。
「もう……さっき『様』なんていらないって言ったでしょ?」
「あッそうか! セリアさん! お相手仕るー!」
敢えておどけて見せるその言動にセリアの心が温かいものに包み込まれた様な気がした。ならばそれに応えるのが自分の役目だろう。
リリアナがそれを咎めるような姿勢を見せたのでセリアが慌てて止める。
「構いませんよ? 私たちは友達になったんですもんねー!」
「ねー!」
2人はお互い見つめ合って『ねー?』と繰り返している。
その表情はニッコニコだ。
セリアとしても妹のような存在ができて嬉しい思いが溢れ出してしまう。
「お嬢様、そんなにレクス殿と剣を交えたいなら今からでも友誼を結んでおくのも良いのではありませんか?」
「そうですね。レクスの寮に手紙を送れば返事が来ると思いますよ?」
そうか、手紙か。そう言う手もあるのね。
でもいきなり目上の存在から手紙を出すのもどうかしら。
セリアは少しばかり考えるもやってみる価値はあるだろうとその方法を取ることに決めた。
「そうすることにするわ。夏休みが楽しみね」
楽しみが心の中で膨らんでいくので自然と顔がニヤけそうになる。
それを誤魔化すためにほうじ茶を飲んで一息つくと1枚の写真が目に入った。
「あれは……?」
その視線に気付いたリリアナが写真立てを持ってくる。
最近撮られたのか保存状態も良く綺麗に仕上がっている。
写っているのはここにいるテッド、リリアナ、リリスと1人の黒髪の男の子。
「これはリリスの就職の儀の時の記念写真だね」
10歳にしては背が高いだろうか。
少なくともセリアよりは大きい。
体の線はそれほど太い訳ではないが本当に強いのだろうかと疑いたくなる。
凛とした表情の中にどこか寂しさを同居させているようにも感じる。
「ふふふ……かっこいいでしょう」
「俺の子だからな!」
目上の貴族相手にも親馬鹿っぷりは健在であった。
まぁ確かにかっこいいけどね。
セリアは頬が少し赤くなったことに気付かない振りをして胸中にそんな思いを抱くのであった。
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