第22話 ガルヴィッシュ家への使者
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(๑•̀ㅂ•́)و✧
本日は12時、18時の2回更新です。
レクスが学園生活を満喫している頃、スターナ村では――
父親のテッドも忙しい日々を送っていた。
魔物の間引きに、獣の狩り、村で起きた問題の仲介、畑仕事の手伝いに加えてリリスの剣の稽古。リリアナからは畑仕事などやる必要はないと言われているのだが本人は頑として聞き入れない。
それだけの責任感がテッドにはあった。
今日も今日とて朝早くから起き出しては村の見回りを行い、それが済めばリリスに剣を教えて午後からは森に入っての魔物退治。
「お帰りなさい。あなた。皆で朝食にしましょう」
村の見回りから帰ってきたテッドをリリアナが笑顔で労う。
彼女も愛すべき夫が重責を背負っていることは十分理解している。
せめて家にいる間だけでも心を穏やかに持ってリラックスして欲しいものだ。
「リリスはまだ寝てるのか。あの寝坊助は」
リリスの姿が見えなかったのでそう決めつけるテッド。
部屋のドアがドーンと派手な音を立てて開かれる。
それは聞きづてならないとばかりに間髪入れずリリスが言い返した。
「失礼な! 父さん、聖騎士は寝坊しないのよ!」
「はいはい、悪かった悪かった。流石の聖騎士様だからな」
「いいから座りなさーい!」
朝食はリラ麦から作った硬いパンと野菜スープだ。
パンではなくミル麦を使ったオートミールのポリッジが出ることもある。
また朝には出ないが、テッドが狩ってきた獣の肉は主に夕食に出される。
良い体作りにはタンパク質が欠かせない。
その名前は知らなくとも肉を食べることで筋力の増加に繋がるくらいの知識は持ち合わせている。
リリスは腹が減っていたのかガツガツと猛烈な勢いで食べ始める。
それを横目で見ながらテッドは溜め息を吐き、リリアナはボソッと呟くのであった。
「聖騎士様は食事のマナーも求められると思うんだがなぁ」
「別に聖騎士に限ったことじゃないわよ……我が娘ながら何ともね」
「聖騎士聖騎士うるさいな!」
両親の小言めいた言葉を聞いてリリスがキレる。
とても7歳とは思えない形相だ。
「毎日そう言ってんのはお前だろ」
しかし冷静なテッドのツッコミにリリスが絶句した。
彼の言うことはもっともなことだったから。
「食べ終わったら稽古だぞ。いつも通りしごいてやるから覚悟しとけ!」
「うへぁ」
昨日の稽古をリリスは涙目になりながら思いだして思わず変な声が出た。
いくら聖騎士とは言え、テッドが全力で相手をする訳にもいかないので当然の如く手を抜いているのだが、それをどう勘違いしたのか調子に乗ったリリスが痛い目を見ただけの話なのだが。
食べ終わった後、少しだけ休憩したら稽古に移るのが日課だ。
テッドとリリスの2人は庭先に出るとお互いに木剣を構えた。
基本的なやり方は実戦形式なのだが、まだまだお子ちゃまなリリスはテッドの打ち込みを防御することと逆に打ち込むことの基礎を繰り返している。
2人の木剣がぶつかり合い、カンカンと甲高い音を立てる。
リリスは必死の形相で歯を食いしばりながら打ち込んできているし本気なのは間違いない。だが、まだ聖騎士を授かったばかりなので仕方のないことではあるのだろうがテッドはどこか物足りなさを感じていた。
どうしてもレクスと比較してしまう自分がいることを彼は自覚していた。
レクスの稽古への熱量はそれほどにも尋常ではなかったと言える。
「(もっと型を固めてから取り組むべきか……? いやしかし然るべきところで学ばせるまで変な癖をつけるのもなぁ……素振りももっとさせないといかんな)」
テッド自身、正統な剣を学んできた訳ではないのでどこか迷いがある。
「ただ打ち込むだけじゃない! いつも言っているように体捌きを体に覚えさせるんだ!」
「はぁぁぁぁぁ! たぁ! はぁッ!!」
まるで大地に根を張る大樹のように打ち込んでも打ち込んでもビクともしない。
リリスは悔しくて悔しくて堪らなかった。
テッドがリリス渾身の一撃を軽く弾くと木剣は大きく弾かれて飛ばされる。
彼女の握力が限界に達したのだ。
「大丈夫か? 少し休もう」
「うう……聖騎士なのにぃ……なんで……」
「お前はまだ7歳なんだ。焦ることはないんだぞ」
「でもでも! お兄はもっと強かったって……」
リリスがレクスが自慢の兄だと大いに慕っているのは間違いないが、同時に憧れと劣等感を同居させていた。
涙で顔をくしゃくしゃにしながら嗚咽を漏らしている。
「あいつだって最初は似たようなものだったぞ? それに人と比較する必要なんてないんだ。お前はお前のペースで行けばいい」
「でも……わたしは聖騎士で――」
「そこにこだわる必要はないんだよ。聖騎士になったからって何かを成し遂げなければならない訳ではない。焦るなリリス。お前は何かを成し遂げるために天から聖騎士を授かったのだ。それは運命とも言える」
ようやく落ち着きを取り戻し始めたリリスの様子を見てテッドはホッとする。
「さぁ休憩だ。母さんに飲み物でももらってこよう」
「うん……!」
そう。稽古を初めてまだ1カ月なのだ。
焦らずじっくり育てて行こうとテッドは思いを新たにした。
リリスが小走りで家の中へと入っていったので、しばらく一息ついているとスターナ村の村長が慌てた様子で走って来るのが見えた。いつもゆったりと構えている彼のそんな様子に何事だろうと思わず訝しげな顔になる。
「村長さん。そんなに慌てて何かあったんですか?」
こんなことは滅多に起こることではない。
村長の普通ではない様子にテッドは警戒心を抱いた。
「はぁはぁ……ふぅ……テッドさん、今し方、貴族様の使いがいらしてね……何やらテッドさんに用があると仰るんだ」
「貴族? それはロードス子爵家の方ではないんですか?」
スターナ村が位置するのはロードス子爵家領だ。
それなら用事で使いが来ることは時折あることなので特段、驚いたり慌てたりする必要はない。
「それがねぇ……いらしたのはケルミナス伯爵家の方なんだ」
ケルミナス伯爵家はロードス子爵家領に隣接する領土を持つ貴族である。
態々、隣領まで来てスターナ村に何の用があるのか想像もつかない。
「スターナ村に何か因縁でもつける気でしょうか?」
「因縁? いや多分違うと思うよ。それに用があるのは村にではなくガルヴィッシュ家……テッドさんにだそうだ」
「ハァ? 家にですか!?」
テッドは増々意味が理解できず混乱する。
何かしでかしたかと心当たりを探ってみるがそれらしいものは全く思い浮かばない。そうする内に豪奢だがゴテゴテした造りの少し趣味の悪い馬車が到着した。
降りてきたのはでっぷりと太った人物であった。
何が何だが分からないが相手が貴族関係者ならばそれなりに礼を尽くさねばならない。
テッドと村長は畏まって男を迎えた。
「君がガルヴィッシュ家に連なる者かね?」
「(連なる者……?)はい。私がガルヴィッシュ家当主のテッド・ガルヴィッシュと申します」
テッドは何故、この男が態々、『連なる者』と言う表現をしたのか気になった。
「ふむ。私はケルミナス伯爵家に仕える侍従長のケプラーだ。本日は我が主の使いとしてやってきた」
「はい。態々このようなところまで足を運ばれるとは……それで伯爵様のご用件とはどのようなものでしょうか?」
「うむ。貴殿のご子息にレクスと言う者がおるとか。主はそのご子息を従僕として召し抱えたいと仰っておいでなのだ」
いきなりと言えばいきなりな発言にテッドは驚きを隠せない。
何の縁も誼もない貴族がいきなり息子を従僕に迎えたいと言うのだ。
どうしても疑念が先に来る。
そこへリリスがコップを持って外に出てきた。
「父さん、お水――」
リリスはそう言い掛けて父親と偉そうな人物が話しているのに気付き言葉を止める。テッドもチラリと視線を向けただけで、すぐに視線を戻した。
「お話は分かりました。しかし何故、私の息子なのでしょうか? とても務まるとは思えませんが」
「ほほほ。謙遜されるな。11歳にして将来有望な者だと聞いておる。どうかね? 悪い話ではないと思うが……」
そうは言われてもテッドにはレクスの将来を勝手に決める気はない。
レクスは将来、村で過ごしたいと考えているような節があるが父としては王立学園の中等部に進んで好きな道を歩んで欲しいと考えていた。
「有り難いお話であるのは十分理解しておりますが、私はレクスの判断を尊重したいと考えております。息子に確認するまでは何とも言えませんな」
「何と!? 断ると申すのか? 伯爵家だぞ? 栄達の道が開かれるのだ。勿体ないとは思わんのかね?」
ケプラーはまさか断られるとは微塵も考えていなかったのか、驚愕を隠し切れない。
「断るとは言っておりません。息子に確認させて欲しいと言っているんです」
「ふむう……では返事は後日聞かせてもらおうか。早く本人に確認を取るようにの。どれほどかかりそうなのだ?」
「王都におりますので手紙が届き次第ですが……返事がいつ来るかは分かりませんね」
「学園に通っておるのか。伯爵家にこれば進学もできるであろう。それに才を認められれば貴族士官学院にも進めるかも知れぬぞ」
貴族士官学院は16~18歳の貴族の子女のみが入学できるエリートが集う学び舎である。
騎士爵位を持つテッドの息子とは言え、レクスは平民だ。
そんなところに入学できるのか疑問は尽きない。
「とにかくお待ち頂くしかないかと思います」
「まぁよかろう。早く確認するのだな。それがガルヴィッシュ家のためにもなろう」
そう言い捨ててケプラーは振り返ることもなく馬車に乗り込んだ。
そしてさっさとスターナ村を後にした。
「〈やはりおかしい。奴は聖騎士のリリスのことなどまるで眼中にないようだった……普通なら聖騎士を配下に置きたいところだろうに〉」
沈黙しているテッドに何か感じるところがあったのか、リリスがおずおずと口を開く。
「何……? お兄、伯爵様のところにいっちゃうの?」
「いや……大丈夫だ。そうはならないだろうさ」
不安げに尋ねるリリスを宥めるようにテッドは言い聞かせる。
違和感だらけの話に警戒感が高まる。
テッドはこの話をロードス子爵家に伝えるかも視野に入れつつガルヴィッシュ家の行く末を案じるのであった。
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明日も12時、18時の2回更新です。




