第6話 東部戦線~レクスとユベール~
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レクスがロンメル男爵領に到着した頃には、既にロストス王国軍は各地で各個撃破されている状況であった。
現在、ロストス王国内へ反転攻勢を仕掛けるべく、領都ロンメルに次ぐ大都市メノッサに多くの兵士たちが集結しているところである。
なにせ領都は放火されて炎上、街は壊滅状態で多くの領民が他の都市へ避難しており、その機能を喪失しているのだから。
情報を集めながらレクス一行は、ようやくメノッサの街へと到着した。
大都市だけあって規模は領都ロンメルにも劣らない。
河川に隣接しており、攻めにくい地形も相まって防御力も高いため、多少の兵では陥落させることはできなかったのだ。
ただロストス王国軍に攻められたせいで、防壁は至るところが崩れて瓦礫の山と化していた。
とは言え、街の内部の損害はそれほどでもない。
これはロストス王国軍がロンメル男爵領の戦力を舐め腐っていたと言う話。
要は領都ロンメルの軍団のみ警戒し、これを撃破したことで調子に乗って大軍を分散させたためであった。
レクスとセリア、白狼牙騎士団の騎士10名と共に仮の領主館へと入る。玄関ホールにはロンメル男爵やユベール公子の姿はなく、家令と侍女たちのみが出迎える。
2人は会議室を軍議室として使用しているらしく、現在も今後の戦略を練っているのだろう。
レクスとしてはカルディア公の正騎士を迎えるのにそれでいいのか?とも思ったが、一刻も早い反攻作戦を実行に移したいのだろうと納得しておいた。
ロンメル男爵の別邸らしいが、特に派手さも飾り気もない廊下を、家令の案内に従って付いていく。
「意外と領民が多かったですね、レクス殿。ロストス王国よりの街なのに……」
「そうですね。ロンメル領内の混乱が治まったのが速かったみたいですからね。避難していた人たちも戻ってきたんでしょう」
東部への旅を共にしたお陰でレクスは騎士たちとすっかり仲良くなっていた。
白狼牙騎士団と言うほどなので、お堅い人物が多いのかと考えていたが、案外気さくな者ばかりだ。
流石にセリアがロードス子爵家の令嬢と知って、驚いていたが当然の話だろう。
正騎士たちはレクスの指示の下で動くように言われているらしいが、セリアの存在など聞かされていなかったはずなのだから。
「それでレクス殿、ユベール公子はこのままロストス王国へ攻め込むと聞かされておりますが、よろしいので?」
「はい。ロストス王国に侵攻しないとあちらは延々と派兵してきますからね。あちらが諦めることなんてありませんよ」
平民のレクスにも丁寧に接してくるのは白狼牙騎士団の部隊長を務めるモルガンだ。
騎士団内では髭のおじさんとして親しまれているらしいが、レクスに対する言葉遣いから態度に至るまで、全く侮る気配を見せない辺り有能なのだろう。
カルディア公の人選は確かのようだ。
「確かにその通りですが、ちと兵力差が激しいのでは?」
「そこは質で押すと言ったところですかね。ゴブリンにも猛者はいますけど、決して勝てない戦とは思えませんし」
「ねえ、レクス。私、勝手に付いて来ちゃったけど、何か言われないかなぁ……?」
不安げに今更な話をしてくるセリアだが、彼女のことだから気持ちが体を突き動かしたのだろう。それに済んだことはどうしようもないので、今後どうするかを考えた方が建設的だ。セリアもロンメル男爵には敵わないだろうが、この歳で考えるとかなりの強さ誇るのは間違いない。
「先触れで伝えてあるから大丈夫だと思うけどな。仮にも子爵家令嬢だし」
「むー仮にもって何よ……」
勝手にむくれて頬を膨らませるセリアを傍目にモルガンが零す。
「しかし、カルディア公の使者を出迎えないのは些か腑に落ちませんな」
「……まぁそれは確かにそう思いますね」
これは別にモルガンが狭量だから言っているのではなく、カルディア公に保護されて自領へと戻された――実質逃がされたユベールの態度として違和感を覚えているのだろう。
もちろんレクスも同様の印象を受けた。
カルディア公はユベールに対して、ファドラ公に謀叛の疑いが掛かっていることなどを言って聞かせている。
やがて家令が足を止めた先にはごく普通の木の扉。
その手で開かれた先にはユベールと、ブラウンの短髪の男――ロンメル男爵が机上に地図を広げて盤上戦を繰り広げているのがレクスの視界に飛び込んできた。
「そういや、ロンメル男爵は使徒派か。親ファドラなのは確かだが……確かユベールの軍にもロンメルが参加していたはず」
勧められるままにレクスはセリアとモルガンと共に室内へと足を踏み入れた。
―――
ユベールはロンメル男爵とロストス王国への反攻作戦を練っていた。
その周りには、雷光騎士団の5番隊隊長ヴィエラ、100人士長のヴァイ、そしてロンメル男爵の部下レイモンが盤面に目を向けている。
机上に地図を広げ、配置した敵味方の兵の動きを検討していたところへノックの音が聞こえてきた。それに応えると、ロンメル男爵の家令の声がしてカルディア公の一行の到着を告げられる。
「来たか……入って頂け!」
ゆっくりと扉が開き、入室して来たのは3人の男女。
先頭にいるのは――レクスと言う少年のはずだ。
妹と仲の良いイグニス公爵家のロクサーヌ嬢と戦って勝ったと言う話だが――
「どうもお初にお目に掛かります。レクス・ガルヴィッシュと申します。まずはこちらを」
恭しく書状を家令に手渡すと、ユベールはそれを受け取って中身を改めた。
書いたのはカルディア公である。
先触れの通り12名でロンメル男爵領まで赴いたようだが……読み進めるにつれてユベールの顔が険しい物に変わっていく。
「貴殿がカルディア公のお気に入りのレクス殿か。わざわざ王国辺境にまで援軍とはご苦労なことだ」
「はい。ロストス挙兵時は王国がほとんど空の状態でしたので、一刻も猶予もならぬと私とロードス子爵家令嬢のセリア様、白狼牙騎士団の正騎士殿と共に加勢に参りました」
「それは……お気遣いは痛み入るが、ロンメル男爵領は既に奪回した。後はロストス王国を滅ぼすだけだ」
ユベールはいくら使徒とは言え、カルディア公に頭越しに命令されたように感じて不快感を抱かずにはいられなかった。
ファドラ公爵家もまた使徒であり、同格の存在。
如何にジャグラート懲罰戦争で父であるゼキレライ・ド・ファドラに謀叛の疑いが掛けられたとは言え、ユベールの中では事実無根であり、東方の守護者たるファドラ公爵家を追討することなどできないと考えていた。
古代竜ファルナーガの血に連なる者としての誇りが、そんなことなど認めないし許さない。
ドレスデン連合王国とロストス王国への備えとして欠かせない存在であり、ドレスデンのガリオン王家ジークハルトとは義兄弟の親密な関係を築いている。
最近では有能な『預言士』の登用にも成功した。
未来を窺い知ることが可能となった以上、ユベールに抜かりはない。
「ゴブリンは強いですよ? それに書状にもあると思いますが、私の目的は加勢だけではありません」
「大軍だろうがファドラの血に連なる者として、ゴブリン程度に後れは取らんよ」
「ユベール様のお力は理解しております。ただ、この王国極東の情勢が変わることで、思わぬ混乱の連鎖が引き起こされる可能性をカルディア公は憂慮しておられると言うことです」
そうなのだ。目の前にいる淡々と話す少年。
ユベールが気に喰わないのは、平民のレクスに指示を仰ぐように記されていること。一応は騎士爵家の嫡男だそうだが、使徒たる自分に意見する気かと、ユベールはカルディア公の正気を疑う。
いくら味方が小勢と言えども、ゴブリン如きも叩き潰せないとでも思っているのか。顔にこそ出さないものの、彼は内心で憤懣やる方ない思いを抱いていた。
「どう言うことかな? 少年よ。ロストスを滅ぼせば事は終わりだろう? それ以上何が起こると言うのだ?」
「カルディア公のお考えなど、私などには分かるはずもありませんよ」
ユベールの心情を察したロンメル男爵が、双方の間に割って入るかのようにレクスに問い掛けた。
領土を取り戻した彼としては機嫌が良いのだ。
自力では不可能でも、ファドラの血を色濃く受け継ぐユベールがいれば報復できると考えている顔である。
宝珠の力など必要ないのだ。
「なるほどな。では貴殿らの活躍に期待しようか。ユベール様の指揮下に入ると言うことで良いか?」
「もちろんです。そのために来たんですから。ですが予想外の事態が起きた場合には、カルディア公の助言として私も口を出させて頂きますがね」
入室した時から今までずっと、レクスは特に感情を露わにすることもなく淡々と会話をこなすのみ。
これまで無表情を貫いていたユベールであったが、机を指でコツコツと叩き始める。
彼はレクスの言葉を聞いて明らかに苛立ちを隠し切れずにいた。
―――
「ありゃ絶対誤解してるな……ったく書状くらいしっかり読めよ。読解力がないのか?」
軍議室から追い出されるようにして退出させられたレクスがげんなりとした表情でぼやいた。
それを耳聡く聞きつけたモルガンもレクスに同調してため息を吐く。
「恐らく勘違いされてるんでしょうな。使徒とはそう言うものです」
「ははは……でしょうか……どうせ助言を指示とでも勘違いしているのでしょう。でないとあんな覇気を纏った雰囲気など出しませんよ。と言うかカルディア公もそうなんですか?」
ちゃっかり聞かれていたことに、レクスはばつが悪そうに答えた。
なんにしろ、使徒と言うのは本当に厄介な者たちだ。
一見、真面目で貴族諸侯からの評判もよく、領民想いのように見えるユベールであっても選民思想からは逃げられない。
使徒たるが故のプライドの高さがそうさせるのだ。
「おっと……レクス殿、これは内緒ですよ? 閣下に聞かれちゃ堪らないからな。ガハハ……」
おどけた様子でモルガンが豪快に笑って見せると、長い廊下に反響する。
レクスとしては頼もしい味方だと感じずにはいられない。
彼の存在の有り難さが骨身に染みて、レクスからも笑みが零れた。
そこへレクスの隣を歩くセリアが不安げに尋ねてくる。
「レクス……私たちはカルディア公の言う通りにしておけばいいの?」
「ああ、取り敢えずそんな感じだよ。セリアは心配しないでいい。必ず護るから」
無意識の内に大胆な言葉を吐くレクスに、セリアが頬を染めているのも気付かずに、彼はこれからのルートについて考えを巡らせた。
ドレスデン連合王国の動きにどう対処するか?と。
ありがとうございました!
次回、ユベールは小勢にてロストス王国へ侵攻する。




