第3話 レクス、寄り道をする
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隊商の一団は未だ街道を東へ向けて進んでいた。
当初は1日ほど進んでから隊商から離脱して、足の速い馬車と騎馬のみで先行する予定だったのだが、レクスが頼みこんで少し猶予をもらった感じだ。
何故かと言うと、ファトゥム修道院に立ち寄りたかったからである。
結局、セリアは王都へ帰らずにレクスに着いて来ることとなってしまった。
セリアには何度も帰るように説得したのだが、彼女は頑として聞き入れようとはしなかった。
確かに彼女は強くなったとレクスは考えてはいるものの、まだまだこれからの戦いについて来れるほどの実力ではない。ゲームでは主人公側から見て、敵として出てくるセリアだが、強さはそれほどではないのだ。
レクスが転生したことで、恐らくセリアは主人公側の仲間として戦うことになるだろうが、彼女の結末を知る者としては巻き込みたくない。
とは言え、説得は失敗に終わってしまった訳だが……。
まだ陽が高いにもかかわらず、薄暗い森林の中。
レクスはセリアと共に足を踏み入れていた。
「ねぇ、レクス……修道院に行って何するの……?」
当時のことを思い起こしており、ずっと黙ったままのレクスに不安を感じたのか、セリアが戸惑うように尋ねてきた。
薄暗いこともあってか、レクスの袖を掴み寄り添うようにして着いて来る。
「ああ、ちょっと確認したいことがあったんだよ。どうなってるのか心配になってさ」
以前、竜神裁判に決着が付いた後に、スターナ村から王都へと向かう道中のファトゥム修道院付近で襲撃があった。
標的は修道女のグランデリア。
彼女を連れ去ろうとしていた者からレクスが護った形だ。
盗賊に扮してはいたが、紛れもなく正規の騎士であった。
「どうなってるって何が……?」
「えっと……ちょっとした要人がいるんだよ。カルディア公に保護をお願いしてあるんだけど念のため」
なおも心細げなセリアの質問にレクスは正直に答えておくことにした。
ギルドハウスでレクスとカルディア公が会談していたことを彼女は知っている。
セリアがようやく納得したような表情を見せた頃、鬱蒼と茂る森林の中で広くスペースが広がっている場所に出る。
目の前には白亜の大きな修道院。
陽光がステンドグラスに反射して色彩豊かに輝いていてとても美しく、天から降り注ぐ光を浴びて神聖にして神々しく見えてくるから不思議なものだ。
態々、かなりの敷地を切り拓き、このような森林の中に建設するのだから、グラエキア王国も重要な場所だと言うことは重々理解しているようだ。
「あら。こんな辺鄙なところへようこそ。迷える子羊さん」
突然、レクスたちの背後から掛けられる高い声。
先程までは誰もいなかったはず……と戸惑ったのも一瞬のこと。
反射的にレクスとセリアが振り返った。
目の前には不思議な雰囲気を持ち、にこやかな笑みを浮かべる修道女が1人佇んでいた。細い目から覗く紅の瞳がレクスを射抜き、柔和な表情からは程遠い異質さが感じられる。
「(人間か……? 人間で赤い瞳は珍しい。何者だ……? もしくはヴァンパイアか?)」
教会の門と言うもの全ての者に対して常に開かれている。
古代竜信仰のファトゥム修道院も例外ではなく、そこに拒む者など存在しない。
だが、この女性からは拒絶感と威圧感しか感じられないのだ。
「こんにちは。私はレクス・ガルヴィッシュと申します。実は知り合いを訪ねて参りました。グランデリア様とオリヴィエ・ラグランジュ様はいらっしゃいますか?」
グランデリアとオリヴィエ。
特にグランデリアは本来ならこの場所にいるはずのないキャラだったので、レクスもすぐには気付けなかった。
主要キャラではないが、設定上は重要なキャラなのだ。
つまりゲームにはほとんど出番がない、もしくは全く出て来ない場合すらある。
ほぼ死にキャラと言う訳だ。
「ガルヴィッシュ殿ですね。面会理由を教えて頂いても?」
「知り合いを訪ねるのに理由は必要でしょうか?」
緊迫感が漂う中、沈黙が降りる。
暖かな日差しを求めて舞い踊っていた小鳥たちの声もいつしか聞こえなくなっていた。
「ございませんわね。古代竜様が拒む者などおりませんしね」
「それは良かった。あ、名前では伝わらないかも知れないので盗賊団の襲撃があった時に出会った魔導士の子供とでもお伝え下さい」
言動不一致も甚だしい修道女であったが、彼女はコクリと首肯して修道院の中へと消えて行った。それを見たセリアも違和感を覚えたようで、訝しげな表情になり困惑するばかりだ。
「ねぇ……何か変な感じの人じゃなかった……?」
「そうだな……警戒されてたみたいだ」
待つことしばし――
姿を見せたのは、聖騎士オリヴィエ。
彼女はレクスを見てすぐに気付いたようで、懐かしむような表情に変わる。
「おお……! 貴殿は……久しぶりだな!」
「良かった。覚えて頂いていたようで何よりです」
「忘れるものか! グランデリア様の恩人だ!」
再会を喜び合いたいのは山々なのだが、話すべきことが多いのでレクスはすぐに用件を切り出した。
「少しお尋ねしたいことがありまして。最近、王都のカルディア公のご使者が来られませんでしたか?」
「……ああ、カルディア公の部下を名乗る者が参られたな。ふッ……なるほど。それで貴殿と言う訳か。レクス殿の名は聞いている」
流石のカルディア公と言ったところだ。
抜け目なくレクスの名を伝えておいてくれていたようである。
グランデリアには名乗ったような気がしたが、覚えているか心配だったのだ。
「でも使者殿とお会いしたと言うのに何故まだここに?」
「申し出の意味が分からんからだ。私はここよりも王都の方が危険だと考えているからな」
レクスの単純な疑問に事もなげにオリヴィエが答える。
なるほど。そう言う考えもあるのか。
彼女の気持ちは十分に理解できるが、レクスとしても譲れないところなので、何とか説得を試みるしかないだろう。
「ここにいれば、また襲撃を受けますよ? 王都の中でもカルディア公爵邸なら安全なはず」
「確かに盟主派の公爵殿ならばそうかも知れん。だが公がもし心変わりしたらどうなる?」
「それも有り得るとは思いますが、ここはもっと危険ですよ。利用されるのと始末されるならどちらを選ぶかと言うことです」
「……!!」
オリヴィエの表情が強張り、和やかな空気が一転して緊張感に包まれる。
「グランデリア王女殿下を護るなら素直に保護されておくのが最善です。そして殺しに来るのはアングレス教会の神殿騎士団、もしくはガーレ帝國の末裔、つまり漆黒教団」
「王女殿下……!?」
セリアも驚きのあまり言葉が漏れ出しているが、慌てて口に手を当てると黙り込む。
グランデリアの存在を知れば、利用しようとする者が群がってくるのは確定事項。アングレス教会、ガルサダス枢機卿、あるいはジーオニア王国だ。
アングレス教会とガルサダス枢機卿は、正統なる黄金竜アウラナーガの血脈を継ぐ者を得るため。
ジーオニア王国は、故ロイナス王太子の正室の母国であり、グラエキア王国混乱に付け込んで介入するためだ。
ちなみにアングレス教会は、双龍戦争に介入するために別の駒を用意しているのだが、正統な後継者がいるとなれば話はまた変わってくる。
「何故だ……何故、レクス殿にそれが分かる!? どうして分かったのだ!?」
「俺が真実を知っているからです。グランデリア王女殿下は亡くなったロイナス王太子とファドラ公爵家令嬢との間に生まれた隠し子ですよね?」
図星を突かれて黙り込むオリヴィエだが、やはり彼女は根っからの武人であり、腹芸などできはしない。
明らかに動揺しており、レクスから目を逸らして唇を噛んでいる。
となれば、後は畳みかけて押し切るしかない。
「これはファドラの侍女から漏れた話です。それを聞きつけたのが神殿騎士団」
「……そこだ。そこがますます理解できない! 何故、古代竜を奉るアングレス教会が殿下を弑するのだ!」
「違いますよ。アングレス教会ではなく、あくまで神殿騎士団の意志。そこに教会の意図はありません」
「何ッ……!?」
流石にこれ以上の驚きなど想定していなかったのか、オリヴィエの目は限界まで見開かれ、その体は硬直している。
本来ならばグランデリアは死んでしまった方が良いと言う考え方もできる。
利用されて混乱が加速する可能性が低くなり、レクスの護りたい者たちに被害が及ぶ確率が下がるから。
だが、グランデリアの犠牲を前提にして成り立つ平和など、胸糞が悪くなるのも事実であり、そもそもレクス自身の信念に反する。
更に言えばグランデリアが死ねば、主人公側で仲間として活躍する重要キャラであるオリヴィエも死ぬ可能性が高い。
「オリヴィエ殿。俺は死んで欲しくないんですよ。グランデリア王女殿下だけでなく、貴女にも」
「うぐ……」
言葉に詰まり二の句が継げないオリヴィエが押し黙る。
当惑している様子のセリアだが、彼女は彼女なりに情報を理解して咀嚼しようとしているように見える。
そこへ修道院の入り口の陰から姿を現す者がいた。
全てが真っ白な少女。
白い修道服に身を包んでいるからだけではなく、そこから覗く顔や肌も白いのだ。
決意に染まる紅の瞳以外は。
「オリヴィエ。もうよろしいでしょう」
口を開いた彼女こそ――グランデリア。
「わたくしのために死にゆく方は見たくありません。もちろん貴女……オリヴィエにも死んで欲しくない。大人しくカルディア卿の庇護を受けましょう」
「グランデリア様……」
「よいのです。わたくしにも疑問に思うところがない訳ではありません。ですが恩人であるレクス殿が信じるカルディア卿を信じてみようと思います」
以前見た時とは違う圧倒的なカリスマ性と覇気。
見れば、セリアまで俯き加減で礼をしている。
これこそが黄金竜アウラナーガの血を色濃く受け継ぐ者。
観念したのか、オリヴィエが跪いて頭を垂れた。
「御意にございます」
ようやく安堵したレクスの口からため息が漏れる。
肩の荷が下りたと言った感じで、レクスは自分が思っていた以上に緊張していたことに気付かされる。
「王女殿下、ありがとうございます」
レクスが頭を下げるのを見て、グランデリアはふッと表情を緩めた。
選択が正しいのかどうかは分からない。
レクスは最善のルートであると信じて進むしかないのだ。
ありがとうございました!
次回、レクスとセリアはそのまま東部へ。
そして王都に再び激震が走る!!




